【完結】幽霊彼女と後悔探しの旅

よーじろー

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六章

七十話

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「今日はどういった件で来られたのですか?」
 春豊と大雅に向き合うような形で座る朱里が訊く。
「美波ちゃんにお線香を上げに来たのもありますが、朱里さんに美波ちゃんのことを話しに来ました。それと……」
 そう言って、春豊が大雅に目配せをする。
 大雅がおもむろに鞄の中から一通の便箋を取り出す。
 一見すると何の変哲もない真っ白な便箋であり、表紙には何も書かれていない。
「すみません。表紙に何も書かれてなかったものですから、開けて確認させていただきました。これはお母さんが持っておくべきものです」
 大雅から便箋を受け取った朱里はきょとんとした表情をしてはいるが、その実、その風を装っていたのかもしれない。
 ゆっくり開けると、中に入っていたのは二枚の紙だった。
 朱里がその紙を開き、そこに書かれている文字に目を通す。
 最初、朱里は口を抑え涙を流すまいと堪えてはいたが、その隙間から漏れた嗚咽と零れた大粒の涙が朱里の全てだった。
 春豊は気丈に振る舞っているが、奥歯を噛みしめ堪えているのが見て取れた。
 大雅は中身を知っているが、春豊は中にかかれている内容を知らない。しかし、朱里の様子を見るに、想像に難くないのだろう。
 朱里が紙を丁寧に便箋に戻し、涙と鼻水を拭く。
「お見苦しいところを……すみませんでした」
「いえ……」
 朱里は一つ咳払いをして、改めて春豊と大雅を見る。
「届けていただき、ありがとうございました」
 深々と頭を下げる。
「美波は心残りなく、逝くことが出来たんですね」
「…………はい」
「あの子は昔から優しくて明るい子なんですが、心配性なところがありましたから……」
 そう言って、テーブルに視線を落とす。
「この手紙にも私が心配だ、って書かれてましたよ。自分がこんなになってるのに……もう大丈夫なのにね」
 はにかむ朱里から寂しさが感じ取れた。
「……正直なことを言うと、美波が亡くなってから、どうして美波なの、私じゃなかったの、私はどうやって生きていけばいいの、と考えることが多かったんです」
 その心中を察し、大雅は胸が痛くなる。
 待ち針で刺される度に、ずきん、ずきん、と鳴る心臓が大雅の感情を刺激する。
「でも、これでもう私も前を向いて生きて行けそうです。本当にありがとうございました」
 今一度、深々と頭を下げる。
 そして、ゆっくり上げる朱里の頬にはいまだ涙が流れていたが、その表情は実に清々しかった。
 それから春豊が朱里に美波のことについて話す。
 美波が一人暮らしを始めてからのこと、一緒に出掛けた時のこと、大雅のことを話す時のこと、美波が亡くなってからのこと……。
 春豊は自身が知っている美波のことを全て話した。
 朱里は時折、あの子は本当にもう、なんて言葉を落としながら呆れたように溜息を洩らしてはいたが、表情は嬉しそうだった。
 美波が独り立ちして知らなかった美波を知れたこともそうだが、どこで生活していても変わらなかった美波の様子を知れたことの方が大きいのだろう。
 春豊が一通り話し終えると、朱里は満足そうな表情を浮かべる。
「春豊さん、本当にありがとうございました」
「いえ、私の方こそ、美波ちゃんには元気を貰ってばかりで……本当に助けられましたありがとうございました」
 春豊と朱里が互いに頭を下げ、同じタイミングで上げる。
「では……」
 春豊が帰ろうと軽く腰を上げる。
「お母さん、僕からもひとつ話したいことがありまして」
 その言葉に朱里が大雅に視線を向ける。
 何も聞かされていなかった春豊も上げかけた腰を戻し、横目で大雅を見る。
「二週間程前、伺った時に〝あなたは美波に言えた?〟と聞かれ、僕は即答することが出来ませんでした」
 大雅はテーブルの真ん中あたりに視線を落とし言う。
「というより、最期の瞬間に立ち会ったにもかかわらず、言えなかったということをお母さんに伝えることが出来なかったんです」
 朱里は娘に伝えるということはおろか、その機会さえなかった。
 大雅はそれが後ろめたかったのだ。
「この二週間、そればかり考えていて……」
 朱里は頷くでも何を言うでもなくただただ淡々と大雅の話を聞いていた。
 大雅が一度口に溜まった唾液を飲み込む。
 先程まで鳴いていた鳥の鳴き声はぱたりと止み、飲み込む音が静かな空気を伝う。
 実際は小さいのだが、今の大雅にとってその音はこの空間の全てだった。
「でも、これは自分勝手かもしれないですが……」
 そう切り出し、テーブルから朱里に視線を戻す。

「僕は言えなくて良かったんだと思います。もし、あそこで最期の言葉を言えていたら、それで満足してしまい、抜け殻になってしまうと思うんです。それは美波が望む未来では絶対にない」

 そこで一度間を置き、大雅は言葉を継ぐ。

「これから先、僕は僕のやるべきことを心臓が止まるその時まで懸命にやり、そして、空の上で美波に会えた時、最期に言えなかったことを言おうと思います」

 大雅が朱里の瞳を見据え言う。
 大雅自身、これを朱里に伝えたところで何かが変わるわけではないことは分かっていたし、ただの自己満足であることも自覚していた。
 しかし、美波の母である朱里には自己のけじめとして言わなくてはいけない、そうすることで美波に恥ずかしくないよう生きるんだ、という覚悟があった。
「そう。それなら、あなたも前を向いて生きていけそうね」
 大雅を見る朱里は優しく温かった。
「良かったね……大雅」
 そう言って、春豊が隣の大雅に声をかける。
 はい、と言い、横を向いた時。
 大雅自身にも理解は出来ない。
 しかし、刹那、春豊の後ろに美波が映った。

 〝絶対に幸せになってね!〟

 最期に言われたその言葉が大雅の頭に蘇る。
 
 ――そうか! 今の春豊さんは……。
 
 春豊に感じていた違和感の正体に大雅の胸が熱くなる。
「ありがとう!」
 大雅が胸を張って答える。
 自信を持って答えたその頬には大きく温かな涙が流れていた。
 
(了)
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