【完結】幽霊彼女と後悔探しの旅

よーじろー

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一章

十話

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 葬式が滞りなく終わり、大雅は取ってあったビジネスホテルのベッドに横になっていた。
 参列に来ていた人は皆、一人の例外もなく涙を流し、早すぎる死を悲しんでいた。
 中には焼香の際に泣き崩れ友人に抱えられる人さえいた。
 こうして見ると美波の顔の広さと人望の厚さが如実に感じられ、彼氏として鼻が高い反面、美波の死を改めて現実のものとして突き付けられ胸の奥が苦しくなる気持ちがあることも事実だった。
 当の本人はというと、いつもの調子で実にあっさりしていた。
 参列者の中に旧知の仲の人を見つけると、
『あっ、あの人はね、大学の時、ほんとお世話になったんだよ。ありがとうございました』
 と言って手を合わせる。
 また、棺の中で横になる自分を見て、
『もっと綺麗にしてもらえなかったの? これじゃあ、死んでも死にきれないよ』
 などと言う始末である。
 まるで他人事であるかのように振る舞う美波に若干の呆れを感じながらも、なぜかそれが心地いい、と大雅は感じてもいた。

 〝幽霊になっても変わらない美波がここにいる〟

 それが単純に嬉しかったのだろう。
 ホテルの天井を見つめながらひとつ息を吐く。
 今後のことを改めて整理する。
 ひとつ。
 ――美波の心残りは一体何だろうか。
 美波は即決即行動がモットーであり、自分がやりたいと思ったことをやらなかったことは覚えている限り一度もなかった。しないで後悔するよりもして後悔する方がいい、という言葉を地でいく女性なのだ。その辺の抜かりはない。
 
 そんな美波に心残りなど存在するのだろうか。

 ふたつ。
 ――美波はいつまでこのままの状態でいられるのだろうか。
 実際に死んだわけでも経験したわけでもないので詳細は不明だが、死んだら成仏し浄土に行くだとか、輪廻転生するだとか、無に変えるだとか言われている。なので、今の状態で僕の近くに存在していること自体が異常なのである。

 この状態をいつまで維持できるのか。心残りが解消されない状態でいつまで存在していられるのか。タイムリミットがいつまでなのか。

 みっつ。
 ――もし美波の心残りが解消されたら……本当に成仏してしまうのだろうか。
 これが一番気になることであった。
 もし仮に何も考えずに欲望のままに行動していいのであれば、幽霊のままであっても姿が見え会話を交わせる美波と一生を終えるまで一緒に過ごし、そのまま一緒に死後の世界に行きたい、と大雅は思っている。
 ――しかし、それは絶対にしてはいけないことだ。
 第一、生きている大雅の幸せを願う美波がそれを良しとしない確率は高いので、大雅自身、叶わない夢であることは百も理解はしている。
 そこで前述した疑問が生まれてくる。

 〝そもそも美波は成仏するのだろうか〟
 
 たかが心残りひとつ解決したところでそれに満足して現世への糸を断ち切ることは出来るのだろうか。
 目を閉じ、今一度ゆっくり息を吸い吐き出す。
 考えても答えの出ない疑問を延々と考えては独りで深く暗い沼に嵌っていくのは大雅の悪い癖だった。
『明日からどうしようか?』
 宙を浮遊していた美波が大雅の隣に寝転がり話しかける。
「美波のお母さんに近づく方法?」
『そう。というか、一緒に住む方法?』
「……一緒に住む、ね……」
 言葉に出して大雅はそのハードルの高さに再度どうしたものか、と悩む。
 
 ――もし仮に美波が生きていて、美波とお母さんと僕の三人で住むのであれば実現可能だったかもしれない。しかし、いくら娘と婚約の約束を交わした仲でありとは言え、実際に婚姻届けを提出したわけでも結婚式を挙げたわけでもない男と一つ屋根の下で一緒に暮らすのは無理な話だろう。しかも〝これからは美波のことは忘れて他の人と幸せになってちょうだい〟とまで言われ、実質もう関わらないで欲しい、と言われたようなものなのだ。どんなに巧妙な作戦を練ったとしても歓迎されるような未来は見えない……。
 
 大雅はそう考え美波を正面に見据える。
「美波、訊いてもいい?」
『ん? 何?』
「例えばの話なんだけどさ……さあ、これがあなたの心残りです、これで成仏出来ますよ、って言われたとして……そうしたら、美波はどうする?」
 大雅自身、美波がどう考えているかを知ることは今後の身の振り方を考える上で最重要案件であった。
 なんだ、そんなこと、と考える様子もなく涼しい顔で美波が言う。

『そんなの決まってるじゃん。そりゃ、それを全うするよ。それで後腐れなく綺麗さっぱり成仏する』
 
 その言葉に嘘偽りはない。
『そのためにも、お母さんと一緒に住んで……お母さんをよろしくね』
「ん? それはどういう」
 大雅が訊こうと横を向くが、美波はもうそこにはおらず部屋の中にもいなかった。
 大雅がひとつ息を吐く。
 あまりぐちぐちと考えず即断即決する美波のことだ。
 こう言うであろうということは何となく分かっていた。
 それが道義的に正しく、美波のためにもそうすべきである、ということは大雅も理解している。
 それでもその言葉は大雅の心を刺す。
 
 ――……どうして……どうして僕じゃなくて美波なんだよ!
 
 細い針でちくちくと持続的に与えられる刺激が波のように徐々に広がっていき遠くまで届く。
 それがやがて大きくなり返ってくる頃まで大雅の心は壊れずに原形を保っているだろうか。
 迷いの種は着々と成長していた。
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