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第3章 堕ちる太陽
3.二人の忠臣(1)
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その日の午後、澄長は自分の居室に、二人の小姓を呼びつけた。
弥三郎と清太郎である。
二人は澄長が幼少の時分より仕えてきた大小姓で、澄長にとっては兄のような存在だ。
かつて、澄長がまだ松寿丸と呼ばれ、実千代に心を奪われていた時、この二人が壁となって立ちはだかり、澄長から実千代を遠ざけた。
当時は二人に監視されていると感じ、己がやりたいことを邪魔する者として疎ましく思うこともあった。が、今ならわかる。
あれは、実千代に関わることで、澄長が傷つくことを恐れるがゆえの忠義であった、と。
「弥三郎、清太郎。訊きたいことがある」
澄長は声を潜めた。
父・虎長の影は、本丸だけでなく、この二の丸にまで伸びているやもしれぬ。
すでに父の息のかかった者が、身近なところにまぎれこんでいてもおかしくない。
澄長が真に心を許せるのは、長年苦楽を共にしてきた、この二人だけだった。
二人は主のただならぬ気配を察し、居住まいを正した。
「竹丸のことだ。最近、なにか変わったことはなかったか?」
弥三郎と清太郎は顔を見合わせた。
「変わったこと、でございますか……」
弥三郎が困惑気味に答える。
「申し訳ございませぬ。われわれは若様のお渡りのお供をしておりましたゆえ、その間の様子までは……」
その通りであった。
彼らは澄長の警護と補佐のため、お渡りに付いてきていた。
この当時、大名家の奥向きは、後に春日局が制度化する江戸城大奥のように完全なる男子禁制ではなく、主の使いの小姓や馬廻などの近習衆が出入りしていた。
奥に暮らす御内室方の宿す子が、藩主や嫡男の種であることは、彼女たちが常に実家から連れてきた乳母だの侍女だの取り巻きに囲まれており、一人になる時がないことによって担保されていた。
したがって、澄長が千鶴の寝所で過ごす夜は、襖一枚隔てた次の間に千鶴の侍女たちが控え、その次の間には澄長の小姓たちが控えている。
澄長がもっとも信用する二人をお渡りに伴っていたことが、二の丸の夜に隙を生み出していた。
「竹丸は、なにも語らぬ。だが、あの怯えたような態度は尋常ではない」
澄長が打ち明けると、二人の表情が凍りついた。
その脳裏に、かつての実千代の姿がよぎったことは想像に難くない。
あの悪夢が、再び繰り返されているのか──沈黙の中に、冷たい恐怖が広まった。
「まさか、殿が……」
清太郎が思わずといった様子で口走り、ハッとして口をつぐむ。
「私も、それを疑っている」
澄長は重々しく頷いた。
弥三郎と清太郎である。
二人は澄長が幼少の時分より仕えてきた大小姓で、澄長にとっては兄のような存在だ。
かつて、澄長がまだ松寿丸と呼ばれ、実千代に心を奪われていた時、この二人が壁となって立ちはだかり、澄長から実千代を遠ざけた。
当時は二人に監視されていると感じ、己がやりたいことを邪魔する者として疎ましく思うこともあった。が、今ならわかる。
あれは、実千代に関わることで、澄長が傷つくことを恐れるがゆえの忠義であった、と。
「弥三郎、清太郎。訊きたいことがある」
澄長は声を潜めた。
父・虎長の影は、本丸だけでなく、この二の丸にまで伸びているやもしれぬ。
すでに父の息のかかった者が、身近なところにまぎれこんでいてもおかしくない。
澄長が真に心を許せるのは、長年苦楽を共にしてきた、この二人だけだった。
二人は主のただならぬ気配を察し、居住まいを正した。
「竹丸のことだ。最近、なにか変わったことはなかったか?」
弥三郎と清太郎は顔を見合わせた。
「変わったこと、でございますか……」
弥三郎が困惑気味に答える。
「申し訳ございませぬ。われわれは若様のお渡りのお供をしておりましたゆえ、その間の様子までは……」
その通りであった。
彼らは澄長の警護と補佐のため、お渡りに付いてきていた。
この当時、大名家の奥向きは、後に春日局が制度化する江戸城大奥のように完全なる男子禁制ではなく、主の使いの小姓や馬廻などの近習衆が出入りしていた。
奥に暮らす御内室方の宿す子が、藩主や嫡男の種であることは、彼女たちが常に実家から連れてきた乳母だの侍女だの取り巻きに囲まれており、一人になる時がないことによって担保されていた。
したがって、澄長が千鶴の寝所で過ごす夜は、襖一枚隔てた次の間に千鶴の侍女たちが控え、その次の間には澄長の小姓たちが控えている。
澄長がもっとも信用する二人をお渡りに伴っていたことが、二の丸の夜に隙を生み出していた。
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澄長が打ち明けると、二人の表情が凍りついた。
その脳裏に、かつての実千代の姿がよぎったことは想像に難くない。
あの悪夢が、再び繰り返されているのか──沈黙の中に、冷たい恐怖が広まった。
「まさか、殿が……」
清太郎が思わずといった様子で口走り、ハッとして口をつぐむ。
「私も、それを疑っている」
澄長は重々しく頷いた。
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