リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

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第37章 白い仮面の素顔と、運命のロシアンルーレット

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『タルタロス号』最上階。  そこは、船内とは思えない静謐な空間だった。  壁一面のガラス窓からは、月光に照らされた太平洋が見渡せる。  中央には、ただ一つ、豪奢なテーブルと、二つの椅子。

「……よく来たね。私の城へ」

 窓際に立っていた男が、ゆっくりと振り返った。  白いタキシードに、白い仮面。神宮寺カイ。  彼は仮面に手をかけ、静かにそれを外した。

 現れた素顔を見て、一ノ瀬玲奈が息を呑んだ。  端正だが、血の気がなく、まるで蝋人形のような顔立ち。そしてその左目は義眼であり、怪しく赤い光を放っていた。

「……兄さん。その目は……」

「代償だよ、玲奈。神宮寺の当主になるためのね。感情を捨て、肉体を捨て、すべてを『支配』のために最適化した結果だ」

 カイは私に視線を移した。

「柏木誠。君の豪運、実に見事だった。確率論的異常値(アノマリー)。私の計算上、君がここまで到達する確率は0.000001%だった」

「ゼロじゃないなら、俺にとっては100%と同じだ」

「フフ。その傲慢さ、嫌いじゃない。……だが、遊びは終わりだ」

 カイがテーブルの上にある布を取った。  そこに置かれていたのは、一丁のリボルバー拳銃。  装飾が施された、アンティークのコルト・パイソンだ。

「最後のゲームは、究極の確率勝負。『ロシアンルーレット』だ」

「……!」  カレンが悲鳴を上げ、ミナが口元を押さえる。  堂島さんが前に出ようとしたが、カイの背後の暗闇から、無数の銃口が一斉に向けられた。

「動かないでいただこう。これは私と彼の、一対一の対話だ」

 カイはリボルバーを手に取り、シリンダーを開放した。  そこには、六つの穴がある。

「通常のロシアンルーレットは、一発の弾丸を入れる。確率は六分の一。……だが、それではぬるい」

 カイは、ポケットから弾丸を取り出した。  一発、二発、三発……五発。

「五発……!?」  一ノ瀬が叫ぶ。「正気ですか!? 六分の五……生存確率は約16%です!」

「そうだ。これを交互に撃つ。……先に脳漿をぶちまけた方の負けだ。勝てば、神宮寺財閥の全資産と、私の命をくれてやる」

 カイは五発の弾丸を込め、シリンダーを勢いよく回した。  シャアァァァ……!  回転が止まる。  カチッ。シリンダーが戻された。

「さあ、座れ。柏木誠」

 私は席に着いた。  目の前には、死の塊となった鉄の銃。  逃げ場はない。

「先行は君だ。……引くか?」

 カイが挑発的に笑う。

「柏木様……ダメです! 確率的に死にます!」  一ノ瀬が泣き叫ぶ。

 私は銃を手に取った。ずしりと重い。  こめかみに当てる。冷たい銃口の感触。

 私の「直感」はどう言っている?  ――撃て。  そう囁いている。

「……いいや、引かない」

 私は引き金に指をかけた。  迷いはない。  この豪運が、私をここまで連れてきたのだ。

「……面白い」  カイが目を見開く。

 カチッ。

 ハンマーが落ちる乾いた音が、部屋に響き渡った。  ……不発。  空(から)の薬室(チャンバー)だったのだ。六分の一の奇跡。

「……ふぅ。セーフか」  私は平然と銃を置き、テーブルを滑らせてカイの前に送った。

「次、あんたの番だ。残りは五分の一。……弾が入っている確率は100%だぞ」

 一発空だったので、残りの五つの穴には全て弾が入っている。  つまり、次は「確実に死ぬ」。

「……ハハハ! そうだ、計算上は『必死』だ!」

 カイは狂ったように笑い、銃を自分のこめかみに当てた。  ためらいもなく、引き金を引く。

 ガチン!

 ……発砲しない。  なぜだ? 弾は入っているはずだ。

「……不発弾か?」  堂島さんが呟く。

「いいや、違う」  私は静かに言った。 「あんた、イカサマをしたな? その銃、ある『角度』で構えると、シリンダーが回らない仕組みになっているんだろう」

 カイの笑みが消えた。 「……ほう。気づいたか」

「最初から、あんたは死ぬ気なんてない。俺を殺すためのショーだ。……だが、残念だったな」

 私は立ち上がり、テーブルをバン! と叩いた。

「俺の豪運は、そんなイカサマすらもねじ伏せる」

 私はカイの手から銃を奪い取り、天井に向けて引き金を引いた。

 ズドン!!

 轟音と共に、天井のシャンデリアの留め具が撃ち抜かれた。  巨大なシャンデリアが落下し、カイの背後の壁――隠し通路への扉を粉砕した。

「なっ……弾が出た!?」  カイが驚愕する。

「ああ。俺が撃つときだけは、実弾が出るように『世界』が調整したみたいだ」

 私は粉砕された壁の奥を指差した。  そこには、巨大なサーバーールームが見えた。  神宮寺財閥の闇のデータを管理する、メインサーバーだ。

「一ノ瀬! やれ!」 「はい!」

 一ノ瀬が走り出し、サーバーに直結するコンソールに飛びついた。  カイが止めようとするが、我妻監督と六郷社長、そしてベルンハルト氏が立ち塞がる。

「チェックメイトだ、神宮寺カイ」

 一ノ瀬の指が高速でキーボードを叩く。 「全データ掌握……不正送金、違法取引、暗殺依頼……すべての証拠を、全世界のメディアと捜査機関に送信します!」

 エンターキーが押された。  カイの義眼の光が、フッと消えた。

「……ああ……私の、帝国が……」

 カイはその場に崩れ落ちた。  ロシアンルーレットは、私の勝利ではなく、彼の帝国の自滅で幕を閉じたのだ。

          *

 夜明け。  『タルタロス号』は海上保安庁と国際警察の船団に包囲されていた。  甲板で、潮風に吹かれながら、私は朝日を見ていた。

「……終わりましたね」  一ノ瀬が隣に来た。彼女の顔には、もう迷いも恐怖もない。

「ああ。これで君も自由だ」 「はい。……でも、私は一生、貴方の秘書でいますよ。計算外の未来を見せてくれるのは、貴方だけですから」

 彼女は初めて、心からの笑顔を見せた。  カレンが、ミナが、仲間たちが集まってくる。

「柏木さん! お腹空きましたね!」 「オーナー! 映画のラストシーン、変えましょう! 『生き残って、みんなで笑う』エンディングに!」

 私は大きく伸びをした。  全財産を賭けたギャンブル。  手元に残ったのは金ではなく、かけがえのない仲間と、最高の未来だった。

 まあ、悪くない結果だ。  私の「豪運」は、今日も絶好調らしい。
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