【完結】幽霊彼女と後悔探しの旅

よーじろー

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一章

九話

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『お母さん……大丈夫かな?』
 美波が心配そうな表情で母が出ていった扉の方を見る。
「……確かに、心配だね。もしよかったら僕がとりあえず落ち着くまで様子を見てようか? そっちの方が美波も安心でしょ」
『そうだね。そっちの方が……あっ!』
 美波が閃いたように声を上げる。
『もしかして、私のやり残したことって……お母さんに関係すること、なのかな?』
 そう言う美波の瞳は水を得た魚のように輝く。
「それは……」
 
 ――確かにその可能性は一番高いかもしれない。
 
 そう思うが、同時に大雅の中に燻る迷いがそれを言葉にすることを妨げた。
 はっきりと言葉にしてしまえば、大雅の中で抑えている何かが弾け飛んでしまうかもしれない、と感じたからだ。
「どう、だろうね。そう……なのかな」
 大雅は右上に視線を彷徨わせながら唇を触る。
『きっと、そうだよ!』
 美波が瞬きをして輝く瞳から星を大雅に飛ばす。
 大雅があからさまに目を逸らす。今の大雅にその星を受け止めるほどの余裕は微塵もなかった。
『……でも、まあ、そうじゃなかったとしても、とりあえず、今出来ることは可能性があるものをひとつひとつ探っていくことしかないよね。ということで、大雅』
 美波がそう言い、大雅を見て不敵な笑みを浮かべる。
 その瞬間、大雅の脳裏に嫌な記憶が蘇る。

『適当な理由をつけてお母さんと一緒に住んでね!』

 その言葉を大雅は一瞬理解できなかったが、脳内で何度か反芻させ理解できた時、同時に驚きがやってくる。
「…………ええー!」
 ここで葬式が行われるということも関係なく、大雅は大声を出してしまった。
「どうしたの⁉ 何かあった⁉」
 朱里を始めとする人達が続々と集まってくる。
 どうやらお寺自体がそこまで広くないことも相まって、大雅の声は全てに響いてしまったらしい。
 宙でくるくると舞う美波を睨み、集まった人達に言う。
「いや、あの、すみません。こんな大きい虫がいたものですから、つい驚いてしまって……すみません、すみません」
 そう言い平謝りを続け、その場は何とか事なきを得たが、その頭上では美波がくすくすと笑っていた。
 なんだよ、そんなことか、お騒がせな奴だな、などという小言を言いながら部屋を去っていく。
 小言がまだ耳に残っている中、大雅は背後で笑う美波を詰める。
「美波、どういうこと⁉」
『ん? どういうことって、そういうことだよ』
「そういうことって……どういうこと⁉」
 さも当たり前であるかのように言うが、大雅にはその意図が皆目理解できなかった。
「様子を見ていようか、とは言ったけど、それがどうして僕と美波のお母さんが一緒に住むことになるのさ⁉」
『簡単なことだよ』
 美波はそう言って、どこから出したのか、黒縁の眼鏡をかけて続ける。
『私は現世に心残りがある。それを解消しないと安心して成仏できない。でも、それが何かは分からない。現状、お母さんに関することは一番怪しい。それを探るためにお母さんの近くにいなきゃいけない。ね? 簡単でしょ?』
 美波が数学の問題でも解くかのようにスムーズに説明する。
「……うん。確かにその仮説は分かった。分かったけど……でも、それと僕が一緒に住むことは話が別でしょ! 別に僕が一緒に住まなくても、美波がお母さんの近くにいればいいんだから」
『あれ? 言ってなかったっけ?』
 美波が顎に手を当て、小首を傾げる。
 これをわざとではなく素でやってのけるのだから、我が彼女ながら非常にあざとい。
「ん? 何?」

『最初は行こうと思えばどこでも行けたんだけど、大雅の近くにいるようになってから、何でか知らないけど、私、大雅の近くから離れられなくなっちゃったんだよね』

「…………えっ⁉」
 新事実に愕然とする。
『まあ、正確に言うと、長時間遠距離にいると、何かこの辺がざわざわして気持ち悪くなってくるような感覚になるんだよ。上手く伝えられないけど、存在が薄くなる感じ? 少しくらいの時間と距離であれば離れられるんだけど、多分それ以上になると消えちゃうと思うんだ』
 美波が大雅の驚きを無視して話を継ぐ。
 
 ――これからも近くでずっと一緒にいられる嬉しさ半分、早く言ってくれよという怒り半分。
 
 それが大雅の本心であった。
「…………それじゃあ、まさか」
『そっ。大雅がいないと、私はお母さんの近くには行けないんだよ。だから……一緒に暮らして』
 美波は事も無げに告げる。
 そうなのか、と納得しながら、しかし、うーん、と呟き考える。
 
 ――美波のお母さんは僕に、美波のことは忘れて前に進んで欲しい、と言っている。そんな人にどうやって近づき、家の中に入れというんだよ……。
 
 考えても妙案は浮かばない。
 それどころか、その思考はいらない事実を判明させてしまった。
「えっと、ちょっと待って、今、少し思ったんだけど……じゃあ、僕がトイレとかお風呂に入ってる時も……美波は近くにいるってことで……それじゃあ……」
『あっ、それなら大丈夫だよ。その時は目の届かないところにいて、終わった頃に戻るようにしてるから』
「そうなんだね。ちょっと安心した」
 胸を撫でおろす。
『でも、最初は分からなかったからずっと一緒にいたけどね』
 束の間、一度強く目を閉じ、天を仰ぐ。
 
 ――……なんだかな……もう、考えるのも面倒になってきたな。
 
 怒りや呆れはとうに通り越していた。
 無意識の内に零れる生温かい溜息に全ての思考と力がこもっていたかのように、全身の力が抜け真っ白になる。
 無心になるというのはこういうことなのかもしれない、と感じたのは生きていて初めてだった。
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