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二章
十八話
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その日の夜、大雅と美波は春豊に指定されたレストランに来ていた。
東京の一等地に立つビルの最上階。
ドレスコードのある店に入ることも、フレンチを食べることも生まれて初めてで心臓の鼓動は早くなるばかりである。空調の効いた室内は暑くもないのに額の脂汗が気持ち悪い。
――出来ることならば今すぐにでも立ち去って、近所の定食屋に駆け込みたいが、これも美波のためだ。我慢、我慢、我慢……。
そう自分に言い聞かせて約束の時間を待つ。
幸い通された場所は個室だったので周囲の目をそこまで気にすることはなかったが、案内してくれたウエイトレスには全身を見られ、若干見下されたような冷たい視線を送られた。実際に場違いであることは分かっているのだが、露骨にされるとへこんでしまうのは仕方のないことだろう。
出された水を一気に飲むとどこで見ていたのか、すぐにウエイトレスがやってきて水を注いでくれる。
気が利くことこの上ないが、何だか監視されているような感じがして、やはり気持ち悪い。
妙に煌びやかな部屋の中を見回しながら二十分程待つと、春豊が入ってきた。
「遅くなっちゃってごめんなさい。仕事が押しちゃって」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
大雅は自然と席を立ち、硬くなった体を動かしお辞儀をする。
「ふふ、そう硬くならなくても大丈夫よ。さあ、とりあえず、食べながら話しましょう」
またもや誰が何かを言うこともなく見計らったかのように料理が運ばれてくる。
「まず確認なんだけど、あなたは本当の北条大雅君で間違いないかしら?」
春豊がそう訊きながら、前菜を口に運び咀嚼する。
その言い方に心臓が跳ねるが、大雅は努めて冷静に答える。
「……はい。そうです。でも、どうして僕のことを知ってるんですか?」
そんなこと、と小さく呟きながら言葉を継ぐ。
「そりゃ、美波ちゃんから会う度に聞かされているからね。覚えたくなくても覚えちゃうわよ。ね? 美波ちゃん?」
『ちょっと、春豊さん!』
「嘘、嘘、冗談よ」
そう言って春豊が笑う。
美波は顔を真っ赤にして頬を膨らませるが、その実、満更でもなさそうな笑みを浮かべる。
その様子を見ているだけでも二人の関係が浅からぬ関係であることは分かるが、それよりも美波が心から笑っていることの方が大雅は嬉しかった。
葬式が終わり朱里を調べ始めた頃から特に、美波は前よりも笑わなくなった。
おそらく自分の葬式やその後のお母さんの様子を見て感傷的になっていたのだろうから、仕方のないことなのかもしれない。
それは理解しているつもりだった。
時間が経てば心も落ち着きいつもの美波に戻ってくれる、と大雅は信じていた。
それを分かっていながら、どこか虚ろで儚げな美波の姿を見るだけで、本当の意味で美波が遠い世界に行ってしまうのではないか、と心配していたのだ。
冗談を言い合いながら笑う二人を外から見て微笑ましさを感じる。
まるで本当の家族のような、そんな距離感と空気感が温かかった。
食前酒がグラスに注がれ、軽く合わせる。
カツン、という乾いた音が響く。
東京の一等地に立つビルの最上階。
ドレスコードのある店に入ることも、フレンチを食べることも生まれて初めてで心臓の鼓動は早くなるばかりである。空調の効いた室内は暑くもないのに額の脂汗が気持ち悪い。
――出来ることならば今すぐにでも立ち去って、近所の定食屋に駆け込みたいが、これも美波のためだ。我慢、我慢、我慢……。
そう自分に言い聞かせて約束の時間を待つ。
幸い通された場所は個室だったので周囲の目をそこまで気にすることはなかったが、案内してくれたウエイトレスには全身を見られ、若干見下されたような冷たい視線を送られた。実際に場違いであることは分かっているのだが、露骨にされるとへこんでしまうのは仕方のないことだろう。
出された水を一気に飲むとどこで見ていたのか、すぐにウエイトレスがやってきて水を注いでくれる。
気が利くことこの上ないが、何だか監視されているような感じがして、やはり気持ち悪い。
妙に煌びやかな部屋の中を見回しながら二十分程待つと、春豊が入ってきた。
「遅くなっちゃってごめんなさい。仕事が押しちゃって」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
大雅は自然と席を立ち、硬くなった体を動かしお辞儀をする。
「ふふ、そう硬くならなくても大丈夫よ。さあ、とりあえず、食べながら話しましょう」
またもや誰が何かを言うこともなく見計らったかのように料理が運ばれてくる。
「まず確認なんだけど、あなたは本当の北条大雅君で間違いないかしら?」
春豊がそう訊きながら、前菜を口に運び咀嚼する。
その言い方に心臓が跳ねるが、大雅は努めて冷静に答える。
「……はい。そうです。でも、どうして僕のことを知ってるんですか?」
そんなこと、と小さく呟きながら言葉を継ぐ。
「そりゃ、美波ちゃんから会う度に聞かされているからね。覚えたくなくても覚えちゃうわよ。ね? 美波ちゃん?」
『ちょっと、春豊さん!』
「嘘、嘘、冗談よ」
そう言って春豊が笑う。
美波は顔を真っ赤にして頬を膨らませるが、その実、満更でもなさそうな笑みを浮かべる。
その様子を見ているだけでも二人の関係が浅からぬ関係であることは分かるが、それよりも美波が心から笑っていることの方が大雅は嬉しかった。
葬式が終わり朱里を調べ始めた頃から特に、美波は前よりも笑わなくなった。
おそらく自分の葬式やその後のお母さんの様子を見て感傷的になっていたのだろうから、仕方のないことなのかもしれない。
それは理解しているつもりだった。
時間が経てば心も落ち着きいつもの美波に戻ってくれる、と大雅は信じていた。
それを分かっていながら、どこか虚ろで儚げな美波の姿を見るだけで、本当の意味で美波が遠い世界に行ってしまうのではないか、と心配していたのだ。
冗談を言い合いながら笑う二人を外から見て微笑ましさを感じる。
まるで本当の家族のような、そんな距離感と空気感が温かかった。
食前酒がグラスに注がれ、軽く合わせる。
カツン、という乾いた音が響く。
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