リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

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第41章 最強のデバフ兵器と、ハッカーの自爆

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シルヴィアが「チーム・カシワギ」に加入してから数日。  私の生活は激変していた。

 朝、目覚まし時計が鳴らずに寝坊する(電池切れ)。  通勤中のハイヤーがパンクする(釘を踏んだ)。  オフィスの自動ドアに挟まれる(センサー故障)。

 かつての「歩くだけで信号が青になる」日々は去り、代わりに「マーフィーの法則」が支配する日常が訪れていた。  だが、不思議と不快ではなかった。むしろ、自分の力でトラブルに対処する感覚が新鮮で、生きている実感が湧く。

 そんなある日の午後。『K・プロモーション』のオフィスに警報音が鳴り響いた。

「……敵襲です。サーバーへのDDoS攻撃、および内部データへの不正アクセスを検知しました」

 一ノ瀬玲奈が血相を変えてキーボードを叩く。 「ファイアウォールが突破されそうです! 相手は……『ファントム・グレイ』。国際的なサイバー犯罪集団です」

「ファントム・グレイ? 金目当てか?」 「いえ、声明文が届いています。『ラッキーマン柏木誠に告ぐ。お前の運だけで勝ち取った成功が気に入らない。全ての顧客データとカレンの未公開映像を流出させ、破滅させてやる』……愉快犯ですね」

 嫉妬か。有名税も高くつくものだ。  一ノ瀬の指が残像が見えるほどの速度で動くが、画面には『ERROR』の文字が増えていく。

「くっ……! 相手の演算能力が高すぎます。ボットネットの数が桁違いです。……柏木様、いつもの『豪運』で、相手のサーバーに雷でも落としてください!」

「無理だ。今の俺は、自販機の当たりすら引けないただのオジサンだ」

 私は肩をすくめた。  今の私には、神風を起こす力はない。だが、代わりに「疫病神」がいる。

「……シルヴィア。出番だ」

 オフィスの隅で、シュレッダーに紙を詰まらせて泣いていたシルヴィアが、ビクッと顔を上げた。

「は、はいっ! 何をすればいいですか? またどこかで転べばいいですか?」

「一ノ瀬。奴らのアジト……物理的なアクセスポイントは特定できているか?」 「……はい。踏み台サーバーを経由していますが、発信源は都内のネットカフェ『サイバー・ダンジョン』のVIPルームに固定されています」

「よし。シルヴィアちゃん。今からそのネットカフェに行って、ただ『ジュースを飲んでくる』だけでいい」

「えっ? それだけでいいんですか?」

「ああ。ただし、一番高いスペックのPCがある部屋の近くでな」

          *

 都内某所のネットカフェ。  薄暗い個室で、数人のフードを被った男たちが、高性能なゲーミングPCに向かい、カタカタとキーボードを叩いていた。

「ヒャハハ! 見ろよ、一ノ瀬の防壁がボロボロだぜ!」 「柏木の会社もこれで終わりだ。伝説の投資家? 笑わせるな!」

 彼らは勝利を確信していた。  その時。彼らの部屋の隣のブースに、黒いドレスの少女が入店してきた。

 シルヴィアは、店員から受け取ったドリンクバーのコップを持ち、おっかなびっくり歩いていた。  そして、ハッカーたちの部屋の前を通り過ぎようとした瞬間。

 ズルッ。

 何もない平坦な廊下で、彼女は華麗に転倒した。  手から離れたコップは美しい放物線を描き――ハッカーたちの部屋の、少し開いていたドアの隙間へと吸い込まれていった。  その先にあるのは、彼らが持ち込んだタコ足配線の電源タップと、冷却ファンの吸気口。

 バシャッ!  ソーダ水が精密機器に直撃する。

 バチバチバチッ!!

「うわああああ!? 何だ!?」 「ショートした! PCが!?」

 それだけではない。  電源のショートが原因で、ネットカフェ全体のブレーカーが落ちた。  ブツン。  店内の照明と、すべてのPCの電源が一斉に切れる。

「あ……」  暗闇の中で、ハッカーたちの悲鳴が響く。 「データが! 攻撃プログラムが!」 「バックアップとってねえぞ!?」

 一方、転んだシルヴィアは、痛むお尻をさすりながら、暗闇で申し訳なさそうに呟いた。

「……ごめんなさい。またやっちゃいました……」

          *

 K・プロモーションのオフィス。  モニターの警告表示が一斉に消え、『SAFE』の文字が浮かび上がった。

「……攻撃、停止しました」  一ノ瀬が呆然としている。「相手の接続が、物理的に切断されたようです」

「効果覿面(てきめん)だな」  私はコーヒーを啜った(今回はこぼさなかった)。

「恐ろしい……。シルヴィア様の『不運』は、デジタル社会における最強のEMP(電磁パルス)兵器です」  一ノ瀬が戦慄している。

 数時間後、帰ってきたシルヴィアは、またしてもどこかで看板に頭をぶつけたのか、おでこに冷えピタを貼っていた。

「た、ただいま戻りました……。お役に立てましたか?」

「ああ、MVPだ。ありがとう」  私が頭を撫でてやると、彼女は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。

 不運も使いようだ。  私の「豪運」がなくなっても、知恵と仲間がいれば戦える。  そう確信した日だった。

 だが、その平穏な日々の裏で、運命の天秤は静かに、しかし確実に傾き始めていた。

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