17 / 70
二章
十七話
しおりを挟む
「美波、本当にこのまま言っても大丈夫なの?」
『はい。大丈夫ですよ』
「でも、春豊ってテレビにラジオに引っ張りだこだから、会えたとしても話している時間なんてないんじゃないの?」
『そこは……ほら、さっき教えた通りに。その言葉を言えば話位は聞いてくれると思います』
「…………本当にそんな上手くいくかな?」
『あっ、出てきました!』
美波が大雅の言葉を遮って背中を押す。
物に触れることは出来ても人に触れることは出来ないので、当然、すり抜けてしまうが、美波曰く、大事なのは実際に触れているかどうかではなくその行為自体なのだ、という。
美波はいつになく浮かれていた。
どこかそわそわしていていつも以上に挙動が忙しない。しかし、緊張しているというよりは子供が遊園地に行く時のような、そんな楽しみが介在した表情だった。
しかし、それと同時にまだ迷っているような表情を浮かべることもあり、その心中を察するのは容易ではなかった。
――美波のお母さんがいつから春豊に心酔しているかは不明だが、もし仮に昔から知っているのであれば美波が知っていてもおかしくはない。それどころか、面と向かって話したことだってあるかもしれない。……それなのに美波はそのことについて話すことはない。
あえて問い詰めるようなことはしないが、そのことが大雅の頭をもやもやさせていた。
――春豊について知っているのであれば、教えてくれればもっと円滑に事を進められるかもしれないのに……。
訊けば教えてくれるかもしれないが、どこか非協力的な美波に若干の苛立ちを感じながら、大雅は目の前に近づいてくる春豊に話しかける。
「あの! 春豊さん、ですか?」
帽子に色の濃いサングラスを着けてはいるが、背中まで流れる鮮明な赤髪とモデル顔負けのスタイルを見れば分かる。何より歩き方や立ち振る舞いから出る雰囲気が葬式の時に見た時と同じであった。
間違いなく春豊だった。
「…………」
声をかけられた春豊は足を止めるが、口を開くことはしない。
「春豊? 誰ですか、その人?」
春豊のすぐ後ろを付いていた男性が大雅と春豊の間に入り言う。
「とにかくその人が誰だか知りませんが、おそらく人違いですよ。それでは」
大雅との会話を強制的に終わらせ、春豊と男性が歩き出す。
「待ってください! 春豊さんに訊きたいことがあるんです!」
大雅はそそくさと去ろうとする二人の背中に言葉を投げる。
「だから、その春豊とかいう人ではないと言っているでしょう。しつこいですね」
「いや、でも」
「違うと言っているでしょう! これ以上は警察を呼びますよ!」
その言葉に大雅は一歩後ずさる。
客観的に見て大雅がしていることは芸能人に付き纏うストーカーのそれであり、そこに言い訳の隙は一分もない。
――それでも、ここで引くことは出来ない!
その気持ちを胸に大雅は美波に言われた言葉を思い返す。
『たぶん、大雅が声をかけても止まってはくれないと思います。だから、その時はこの言葉を言ってみてください。それは――』
ものすごい剣幕で詰め寄る男性とその後ろでちらりと大雅を見る春豊に向かって言う。
『「春豊さん、芸能界なんて早く引退しなよ! じゃないと、夢だった世界一周だって宇宙旅行だってできないまま、しわしわのだるだるのくたくたのババアになっちゃうよ!」』
大雅が話すと同時に美波が言う。
この言葉を言うには抵抗があった。ましてや相手は世界でなりたい顔ランキング常連の美女だ。怒られるどころか、社会から存在を消されかねない。
大雅は恐る恐る目を開け、反応を確認する。
男性は驚きのあまり大口を開けたままこちらを見ている。
歩みを止めることはないが、周囲の人もこちらをちらちらと伺っている。
男性と春豊には大雅の声しか聞こえていない。
それは間違いないはずだった。
そのはずなのに、サングラスを取り大きな目を見開く春豊の視線は大雅ではなく、確実にその背後で宙に浮かぶ美波を捉えていた。
驚いた様子で宙を見る春豊は間違いなく美波の姿を視認していたのだ。
春豊の頬に大粒の涙が流れる。
日差しに輝く一粒の涙が顎先から地面に落ち、その跡を辿るように次々と涙が伝う。
美波がその表情を見て、悲しそうに微笑む。
その表情は嬉しさや楽しさ、悲しさにとどまらず、呆れや怒り、諦めまでも含まれているような複雑な表情だった。
「あ、あなた! 失礼ですよ! どこの誰ですか⁉ 今度正式に」
呆けていた男性が怒号を飛ばしながら近づいてくる。
「亮(りょう)、あなたは先に行っててください」
その突然の言葉に亮と呼ばれた男性が呆然とする。
「聞こえなかったかしら? 先に行っててちょうだい。そこまでかかりませんし、事が済んだら私もすぐに向かいます」
「しかし」
「いいから、行きなさい!」
「は、はい!」
春豊が語気を強め言うと、亮は体を緊張させ答え足早に行ってしまった。
春豊がゆっくり近づいてくる。
近くに来ると背の高さもあってか、圧倒的な存在感に圧せられる。
「美波……また会えて良かった」
『私も……春豊さんにまた会えて嬉しいです』
春豊と美波がともに涙を流す。
感動の再会とも呼べる光景に大雅はただただ見守ることしか出来なかった。
『はい。大丈夫ですよ』
「でも、春豊ってテレビにラジオに引っ張りだこだから、会えたとしても話している時間なんてないんじゃないの?」
『そこは……ほら、さっき教えた通りに。その言葉を言えば話位は聞いてくれると思います』
「…………本当にそんな上手くいくかな?」
『あっ、出てきました!』
美波が大雅の言葉を遮って背中を押す。
物に触れることは出来ても人に触れることは出来ないので、当然、すり抜けてしまうが、美波曰く、大事なのは実際に触れているかどうかではなくその行為自体なのだ、という。
美波はいつになく浮かれていた。
どこかそわそわしていていつも以上に挙動が忙しない。しかし、緊張しているというよりは子供が遊園地に行く時のような、そんな楽しみが介在した表情だった。
しかし、それと同時にまだ迷っているような表情を浮かべることもあり、その心中を察するのは容易ではなかった。
――美波のお母さんがいつから春豊に心酔しているかは不明だが、もし仮に昔から知っているのであれば美波が知っていてもおかしくはない。それどころか、面と向かって話したことだってあるかもしれない。……それなのに美波はそのことについて話すことはない。
あえて問い詰めるようなことはしないが、そのことが大雅の頭をもやもやさせていた。
――春豊について知っているのであれば、教えてくれればもっと円滑に事を進められるかもしれないのに……。
訊けば教えてくれるかもしれないが、どこか非協力的な美波に若干の苛立ちを感じながら、大雅は目の前に近づいてくる春豊に話しかける。
「あの! 春豊さん、ですか?」
帽子に色の濃いサングラスを着けてはいるが、背中まで流れる鮮明な赤髪とモデル顔負けのスタイルを見れば分かる。何より歩き方や立ち振る舞いから出る雰囲気が葬式の時に見た時と同じであった。
間違いなく春豊だった。
「…………」
声をかけられた春豊は足を止めるが、口を開くことはしない。
「春豊? 誰ですか、その人?」
春豊のすぐ後ろを付いていた男性が大雅と春豊の間に入り言う。
「とにかくその人が誰だか知りませんが、おそらく人違いですよ。それでは」
大雅との会話を強制的に終わらせ、春豊と男性が歩き出す。
「待ってください! 春豊さんに訊きたいことがあるんです!」
大雅はそそくさと去ろうとする二人の背中に言葉を投げる。
「だから、その春豊とかいう人ではないと言っているでしょう。しつこいですね」
「いや、でも」
「違うと言っているでしょう! これ以上は警察を呼びますよ!」
その言葉に大雅は一歩後ずさる。
客観的に見て大雅がしていることは芸能人に付き纏うストーカーのそれであり、そこに言い訳の隙は一分もない。
――それでも、ここで引くことは出来ない!
その気持ちを胸に大雅は美波に言われた言葉を思い返す。
『たぶん、大雅が声をかけても止まってはくれないと思います。だから、その時はこの言葉を言ってみてください。それは――』
ものすごい剣幕で詰め寄る男性とその後ろでちらりと大雅を見る春豊に向かって言う。
『「春豊さん、芸能界なんて早く引退しなよ! じゃないと、夢だった世界一周だって宇宙旅行だってできないまま、しわしわのだるだるのくたくたのババアになっちゃうよ!」』
大雅が話すと同時に美波が言う。
この言葉を言うには抵抗があった。ましてや相手は世界でなりたい顔ランキング常連の美女だ。怒られるどころか、社会から存在を消されかねない。
大雅は恐る恐る目を開け、反応を確認する。
男性は驚きのあまり大口を開けたままこちらを見ている。
歩みを止めることはないが、周囲の人もこちらをちらちらと伺っている。
男性と春豊には大雅の声しか聞こえていない。
それは間違いないはずだった。
そのはずなのに、サングラスを取り大きな目を見開く春豊の視線は大雅ではなく、確実にその背後で宙に浮かぶ美波を捉えていた。
驚いた様子で宙を見る春豊は間違いなく美波の姿を視認していたのだ。
春豊の頬に大粒の涙が流れる。
日差しに輝く一粒の涙が顎先から地面に落ち、その跡を辿るように次々と涙が伝う。
美波がその表情を見て、悲しそうに微笑む。
その表情は嬉しさや楽しさ、悲しさにとどまらず、呆れや怒り、諦めまでも含まれているような複雑な表情だった。
「あ、あなた! 失礼ですよ! どこの誰ですか⁉ 今度正式に」
呆けていた男性が怒号を飛ばしながら近づいてくる。
「亮(りょう)、あなたは先に行っててください」
その突然の言葉に亮と呼ばれた男性が呆然とする。
「聞こえなかったかしら? 先に行っててちょうだい。そこまでかかりませんし、事が済んだら私もすぐに向かいます」
「しかし」
「いいから、行きなさい!」
「は、はい!」
春豊が語気を強め言うと、亮は体を緊張させ答え足早に行ってしまった。
春豊がゆっくり近づいてくる。
近くに来ると背の高さもあってか、圧倒的な存在感に圧せられる。
「美波……また会えて良かった」
『私も……春豊さんにまた会えて嬉しいです』
春豊と美波がともに涙を流す。
感動の再会とも呼べる光景に大雅はただただ見守ることしか出来なかった。
0
あなたにおすすめの小説
君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない
あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。
タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。
図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。
実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。
同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
恋した殿下、愛のない婚約は今日で終わりです
百門一新
恋愛
旧題:恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。
※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載
「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。
腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。
魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。
多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる