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六章
六十八話
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大雅が美波の母、朱里を訪れたのは、あの事件が起きた翌日だった。
朱里は突然の訪問に心底驚いてはいたが、事情を話すと話を聞いてくれた。
「何の連絡も入れずに来てしまい、すみません」
「いいのよ。今日は仕事もないし、だからといってやる事もないもの」
そう言って、朱里と大雅は近くの公園に来ていた。
以前、朱里を見た時と比べると幾分血色が良くなり、こけていた頬も戻りつつある様子だった。少しずつ前を向けている証拠かもしれない。
どこから切り出した方がいいものか、と大雅が模索していると、先に口を開いたのは朱里の方だった。
「美波は何か言ってた?」
突然の問いかけに大雅は驚きを隠せない。
「えっ、どうして……」
目を泳がせながら、言葉を落とす。
「だって、あなた、美波に会ったんでしょう?」
事も無げに朱里は言う。
仮に春豊から事前に聞いているのであれば納得するのだが、春豊自身そんなことは絶対にしないだろう。
それをすれば朱里が悲しむことを知っているからである。
「どうして分かったんですか?」
「分かるわよ。諦めが悪くて真っ直ぐなのがあの子の取り柄。何かあれば化けてでも戻ってくると思うわ。そして〝美波の件で話がある〟とあなたが来たってことは、そういうことなのでしょう?」
やはりと言うべきか、美波のことは見ていなくてもお見通しのようだ。
「…………怒らないんですか?」
「怒る? どうして?」
朱里が首を傾げる。
「美波に会って、伝えたいことがあったんじゃないですか? なのに、どうして、僕に来たのか、って……」
大雅が恐る恐る言うと、朱里は、うーん、と唸り声を上げながら眉間に皺を寄せて考える。
そして、ふと声を上げる。
「あっ、もしかしてあの儀式を見てた?」
「……はい」
朱里が深い溜息を吐く。
「…………そう。じゃあ美波にも見られてたのね。ああ、それで美波に言われて私のところに来たのね。それなら大丈夫よ。私は一人で生きていけるから」
朱里が持っていた缶コーヒーを一口含み嚥下する。
飲み込む音がやけに大きく聞こえたのは気のせいじゃないだろう。
「あれはね、私の中の美波を無事に送る儀式なのよ」
そう言って、朱里は遠くを見つめた瞳で訥々と語る。
「人はね、弱い生き物。最愛の人が亡くなればいつまでもその人のことを思い、そこから動けなくなってしまう。思う事は悪いことじゃない。でも、それに縛られてしまうのは故人も望まない。だから、ああいう場をわざと作って故人に対する自分の思っていることを嘘偽りなく吐き出す。伝えられないと知っていてもそこに故人がいると思って吐き出す。そして、自分の中の故人を昇華させてあげるの。勘違いしないで欲しいのは、これは忘れるわけじゃなくて、逆にずっと覚えておくためにやることなのよ。決して縛られることなく前向きに生きていくためにやることなの……じゃないといずれ自分が辛くなってしまうし、何より故人が可哀想でしょう」
そう語る朱里の目はとても優しく温かかった。
まるで目の前にいる美波を見つめるかのように、慈愛に満ちていた。
そして、大雅を見つめ問う。
「あなたは、美波に言えた?」
その瞬間、周囲の音がやけに小さくなり、心臓の鼓動だけが鳴り響いていた。
口を開き何かを言おうとするが、声が出ない。
大雅はすぐに肯定することが出来なかった。
朱里は突然の訪問に心底驚いてはいたが、事情を話すと話を聞いてくれた。
「何の連絡も入れずに来てしまい、すみません」
「いいのよ。今日は仕事もないし、だからといってやる事もないもの」
そう言って、朱里と大雅は近くの公園に来ていた。
以前、朱里を見た時と比べると幾分血色が良くなり、こけていた頬も戻りつつある様子だった。少しずつ前を向けている証拠かもしれない。
どこから切り出した方がいいものか、と大雅が模索していると、先に口を開いたのは朱里の方だった。
「美波は何か言ってた?」
突然の問いかけに大雅は驚きを隠せない。
「えっ、どうして……」
目を泳がせながら、言葉を落とす。
「だって、あなた、美波に会ったんでしょう?」
事も無げに朱里は言う。
仮に春豊から事前に聞いているのであれば納得するのだが、春豊自身そんなことは絶対にしないだろう。
それをすれば朱里が悲しむことを知っているからである。
「どうして分かったんですか?」
「分かるわよ。諦めが悪くて真っ直ぐなのがあの子の取り柄。何かあれば化けてでも戻ってくると思うわ。そして〝美波の件で話がある〟とあなたが来たってことは、そういうことなのでしょう?」
やはりと言うべきか、美波のことは見ていなくてもお見通しのようだ。
「…………怒らないんですか?」
「怒る? どうして?」
朱里が首を傾げる。
「美波に会って、伝えたいことがあったんじゃないですか? なのに、どうして、僕に来たのか、って……」
大雅が恐る恐る言うと、朱里は、うーん、と唸り声を上げながら眉間に皺を寄せて考える。
そして、ふと声を上げる。
「あっ、もしかしてあの儀式を見てた?」
「……はい」
朱里が深い溜息を吐く。
「…………そう。じゃあ美波にも見られてたのね。ああ、それで美波に言われて私のところに来たのね。それなら大丈夫よ。私は一人で生きていけるから」
朱里が持っていた缶コーヒーを一口含み嚥下する。
飲み込む音がやけに大きく聞こえたのは気のせいじゃないだろう。
「あれはね、私の中の美波を無事に送る儀式なのよ」
そう言って、朱里は遠くを見つめた瞳で訥々と語る。
「人はね、弱い生き物。最愛の人が亡くなればいつまでもその人のことを思い、そこから動けなくなってしまう。思う事は悪いことじゃない。でも、それに縛られてしまうのは故人も望まない。だから、ああいう場をわざと作って故人に対する自分の思っていることを嘘偽りなく吐き出す。伝えられないと知っていてもそこに故人がいると思って吐き出す。そして、自分の中の故人を昇華させてあげるの。勘違いしないで欲しいのは、これは忘れるわけじゃなくて、逆にずっと覚えておくためにやることなのよ。決して縛られることなく前向きに生きていくためにやることなの……じゃないといずれ自分が辛くなってしまうし、何より故人が可哀想でしょう」
そう語る朱里の目はとても優しく温かかった。
まるで目の前にいる美波を見つめるかのように、慈愛に満ちていた。
そして、大雅を見つめ問う。
「あなたは、美波に言えた?」
その瞬間、周囲の音がやけに小さくなり、心臓の鼓動だけが鳴り響いていた。
口を開き何かを言おうとするが、声が出ない。
大雅はすぐに肯定することが出来なかった。
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