リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

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第43章 消失する口座と、存在しない摩天楼

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ルシフェル撃退から数日後の朝。  私は、いつものように目覚め、いつものようにスマホでニュースと株価をチェックしようとした。

「……ん?」

 画面に表示されたのは、『認証エラー』の文字。  銀行アプリを開く。『口座が存在しません』。  証券口座も。『ユーザーが見つかりません』。

「一ノ瀬。ちょっとWi-Fiの調子が悪いみたいだ」

 私はリビングへ向かい、コーヒーを飲んでいる一ノ瀬に声をかけた。  だが、彼女は青ざめた顔で、真っ白なノイズだけが表示されている自分のタブレットを見つめていた。

「……違います、柏木様。通信障害ではありません」

 一ノ瀬が震える声で言った。

「『オリオン・テクノロジー』『K・プロモーション』……それから、貴方の個人資産管理会社。……すべての登記情報が、データベースから消滅しています」

「消滅? ハッキングか?」

「いいえ。ログごと消えています。まるで……『最初から存在しなかった』かのように」

 背筋に悪寒が走る。  その時、テレビのニュースキャスターが信じられないことを口にした。

『……続いてのニュースです。先日、カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したのは、フランスの巨匠による作品で……』

「は?」  カレンが飛び起きた。「違う! 受賞したのは私たちの『リベリオン・ガール』よ!?」

 しかし、画面に映し出された受賞リストに、カレンの名前も、我妻監督の名前もなかった。  ネット検索をかけても、『如月カレン』は「数年前に引退した元アイドル」という情報しか出てこない。

「……修正、されちゃいました」

 ソファの隅で膝を抱えていたシルヴィアが、絶望的な声で呟いた。

「運命監査局の『強制執行(リセット)』です。柏木さんが豪運で手に入れた成果、実績、富……すべてを『バグ』として処理し、歴史を書き換えたんです」

 私は窓の外を見た。  六本木の街並みは変わらない。だが、私の手に入れた「証」だけが、綺麗さっぱり消え去っている。

 昨日の今日で、私は数百億の資産家から、ただの「無職の中年男」に逆戻りさせられたのだ。

「……やってくれるな」

 私は乾いた笑い声を漏らした。怒りを通り越して、感心するほどの手際の良さだ。

「……でも、変ですね」  一ノ瀬が眼鏡を直した。「歴史が改変されたなら、なぜ私たちの『記憶』は残っているのですか? 私たちも、貴方のことを忘れて、元の他人同士に戻るのが筋では?」

「それは……皆さんが『特異点(柏木さん)』と深く関わりすぎて、運命の因果から外れちゃったからです」

 シルヴィアが私の服の裾を掴んだ。

「世界中が柏木さんを忘れても……私たちだけは、覚えている。それだけが、唯一の救いです」

 金は消えた。名誉も消えた。  だが、仲間はここにいる。

「……十分だ」  私は強く拳を握った。「記憶があるなら、何度だってやり直せる」

 その時、窓の外に異変が起きた。  東京の空に、巨大な「黒い塔」が蜃気楼のように出現したのだ。  雲を突き抜けるほどの高さ。周囲の空間が歪み、デジタルノイズのようなものが走っている。

「あれは……『運命のサーバータワー』。監査局の本部への入り口です」  シルヴィアが指差した。

「あそこに行けば、元に戻せるのか?」 「……はい。中枢にある『運命の原簿(アカシック・レコード)』にアクセスして、修正プログラムを破壊すれば……。でも、あそこは神の領域です。人間が入れば、存在ごと分解されます」

「分解か。……リストラされるよりはマシだな」

 私は立ち上がった。

「行くぞ。俺たちの『人生』を取り返しにな」
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