【完結】幽霊彼女と後悔探しの旅

よーじろー

文字の大きさ
64 / 70
五章

六十四話

しおりを挟む
「北条大雅!」
 遠くから大雅を呼ぶ声がする。
 大雅は構えた拳銃をそのままに目だけを器用に動かし、声のする方を見る。
 薄暗くてよくは見えないが、女性の声であることは間違いなかった。
 徐々に足音が近くなってきて、姿を視認することが出来るようになってきた。
 燃えるように美しい赤髪がその人を象徴していた。
「春豊さん……どうしてここに?」
「美波ちゃんに、はあ、はあ、言われて、はあ、はあ」
 走って来た春豊が息を切らしながら途切れ途切れに言う。
 膝に手をついて息を整える。
「美波に、ですか?」
「そうよ。ただ一方的に思念だけを感じ取っただけ。だから、美波ちゃんは、もう……」
 その後は言葉にしなくても自明の理だった。
「それなのに、あなたは何をしているのかしら?」
 そう言って春豊が大雅を見る。
「こいつを……美波を殺したこいつを、殺すんです」
 もし仮に、法律や道徳という枷がこの世になかったのならば、ここまで躊躇うことなく引き金を引いていたかもしれない。その枷が大雅をいまだ正常の域に留まらせていた。
「……はあー、急いで来てみれば……はあー、こんな馬鹿のために私は普段使わない筋力と体力を使って来たのかと思うと、自分が情けないわよ、はあー」
 春豊がわざとらしく何度も溜息を吐く。
 大雅はちらりと一度視線を向けるが、すぐに斎藤先生に視線を戻す。
 大雅自身、斎藤先生、拳銃。
 この三つの要素しか今の大雅には目に入っていなかった。
 その他の事物、事柄は眼中の外だった。
「とりあえず、それを降ろしなさい」
「出来ません」
「あなたが持ってていいものじゃないの。分かるでしょう?」
「……僕は、こいつを殺します」
 その回答に心底呆れつつ、聞き分けの無い子供を諭すような口調で春豊が言う。
「いいわ。じゃあ、そのまま聞きなさい」
 春豊はそう言い、ベンチに座る。
 斎藤先生は終始尻もちをついたまま、途中から来た春豊と大雅に視線を彷徨わせる。
「さっき、美波ちゃんの思念を感じ取ったって言ったでしょう。そこにはまだ続きがあるのよ」
 春豊はポケットからおもむろに煙草の箱を取り出すと、慣れた手つきで一本取り出す。
 それを口に咥え、金色のジッポ―ライターで火を点ける。
 宙に煙を揺蕩たせると、それはすぐに溶けて消えていった。
 春豊と煙草の組み合わせに違和感はなく、むしろ春豊の美しさが際立つようにさえ感じた。

「美波ちゃんから言われたことは三つ。一つ目は〝大雅を助けて〟。そして、二つ目は〝大雅を止めて〟よ。この意味、分かるわよね?」

 その言葉に大雅の心臓が一度跳ねる。
 それは徐々に速度を速め、リズミカルな動きへと変わる。
 出来ることならば自分の犯した罪が理解できるくらいまで徹底的に苦しませ絶望を味合わせた後に、何の躊躇もなく人差し指に力を込めて殺したい。
 その気持ちが完全に消滅したか、と言われると、それはないと言い切れる。
 
 ――……しかし、それをしてしまったら……美波は……美波の思いは……。
 
 そう考えた時、大雅の手から力は抜けていた。
 最初から自分に斎藤先生を撃つことが出来ないことくらい分かっていた。
 そんな勇気もなければ、覚悟も大雅にはなかったのだ。
 それでも大雅は拳銃を構えざるを得なかった。
 そうしなければ、自分が自分でいられなくなる衝動に駆られたからである。
 力の抜けた手から拳銃が落ちる。
 それを春豊が煙草を口に咥えたままハンカチ越しで拳銃を拾い、持っていたビニール袋に入れる。
「た……助かった……」
 尻もちをついたまま斎藤先生の中から緊張が抜ける。
 途端、薄暗い公園に静けさが戻った。
「美波ちゃんはあなたのことが本当に好きなのね」
 春豊が夜空を見上げながら漏らす。
 大雅はそれに返す言葉を見つけることが出来なかった。
「あっ、それと、三つ目は〝お母さんをよろしく〟だったわ」
 その言葉に大雅がはっとする。
 前に言われた時は意味が分からなかったが、今はその意味が痛いほど分かる。
 遠くからパトカーのサイレンが近づいてくる。
 それは同時に一連の事件の終結を示していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない

あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。 タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。 図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。 実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。 同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...