リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

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第35章 狂気の撮影所と、不発のシナリオ

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第一の門番、神宮寺レイアを突破した私たちが通されたのは、船内とは思えないほど広大な空間だった。  天井は高く、無数の照明機材が吊るされている。床にはレールが敷かれ、様々なセットが乱立している。  そこは、巨大な映画スタジオだった。

「……趣味が悪いな。ここは船の中だぞ?」  我妻譲監督が、鼻につく火薬とオイルの匂いに顔をしかめた。「だが、機材だけは超一流だ。ハリウッドの最新スタジオ並みだぜ」

「ようこそ、我が『処刑スタジオ』へ」

 スピーカーから、ねっとりとした男の声が響いた。  スポットライトが、スタジオの中央に置かれたディレクターズチェアを照らし出す。  そこに座っていたのは、サングラスをかけた長身の男。手には起爆スイッチのようなリモコンを弄んでいる。

「……黒木(くろき)!」  我妻監督が叫んだ。 「生きていたのか。三年前、撮影中の爆破事故で死んだはずじゃ……」

「フフフ。死んだことにして、神宮寺の旦那に拾われたのさ。表の世界じゃ、本物の『死』は撮れないからな」

 男の名は黒木玄(くろき げん)。かつて我妻と双璧をなした映像作家だが、リアリティを追求するあまり、俳優に本物の怪我を負わせることで悪名高い危険人物だった。

「第二のゲームはシンプルだ。『主演女優の度胸試し(スクリーン・テスト)』。……如月カレン、そこに座れ」

 黒木が指差したのは、セットの中央に置かれた椅子。  その背もたれには、複雑な配線が剥き出しになった、正真正銘の時限爆弾が括り付けられていた。

「……ッ!」  カレンが息を呑む。

「ルールは簡単だ。カレン、お前はその椅子に座り、爆発までの三分間、我妻の映画『リベリオン・ガール』のラストシーン……『愛する者を守るための自爆』の独白を演じきれ」

 黒木は歪んだ笑みを浮かべた。

「ただし、その爆弾は小道具じゃない。本物だ。三分後に確実に起爆する。止める方法はただ一つ。演技の最後に、赤か青、どちらかのコードを切ることだ」

「ふざけるな! どっちが正解なんだ!」  我妻が怒鳴る。

「教えるわけないだろう? だが、この爆弾は『心拍数』と連動している。お前が恐怖でパニックになれば、タイマーは加速する。逆に、役に入り込み、心拍数をコントロールできれば、時間は稼げる……。さあ、最高の『死に顔』を見せてくれ!」

 狂っている。  だが、拒否権はない。部屋の出口はロックされ、武装した黒服たちが銃を構えている。

「……行きます」  カレンが進み出た。  彼女は私の目を見て、微かに微笑んだ。 「オーナー。私、演じきってみせます。……三十億の器に見合う女優になりますから」

 彼女は椅子に座った。拘束バンドが自動でロックされる。  ピピッ。  タイマーが起動した。残り時間、03:00。

「カレン! 集中しろ!」  我妻監督がカメラの前に立った。彼は黒木の用意したカメラではなく、自らの手でハンディカメラを構えた。 「俺が撮ってやる! 黒木のクソみたいなスナッフビデオじゃない! 俺たちの『映画』にするんだ!」

「……はい、監督!」

 カレンの表情が変わった。恐怖に震える少女の顔から、決意を秘めた戦士の顔へ。

『……私は怖くない。この命が、明日への灯火になるなら』

 静かな独白が始まった。  その演技は、カンヌで世界を震撼させたものよりも、さらに鬼気迫るものだった。死が目前にあるという極限状態が、彼女の才能を極限まで引き上げている。

 タイマーは減っていく。02:00……01:30……。  心拍数は安定している。黒木の目論見は外れ、タイマーの加速は起きない。

「チッ……つまらん。もっと怯えろよ!」  黒木が苛立ち、手元のスイッチを操作して、セットの火薬を爆破させた。  ドカン!  カレンのすぐ横で爆炎が上がる。

「きゃっ……!」  一瞬、カレンの声が上擦る。タイマーが一気に十秒飛んだ。

「妨害するな!」  私が叫ぶが、黒服に阻まれて近づけない。

 残り三十秒。  カレンの手には、ニッパーが握られている。  目の前には、赤と青のコード。

『……さようなら。愛する人』

 最後のセリフと共に、彼女はコードに刃を当てた。  だが、手は止まった。  赤か、青か。情報はゼロだ。

「……オーナー!」  カレンが叫んだ。「どっちですか!?」

 全視線が私に集まる。  神宮寺レイアとのポーカーで見せた「豪運」。ここで発揮できるか。

 私は、爆弾の配線など分からない。  だが、セットを見渡した時、私の直感がある「違和感」を捉えていた。  黒木の座っている場所。彼の手元のリモコン。そして、船特有の微振動。

「……赤だ」

 私は即答した。

「カレン! 貴女のドレスの色だ! 赤を切れ!」

「はぁ? 適当なことを!」  黒木が嘲笑った。「赤は起爆線だ! 切った瞬間にドカンだぞ!」

 カレンは黒木の言葉を聞いても、迷わなかった。  彼女は私を信じている。

「……信じます!」

 パチン。  カレンが赤のコードを切断した。

 その瞬間。  ゼロを表示したタイマーが点滅し――。

 …………シーン。

 何も起きなかった。  爆発音も、閃光も、衝撃もない。ただ、静寂だけがスタジオに流れた。

「……は?」  黒木が椅子から転げ落ちそうになった。「な、なぜだ!? 赤はトラップだぞ!? なぜ起爆しない!?」

 彼は慌てて手元のリモコンを連打した。「ええい、手動で起爆してやる!」

 カチカチカチッ!  しかし、それでも爆弾は沈黙したままだ。

「残念だったな、三流監督」  私はカレンの拘束を解きながら、天井を指差した。

「さっきから、あのスポットライト……点滅してただろう?」

「あ?」

「船の電圧が不安定なんだよ。さっき我妻監督の映画を上映するために、船内の電力を使いすぎたんじゃないか? ……お前の作った爆弾、電子制御だろ? 電圧低下で安全装置(セーフティ)が誤作動して、ロックがかかったんだよ」

 これは半分ハッタリで、半分は私の「読み」だった。  船に入った時、照明が一瞬暗くなるのを私は見逃さなかった。  そして、私の「豪運」は、その微細な電圧エラーを、この絶体絶命の瞬間に引き寄せたのだ。

「そ、そんな……まさか……!」  黒木が愕然とする。  その隙に、我妻監督が走り寄り、黒木の顔面に強烈なパンチを叩き込んだ。

「これが『カット』の合図だ、この野郎!」

 ドゴォッ!  黒木が吹っ飛び、気絶した。  第二の門番、撃破。

「……オーナー。怖かったです……」  カレンがへなへなと座り込み、涙目で私を見上げた。  私は彼女の手を取り、立ち上がらせた。

「見事な主演女優ぶりだったよ。……さあ、いよいよ本丸だ」

 私たちはスタジオを後にした。  残るは最後の門番。  そして、最上階で待つ「白い仮面の男」。

 だが、廊下を歩く私の背中に、一ノ瀬が不安げに囁いた。 「柏木様……。次のエリアの反応が……変です」

「変?」

「はい。生体反応がありません。……機械(マシン)の反応だけが、無数にあります」

 第三の門番。それは人間ではなかった。  神宮寺財閥の技術の結晶、そして六郷社長の因縁の相手とも言える、「完全自動化された殺戮兵器」が待ち受けていた。
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