【完結】幽霊彼女と後悔探しの旅

よーじろー

文字の大きさ
8 / 70
一章

八話

しおりを挟む
 田んぼ道を歩き、式場のお寺に着く。
 そこまで大きくはないが、草木の手入れや細かいところの掃除までしっかりと行き届いた綺麗なお寺だった。
 少し早く着いたみたいで準備する人達が忙しく動いている。
 そんな人達の間を抜け、美波の棺の傍に座る美波の母、桜井朱里(さくらいあかり)に声をかける。
「美波のお母さん、こんにちは」
「あっ、大雅君、遠いのに今日はわざわざありがとうね」
「いえ、そんなことないですよ」
 気丈に笑顔を見せてくれてはいるが、その表情は虚ろで心はここになかった。頬はやつれ艶のあった髪はぼさぼさになってしまっている。化粧で隠してはいるが、昨日も泣いたのか、若干目の周りが腫れぼったい。
 美波の母は依然会った時よりも一回り以上は老け込んでいた。
『……お母さん……』
 後ろで浮遊する美波が心配そうな声をあげる。
「大雅君……本当にありがとうね」
 その言葉を皮切りに朱里がぽろぽろと言葉を落とす。
「実はね、いつも言ってたのよ。〝大雅がいるから今の私があるの。男と女という関係以上に……人間として感謝してるし、尊敬もしてる。面と向かっては恥ずかしいし重いって思われるから言わないけど、死んで来世があるとしたら、また大雅を見つけて愛せると思う〟って、真剣な表情で言ってたわ」
「……そうなんですね」
 大雅は嬉しさと悲しさを抑えながら、ちらりと後ろを振り返り、美波の顔を伺う。
『……や、やめてー!』
 美波は両手で顔を覆ってはいるが、耳は真っ赤になっていた。
 それとともに感情の高ぶりが存在感を強めており、透けて先が見えるような体は若干濃くなっていた。
「そして、いつもその後に〝だからね、もし……もし万が一よ、大雅が他の人のことを好きになったら、私は気持ち良く送り出してあげたいと思ってるの。……変だよね、こんなの〟って、笑ってたわ」
 悲しそうな笑みを浮かべて朱里が語る。
 その言葉のひとつひとつに娘への無念が痛いほど伝わってくる。
「でも、まさかこんな形でお別れになるとは思ってなかったから、言いたいことも言えなかったし……やり切れなくて……」
 鼻を啜り、嗚咽を漏らす。
 朱里と大雅、そして幽霊となった美波しかいないその空間に飾られた花の匂いとカラスの鳴き声が心に響く。部屋全体を包む悲哀がその全てを重くしていた。

「大雅君ももっと言いたいこと、あったんじゃない?」

「……そう、ですね」
 朱里の問いに大雅は口籠らせながら答える。
 美波の顔を見ることは出来なかった。
「でも、あなたみたいな人が一緒にいてくれて幸せだったと思うわ。ありがとうね。……それとこれは美波と私からの最後のお願い」
 朱里が姿勢を正し、大雅の方に向き直る。
 正面から見る朱里は想像以上に疲弊しており、今にも倒れてしまいそうなほど脆かった。
「大雅君はまだ若いわ。……だから、これからは美波のことは忘れて他の人と幸せになってちょうだい。美波もそれをきっと望んでいると思うわ。だから……お願い、ね……」
 零すまいと目に溜めていた大粒の涙が自身の服に垂れる。
 口を抑え嗚咽を漏らさないようにするが、指の隙間から漏れる声は悲痛の極みだった。
 何度も泣いたはずだ。
 それなのに枯れることのない母の涙が大雅の心を抉り苦しい。
 ぎゅっと心臓を握られては離され握られては離され……それを繰り返すかの如く細かい痛みが胸全体を襲う。
「…………」
 大雅は眉間に皺を寄せ奥歯を強く噛みしめる。
 美波の顔を伺うことも、朱里のお願いにすぐ返事をすることも出来なかった。
 
 ――おそらく美波のお母さんの言うことは正しいだろうし、長い目で見ても建設的である提案であることは理解出来る。美波のやり残したことは解消したいし、それで美波にも安心して欲しいと思っている……しかし、果たして、それは今すぐにしなければいけないことなのだろうか……まだ美波と一緒にいてはいけないんだろうか……美波は絶対に成仏しなくてはいけないのだろうか…………。
 
 大雅の頭の中をぐるぐると回る葛藤という名の電車が煙を上げる。
 やがてその燃料は尽き、熱を持ったまま止まる。
「……姉さん。葬儀屋の人が呼んでるよ」
 朱里の弟、美波の叔父に当たる人が後ろから呼ぶ。
「ああ、分かったわ。すぐに行く」
 朱里が腰を上げ、一度大雅にお辞儀をした後、叔父とともに部屋を後にした。
 残された部屋で大雅は再度考える。
 
 ――いつかは自分の中で踏ん切りをつけて前を向かなくてはいけないと思っている。いつまでも止まっていては美波に負い目を感じさせてしまう。それは理解している。……しかし、果たして、その決断を僕は下すことが出来るのか。その決断に僕自身は心から納得することが出来るのだろうか。そもそもそれはいつの話なのだろうか。明日? 明後日? 一か月後? 一年後? 十年後? それ以上?
 
 考えれば考えるほど浮かんでくる疑問の種は芽吹くのを今か今かと待っていたが、今の大雅にはそれを成長させる肥沃な土壌もなければ水もなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

処理中です...