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7話
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千晶の住むアパートのエントランスまで相馬は送ってくれた。
「困ったことあったら、夜中でも行くから電話して」
そう言ってくれた相馬に苦しい呼吸の中頷くことしか出来なくて、逃げるように車から降りた。
彼の愛のこもった視線が辛かった。
何とか部屋まで辿り着くと、千晶は救急箱の中から発情を抑制する錠剤を取り出して、相馬からもらったミネラルウォーターで喉の奥に押し込んだ。硬い錠剤が躯の中に落ちていくのを感じながら、ずるずるとその場に座り込んだ。
「ふ……ぅ……っ」
相馬の差し出してくれた手に縋り付きたかった。
本能が彼を選びたいと叫んでいたのに、その声に素直に従うのは怖かった。
相馬の手を取るのは、御山のときに感じた恐怖とはまた違った怖さがある。
相馬の腕の中に堕ちたら、きっと自分は全てが変わってしまう。
全ての矜持を失ってただ彼から愛を受けるだけの入れものになってしまいそうだった。
この狂おしい発情期に抱かれてしまったら?
いつも相馬を思って抑制剤と共に何とかギリギリで遣り過ごしているのに、熟れきった粘膜に実際の相馬を受け入れてしまったらきっともう彼なしで生きていけない。
今までの自分でなくなってしまう。
母さんだって、アルファが居なかったらあんな風にならなかった。
祖母がいつも言っていた。
とても真面目で勤勉な性格だったのに、って。
番のアルファに捨てられてからおかしくなったって。
そんな人生は嫌だ。
だからこれでいいのだ。
そう思うのに差し出した手に静かに首を振って車を降りたとき、相馬の美しい顔が苦しそうに、哀しそうに歪められたのを思い出すだけでどうしようもなく涙が溢れる。
彼のものになりたい、 彼のものになりたくない。
どうしたらいいかわからない。彼の腕を拒んだのにどうしようもなく寂しい。
コートを着たままの躯をぎゅっと抱き締めても震えが治まらない。
そのとき、ふと一人の顔が頭を過った。
いつも優しく話を聞いてくれるマリ。
こんな気持ちのとき、いつもどうしようもなく彼女に会いたくなる。寒くて凍えてしまいそうになったとき、彼女のところへ行くといつも暖かくなるのだ。
『ねぇ、あたしがどうして女の子の格好するようになったのか聞いてくれる?』
千晶が何故オメガとしての自分を受け入れられないのか母のことを話したとき、マリも静かに切り出した。
『あたしの家ね、男の子の後継ぎが必要な仕事を代々してるの。だからあたしが男の子で、それもアルファであることが親は嬉しかったみたい。でも中学のときかな。学校の文化祭で女装してみたらひと時でも男の子じゃなくなれたことの解放感が凄くてね。やみつきになっちゃったの。そのうちに親にもばれて高校卒業するときに女装やめないなら勘当するっていうから出てきちゃった。男の子のアルファじゃないあたしはいらない存在だったのよ』
カウンターの向こうから密やかに語ったマリの綺麗な顔が寂しそうで
『いらなくないよ、マリちゃんいなかったら、俺……』
静かなマリの声に重ねるように千晶は言った。
マリはそれはそれは可愛く笑って
『どこか似てるよね。あたし達。親から大切なものもらい損ねちゃったよのね』
そう切なく彼女は笑った。
その顔が綺麗で千晶は馬鹿みたいに彼女に見惚れていた。
今どうしようもなく彼女に会いたい。
どうしようもなく彼女に話を聞いてもらいたくなった。
「マリちゃん……俺どうしたらいいのかな……」
ふらふらする躯を壁に手を突くことで支えながら千晶は立ち上がった。
足元は少しふらつくが薬は少し効いてきたようで、苦しさがおさまったのを確認してから千晶はタクシーを呼ぶためポケットから携帯電話を取り出した。
「困ったことあったら、夜中でも行くから電話して」
そう言ってくれた相馬に苦しい呼吸の中頷くことしか出来なくて、逃げるように車から降りた。
彼の愛のこもった視線が辛かった。
何とか部屋まで辿り着くと、千晶は救急箱の中から発情を抑制する錠剤を取り出して、相馬からもらったミネラルウォーターで喉の奥に押し込んだ。硬い錠剤が躯の中に落ちていくのを感じながら、ずるずるとその場に座り込んだ。
「ふ……ぅ……っ」
相馬の差し出してくれた手に縋り付きたかった。
本能が彼を選びたいと叫んでいたのに、その声に素直に従うのは怖かった。
相馬の手を取るのは、御山のときに感じた恐怖とはまた違った怖さがある。
相馬の腕の中に堕ちたら、きっと自分は全てが変わってしまう。
全ての矜持を失ってただ彼から愛を受けるだけの入れものになってしまいそうだった。
この狂おしい発情期に抱かれてしまったら?
いつも相馬を思って抑制剤と共に何とかギリギリで遣り過ごしているのに、熟れきった粘膜に実際の相馬を受け入れてしまったらきっともう彼なしで生きていけない。
今までの自分でなくなってしまう。
母さんだって、アルファが居なかったらあんな風にならなかった。
祖母がいつも言っていた。
とても真面目で勤勉な性格だったのに、って。
番のアルファに捨てられてからおかしくなったって。
そんな人生は嫌だ。
だからこれでいいのだ。
そう思うのに差し出した手に静かに首を振って車を降りたとき、相馬の美しい顔が苦しそうに、哀しそうに歪められたのを思い出すだけでどうしようもなく涙が溢れる。
彼のものになりたい、 彼のものになりたくない。
どうしたらいいかわからない。彼の腕を拒んだのにどうしようもなく寂しい。
コートを着たままの躯をぎゅっと抱き締めても震えが治まらない。
そのとき、ふと一人の顔が頭を過った。
いつも優しく話を聞いてくれるマリ。
こんな気持ちのとき、いつもどうしようもなく彼女に会いたくなる。寒くて凍えてしまいそうになったとき、彼女のところへ行くといつも暖かくなるのだ。
『ねぇ、あたしがどうして女の子の格好するようになったのか聞いてくれる?』
千晶が何故オメガとしての自分を受け入れられないのか母のことを話したとき、マリも静かに切り出した。
『あたしの家ね、男の子の後継ぎが必要な仕事を代々してるの。だからあたしが男の子で、それもアルファであることが親は嬉しかったみたい。でも中学のときかな。学校の文化祭で女装してみたらひと時でも男の子じゃなくなれたことの解放感が凄くてね。やみつきになっちゃったの。そのうちに親にもばれて高校卒業するときに女装やめないなら勘当するっていうから出てきちゃった。男の子のアルファじゃないあたしはいらない存在だったのよ』
カウンターの向こうから密やかに語ったマリの綺麗な顔が寂しそうで
『いらなくないよ、マリちゃんいなかったら、俺……』
静かなマリの声に重ねるように千晶は言った。
マリはそれはそれは可愛く笑って
『どこか似てるよね。あたし達。親から大切なものもらい損ねちゃったよのね』
そう切なく彼女は笑った。
その顔が綺麗で千晶は馬鹿みたいに彼女に見惚れていた。
今どうしようもなく彼女に会いたい。
どうしようもなく彼女に話を聞いてもらいたくなった。
「マリちゃん……俺どうしたらいいのかな……」
ふらふらする躯を壁に手を突くことで支えながら千晶は立ち上がった。
足元は少しふらつくが薬は少し効いてきたようで、苦しさがおさまったのを確認してから千晶はタクシーを呼ぶためポケットから携帯電話を取り出した。
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