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第8章 セクサロイド

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 記憶をたぐると、このカウンセラーだけではなく、センターの医師も、看護師も、コーディネーターも、保護官も、ホームの先生たちも、僕たちに親切だった。

 彼らのやさしさを、すべて職務上の作られた態度と決めつけるほど、僕は割り切れてはいない。

「無論、人々の大半は奉仕者制度は必要だと考えているが、きみたちがこれほど酷い扱いをされていると知る人は少ない……いや、薄々は気づいていても、見て見ぬふりをして考えないようにしている。考えたとしても、『彼らは自分たちと違う』で思考停止だ」

「自分たちと違う?」僕はかぶりを振った。「そりゃあ、あなたがたは子供を作れるし脳にGPSやメモリを埋め込まれていない。僕たちとは違うでしょう。でも、僕たちにも痛覚はあるし感情もある。あなたがたと同じなんです」

「わかってるよ」

 彼は暗い目で僕を見た。

「間違ってると思う、この制度は。しかし、このように考えるのは少数しかいないのが現状だ。民主主義という多数決でものごとが決められる社会では、民意がよしとして取り入れた制度を一朝一夕で変えることはできない」

 窓に掛けられたブラインドの隙間から射し込む冬の昼間の光が、灰色のカーペットの上にシマシマ模様を描いている。

「人間は便利さを求めて技術をどんどん進歩させてきた。それがもたらす快適な暮らしを手に入れた人間は、それ以前の生活に後戻りすることはできない。人類は一度手に入れた技術を手放すことはできないんだ」

 彼は目線を落とした。
 ややあって、僕のほうを見ずに口を開いた。

「スグル君は、一九七八年の『試験管ベビー』を知ってるかな?」

「いいえ」

「もう百年以上も過去の出来事だが、人類史上初めて体外受精をヒトの臨床に応用した赤ん坊が生まれた。この子は『試験管ベビー』と呼ばれ、世界中で大騒動になった」

「初めて知りました」

「きみたちは歴史を教えられていない。ホームで教えているのは意図的に歪められたカリキュラムだ。きみたちを従順にしておくための」

 彼はカーペットの上のボーダー柄の日だまりを見ながら淡々といった。

「人類初の試験管ベビーが誕生した当初は、ヒトの生命の誕生に人間が介入することの是非をめぐる倫理的問題の議論に発展し、体外受精に否定的な意見が多かった。しかし、次第に受け入れられて、今では卵管不妊に対する治療法として当たり前になっている」
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