リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

RIU

文字の大きさ
40 / 44

第42章 金色の監査官と、奪われる「色」

しおりを挟む
数日後。  久しぶりの休日。私はカレンとシルヴィアを連れて、ショッピングモールに出かけていた。  カレンの変装(サングラスとマスク)は完璧だが、そのオーラまでは隠しきれていない。  シルヴィアは、何もないところでエスカレーターに裾を挟まれそうになりながらも、初めての「お出かけ」にはしゃいでいた。

「オーナー! あの服、可愛いです!」 「柏木さん、クレープって何ですか? 食べてみたいです……あ、でも私、クリームを落としちゃうかも……」

「大丈夫だ。落としたら俺がキャッチする」  私は二人の保護者のような気分で歩いていた。

 ふと、視界の端に違和感を覚えた。  賑やかなモールの雑踏の中で、一箇所だけ「音が消えている」ような空間があった。

 そこに立っていたのは、一人の青年。  全身を白と金のスーツで固め、サングラスをかけ、手には銀色のアタッシュケースを持っている。  彼は人混みの中にいるのに、誰ともぶつからない。というより、人々が自然と彼を避けて道を開けている。まるで、モーゼが海を割るように。

「……柏木さん?」  シルヴィアが私の視線に気づき、その青年を見た瞬間。

「ひっ……!」  彼女は短く悲鳴を上げ、私の背中に隠れてガタガタと震え出した。

「どうした、シルヴィア」 「き、来ちゃいました……。『執行官』です……!」

「執行官?」

 青年が、私たちに気づいた。  彼はサングラスを外し、氷のように冷たい、しかし完璧に整った笑顔を向けた。  その瞳は金色。人間離れした輝きを放っている。

 彼が指をパチンと鳴らす。  その瞬間、モールの喧騒が遠のき、周囲の風景から「色彩」が消えた。  灰色の世界。動いているのは、私とシルヴィア、そしてその青年だけ。カレンも、他の客も、時が止まったように静止している。

「……結界か?」

「『因果隔離空間』だよ。一般人を巻き込むと、書類仕事が増えて面倒だからね」

 青年は優雅に歩み寄ってきた。

「やあ、初めまして。元・特異点、柏木誠くん。そして……脱走兵のシルヴィア・ナンバー13」

「……ル、ルシフェル様……」  シルヴィアが絶望的な声で名を呼んだ。

「ルシフェル? 随分と大層な名前だな」  私が前に出ると、ルシフェルと名乗った青年は、値踏みするように私を見下ろした。

「僕は運命監査局・第一執行官。世界の『バグ』を修正するのが仕事さ。……シルヴィア。君が任務を放棄して、ターゲットと馴れ合っているという報告を受けた。失望したよ」

「ち、違います! これは潜入調査で……!」

「嘘をつくのが下手だね。君からは『幸福』の匂いがする。……忌々しい」  ルシフェルが顔をしかめた。

「彼女はただの不運の塊だ。厄介払いできて良かったんじゃないのか?」  私が割って入ると、ルシフェルは冷ややかな視線を私に向けた。

「君には関係ない。……さて、柏木誠。君の『豪運』はシルヴィアによって中和されているようだが、まだ魂にこびりついた『運の残滓』が目障りだ。それに、君という存在自体が、運命のシナリオを乱すノイズなんだよ」

 彼はアタッシュケースを開いた。  中には、巨大な金色のハサミが入っていた。  刃渡り50センチはある、異様な形状のハサミだ。

「これで君の『運命線』を断ち切る。そうすれば、君はただの不幸な中年として、誰にも覚えられずに野垂れ死ぬ運命に戻る」

「……お断りだ。俺の運命は、俺が決める」

「選択権はないよ。これは『決定事項』だ」

 ルシフェルがハサミを構えた。  その瞬間、私の直感が――豪運を失ったはずの私の本能が、最大級の警報を鳴らした。  物理的な攻撃ではない。あれに切られたら、本当に「存在」が終わる。

「逃げて、柏木さん!」  シルヴィアが私の前に飛び出した。 「私なら……私の不運なら、あのハサミを錆びさせたり、刃こぼれさせたりできるかも……!」

「どきなさい、欠陥品」  ルシフェルが軽く手を振った。  ドォォン!  見えない衝撃波がシルヴィアを襲い、彼女は吹き飛ばされてショーウィンドウ(時が止まっているので割れなかったが)に叩きつけられた。

「シルヴィア!」

「さあ、修正の時間だ」  ルシフェルが私に迫る。金色の刃が振り上げられる。

 逃げ場はない。  武器もない。  運もない。

 ……本当に、そうか?

 私はポケットの中にある「あるもの」を握りしめた。  それは、今朝カレンが「お守り」としてくれた、神社の何の変哲もない「開運お守り(500円)」だった。

「……運がないなら、実力で勝負だ!」

 私はハサミが振り下ろされる直前、持っていたお守りをルシフェルの顔面に全力で投げつけた。

「!?」  ルシフェルが反射的に目を閉じる。  たかが布切れ一つ。だが、その一瞬の隙が生まれた。

 私はタックルした。  金色の執行官の胴体に、四十三歳のおじさんの全体重をかけた泥臭いタックルを。

「ぐっ……! 貴様、泥臭い真似を!」  ルシフェルが体勢を崩す。

 私は叫んだ。 「シルヴィア! 今だ! 奴に触れ!」

 倒れていたシルヴィアが、歯を食いしばって這い寄り、ルシフェルの足首を掴んだ。

「……私の『不運』を、あげるッ!」

 バチバチバチッ!!  黒い稲妻のようなエフェクトが走り、ルシフェルの完璧なスーツに亀裂が入った。  金色のハサミが、急激に赤錆びていく。

「な、なんだこれは……! 私の『絶対幸運』が、侵食される……!?」

 パリン。  空間に亀裂が入る音。  色彩が戻ってくる。

「くっ……! 覚えていろ、バグ共め!」  ルシフェルは舌打ちをし、錆びついたハサミを抱えて、空間の裂け目へと消えていった。

 喧騒が戻る。  行き交う人々は、何もなかったように歩いている。  私とシルヴィアだけが、息を切らしてその場に座り込んでいた。

「……か、勝った……?」  シルヴィアが信じられないという顔をしている。

「ああ。どうやら、俺たちのコンビネーションは、神様の使いをも撃退できるらしいな」

 私は震える手で汗を拭った。  豪運がなくても、戦える。  だが、相手は「運命」そのものを管理する組織だ。これからは、今までとは次元の違う戦いが始まるだろう。

「……帰ろう、シルヴィア。カレンとミナが待ってる」 「……はいっ!」

 私たちは立ち上がり、何も知らずにクレープを選んでいるカレンの元へ歩き出した。  私の物語は、いよいよ「運命への反逆」という最終章へと向かいつつあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

失踪していた姉が財産目当てで戻ってきました。それなら私は家を出ます

天宮有
恋愛
 水を聖水に変える魔法道具を、お父様は人々の為に作ろうとしていた。  それには水魔法に長けた私達姉妹の協力が必要なのに、無理だと考えた姉エイダは失踪してしまう。  私サフィラはお父様の夢が叶って欲しいと力になって、魔法道具は完成した。  それから数年後――お父様は亡くなり、私がウォルク家の領主に決まる。   家の繁栄を知ったエイダが婚約者を連れて戻り、家を乗っ取ろうとしていた。  お父様はこうなることを予想し、生前に手続きを済ませている。  私は全てを持ち出すことができて、家を出ることにしていた。

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

聖女になんかなりたくない! 聖女認定される前に…私はバックれたいと思います。

アノマロカリス
恋愛
この作品の大半はコメディです。 侯爵家に生まれた双子のリアナとリアラ。 姉のリアナは光り輝く金髪と青い瞳を持つ少女。 一方、妹のリアラは不吉の象徴と言われた漆黒の髪に赤い瞳を持つ少女。 両親は姉のリアナを可愛がり、妹のリアラには両親だけではなく使用人すらもぞんざいに扱われていた。 ここまでは良くある話だが、問題はこの先… 果たして物語はどう進んで行くのでしょうか?

私が張っている結界など存在しないと言われたから、消えることにしました

天宮有
恋愛
 子爵令嬢の私エルノアは、12歳になった時に国を守る結界を張る者として選ばれた。  結界を張って4年後のある日、婚約者となった第二王子ドスラが婚約破棄を言い渡してくる。    国を守る結界は存在してないと言い出したドスラ王子は、公爵令嬢と婚約したいようだ。  結界を張っているから魔法を扱うことができなかった私は、言われた通り結界を放棄する。  数日後――国は困っているようで、新たに結界を張ろうとするも成功していないらしい。  結界を放棄したことで本来の力を取り戻した私は、冒険者の少年ラーサーを助ける。  その後、私も冒険者になって街で生活しながら、国の末路を確認することにしていた。

処理中です...