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二章
十九話
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「――春豊さん、僕からも確認させてもらっていいですか?」
春豊は美波に向けていた視線を大雅の方に向ける。
「ん? 何かしら?」
「春豊さんには美波の姿が見えてるんですよね?」
その問いに春豊は、なんだ、そんなこと、とでも言いたげな表情を浮かべ答える。
「ええ、そうよ」
「僕は僕だけにしか見えないものだと思っていたのですが、美波は普通の人にも見えるものなんですか?」
春豊が、うーん、と唸る。
「おそらく霊感の強い人なら程度の差はあると思うけど、そこに何かいるくらいのことは分かると思うわよ。私はその中でも抜けて強い方だから、こうして姿もはっきり見えるし、会話をすることも出来るというわけね」
そう言って、美波に微笑む。
美波も微笑み返す。
その間に見えない糸が張られているかのような感覚に和やかさを感じながらも、大雅は少しむっとしながら春豊に質問する。
「じゃあ、春豊さんはなんで美波がこうして幽霊になってここにいるか、分かりますか?」
最初こそ朱里を探る過程で春豊を当たったが、春豊と美波の関係を知り、あわよくば春豊が美波の心残りを知っているのではないか、春豊自身に何かあるのではないか、と思うようになっていた。
ここでその真相を知ることが出来れば話は早かったのだが、やはりというべきか、ことはそう上手くいかないらしい。
「まさか、そこまではいくら私でも分からないわ」
春豊がわざとらしく手を挙げ、言葉を継ぐ。
「でも、現世に留まっているのにはそれなりの理由がある。まだやらなくてはいけない、と思っている強い思いがあるのは確かね。そうでしょ、美波ちゃん?」
『はい。その通りです』
美波が深く頷きながら同意する。
「じゃあ、そのやらなくてはいけないことをやったら、美波はいなくなるってことですかね?」
「そうね……ここにいる理由がなくなるわけだから、当然そういうことになるわね」
大雅の不確かな推測が確信に変わった瞬間だった。
その後は、主に春豊と美波が話しながらその合間に大雅が入る、というような構図であり、完全に大雅は美波のおまけであった。
「――ほんと、美波ちゃんは変わらないわね。死んでしまったとは思えないほど……」
『はい。私もそう思います』
春豊は美波を見ながら言うが、美波は春豊ではないどこか遠くを見つめながら答える。
そこに孕むのは自分が死んでしまった事実の再確認とそれに対する悔しさであろう。
「…………美波ちゃん、生き返りたい?」
突然の言葉に美波が目を丸くする。
『はい? それは冗談ですか?』
「いえ、私は本気よ」
そう言う春豊の目は言葉同様に真剣だった。
「朱里さんも少しだけでもいいから生き返らせたいと願っているわ」
『それは見ました。小屋で一生懸命に祈っている姿も……』
「あら、そうなのね。でもね、あれ自体に何も意味はなくて、単にお母さんの心が壊れないようにやってもらっていることなのよ」
一度食前酒を口に含み、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「私の占い自体は生きてる人の少し先を見るだけだけど……私の祖先は降霊術に長けていてね、だから、その方法も必要な物も知っている。しっかり時間をかけて準備すれば、それも可能な位の力も私にはあるの」
大雅が一度、口の中に溜まった唾液を飲み込む。
それが出来るのであれば大雅にしても願ったり叶ったりである。
――これが成功すれば、美波とずっと一緒にいられる。
美波が口を閉じたまま顔を伏せる。
考えているというよりは決まっている回答をどう言うべきかを悩んでいるようだった。
「……美波、良いんじゃないかな? そうすればまた一緒にいられるし……」
大雅が小さな声で美波に向かって言うが、その言葉は今の美波に届いていなかった。
『春豊さん、ありがたい提案ですが……すみません。お断りします』
春豊の目が細くなる。
「……どうしてか、訊いてもいいかしら?」
一段と低い声で春豊が訊く。
それに若干気圧されながら、それでも美波は一度唇をきゅっと噛みしめ、重い口を開く。
『私はもう死んでしまった人間です。……これは死んで初めて分かったのですが、人は死んだら安らかに成仏しなければいけないんです。あまり現世に留まり影響を与えてはいけない。本当はこうしているのも良くないことなんです。なので、生き返るなんてことは持っての他であって……すみません。せっかくの提案ですが、受けられません』
そう言う美波の表情は若干悲しそうではあったが、そこに迷いはなかった。
「……そう。うん。そうね……美波ちゃんならそう言うと思ったわ。ごめんね、変なこと言って」
『いえ……』
暫し沈黙がその場を支配する。
先程とは全く違う空気が大雅の心を締め付ける。
春豊と同様に大雅も、美波であればそう言うであろう、ということは何となく分かっていた。そんなズルを美波が許すわけはないのだ。
――しかし、それでも……僕は美波と一緒にいたい。その気持ちは他のどんな望みよりも優先させるべきことであり……たとえそれが、美波の意に沿わない方法で、美波の意に沿わない結果であったとしても……叶えなくてはいけないのだ。
大雅は半ば妄信的にそう自分に言い聞かせていた。
春豊は美波に向けていた視線を大雅の方に向ける。
「ん? 何かしら?」
「春豊さんには美波の姿が見えてるんですよね?」
その問いに春豊は、なんだ、そんなこと、とでも言いたげな表情を浮かべ答える。
「ええ、そうよ」
「僕は僕だけにしか見えないものだと思っていたのですが、美波は普通の人にも見えるものなんですか?」
春豊が、うーん、と唸る。
「おそらく霊感の強い人なら程度の差はあると思うけど、そこに何かいるくらいのことは分かると思うわよ。私はその中でも抜けて強い方だから、こうして姿もはっきり見えるし、会話をすることも出来るというわけね」
そう言って、美波に微笑む。
美波も微笑み返す。
その間に見えない糸が張られているかのような感覚に和やかさを感じながらも、大雅は少しむっとしながら春豊に質問する。
「じゃあ、春豊さんはなんで美波がこうして幽霊になってここにいるか、分かりますか?」
最初こそ朱里を探る過程で春豊を当たったが、春豊と美波の関係を知り、あわよくば春豊が美波の心残りを知っているのではないか、春豊自身に何かあるのではないか、と思うようになっていた。
ここでその真相を知ることが出来れば話は早かったのだが、やはりというべきか、ことはそう上手くいかないらしい。
「まさか、そこまではいくら私でも分からないわ」
春豊がわざとらしく手を挙げ、言葉を継ぐ。
「でも、現世に留まっているのにはそれなりの理由がある。まだやらなくてはいけない、と思っている強い思いがあるのは確かね。そうでしょ、美波ちゃん?」
『はい。その通りです』
美波が深く頷きながら同意する。
「じゃあ、そのやらなくてはいけないことをやったら、美波はいなくなるってことですかね?」
「そうね……ここにいる理由がなくなるわけだから、当然そういうことになるわね」
大雅の不確かな推測が確信に変わった瞬間だった。
その後は、主に春豊と美波が話しながらその合間に大雅が入る、というような構図であり、完全に大雅は美波のおまけであった。
「――ほんと、美波ちゃんは変わらないわね。死んでしまったとは思えないほど……」
『はい。私もそう思います』
春豊は美波を見ながら言うが、美波は春豊ではないどこか遠くを見つめながら答える。
そこに孕むのは自分が死んでしまった事実の再確認とそれに対する悔しさであろう。
「…………美波ちゃん、生き返りたい?」
突然の言葉に美波が目を丸くする。
『はい? それは冗談ですか?』
「いえ、私は本気よ」
そう言う春豊の目は言葉同様に真剣だった。
「朱里さんも少しだけでもいいから生き返らせたいと願っているわ」
『それは見ました。小屋で一生懸命に祈っている姿も……』
「あら、そうなのね。でもね、あれ自体に何も意味はなくて、単にお母さんの心が壊れないようにやってもらっていることなのよ」
一度食前酒を口に含み、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「私の占い自体は生きてる人の少し先を見るだけだけど……私の祖先は降霊術に長けていてね、だから、その方法も必要な物も知っている。しっかり時間をかけて準備すれば、それも可能な位の力も私にはあるの」
大雅が一度、口の中に溜まった唾液を飲み込む。
それが出来るのであれば大雅にしても願ったり叶ったりである。
――これが成功すれば、美波とずっと一緒にいられる。
美波が口を閉じたまま顔を伏せる。
考えているというよりは決まっている回答をどう言うべきかを悩んでいるようだった。
「……美波、良いんじゃないかな? そうすればまた一緒にいられるし……」
大雅が小さな声で美波に向かって言うが、その言葉は今の美波に届いていなかった。
『春豊さん、ありがたい提案ですが……すみません。お断りします』
春豊の目が細くなる。
「……どうしてか、訊いてもいいかしら?」
一段と低い声で春豊が訊く。
それに若干気圧されながら、それでも美波は一度唇をきゅっと噛みしめ、重い口を開く。
『私はもう死んでしまった人間です。……これは死んで初めて分かったのですが、人は死んだら安らかに成仏しなければいけないんです。あまり現世に留まり影響を与えてはいけない。本当はこうしているのも良くないことなんです。なので、生き返るなんてことは持っての他であって……すみません。せっかくの提案ですが、受けられません』
そう言う美波の表情は若干悲しそうではあったが、そこに迷いはなかった。
「……そう。うん。そうね……美波ちゃんならそう言うと思ったわ。ごめんね、変なこと言って」
『いえ……』
暫し沈黙がその場を支配する。
先程とは全く違う空気が大雅の心を締め付ける。
春豊と同様に大雅も、美波であればそう言うであろう、ということは何となく分かっていた。そんなズルを美波が許すわけはないのだ。
――しかし、それでも……僕は美波と一緒にいたい。その気持ちは他のどんな望みよりも優先させるべきことであり……たとえそれが、美波の意に沿わない方法で、美波の意に沿わない結果であったとしても……叶えなくてはいけないのだ。
大雅は半ば妄信的にそう自分に言い聞かせていた。
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