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三章
二十九話
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ぽつりぽつりと外灯が点灯し始めた時だった。
『あっ、二人ともどこに行ってたの? 喫茶店にいないから探したよ』
大雅と春豊の頭上に明るい声が降ってくる。
その声にぱっと顔を上げると、いつも以上に清々しい表情をした美波がいた。
大雅と春豊の心配など露とも知らないその表情にほっとする反面、沸々と怒りがこみ上げる。
「……どこに行ってたの?」
大雅は一度大きく息を吐き、抑揚のない声で訊く。
『どこって、水族館の中だよ』
美波が悪びれる様子もなく答える。
「……何をしてたの?」
『うーん。それは秘密。いくら大雅でも答えられないよ』
大雅の様子を読むこともなく美波が笑顔で答える。
「……どうしてこんなに遅いの?」
『えっ、遅いかな。これでも早く済ませた方だと思うけど……』
「どうして! ……どうしてそんな笑ってられるのさ!」
大雅が声を張り上げ美波に訴える。
「凄く心配したんだよ! また僕の前から突然いなくなっちゃうんじゃないか、って、思ったら……そうなったら僕は……苦しくて苦しくて……」
目の奥から止めどなく溢れ出てくる涙と鼻水が口の中で混じる。
周りの人の視線が大雅に集まるが、そんなのは関係なかった。
「……美波ちゃん。何をしていたかは分からないけど、さすがに今回は美波ちゃんの言葉不足だわ。大雅君の気持ちも考えてあげなくちゃ」
春豊が声を荒げた大雅の言葉を継ぐ。
その言葉に美波の中で何かが切れる音がした。
『…………人の気持ちを考えて、その場の空気を読んで……それって、そんなに大事なことですか?』
美波が顔を俯かせながら、淡々と言葉を投げる。
『人の嫌なことをしない。場違いなことを言わない。それは確かに正しいのかもしれません……でも、じゃあ、それを優先させた結果、私の気持ちはどうなるんですか?』
「美波ちゃん、そういう意味で言ったんじゃ」
『私の気持ちを奥底に押し込めて、言いたいことも言わないようにして……』
春豊が言おうとした言葉を遮り、美波が続ける。
『もううんざりなんですよ! 誰かの機嫌を取りながら動くのは! 周りの反応に怯えて何かをするのは!』
美波が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
感情の昂りが存在を濃くしており、今では宙に浮く美波の姿を常人でもはっきりと視認できるほどになっていた。
その証拠に歩く人がこちらをちらちらと見る。中には眉間に皺を寄せてじっと見ては驚きのあまり開いた口が塞がらない人、きゃーと大声を上げる人、露骨に指を差す人。
皆が美波を見て驚き恐怖していた。
「と、とりあえず、ここはまずいから、場所を変えましょう! ほら、大雅君も美波ちゃんもこっち、こっち」
春豊が固まる大雅と美波を人目のつかない建物の物陰に促す。
大雅はすぐに動くことが出来なかったが、春豊の言葉に押され小走りで物陰に行く。
それに従って美波も渋々といった表情で動く。
三人が物陰に移り、水族館前の混乱を解消することは出来たが、三人の空気は重かった。
細く柔い一本の糸がぴんと張っており、その糸だけで成り立っているような空気。
それに触れ衝撃を与えてしまうと容易く切れてしまうような糸で三人は繋がれていた。
「……美波は、ずっとそう思ってたの?」
その糸に最初に触れたのは大雅だった。
「いろんな場所に行ってた時も、美味しい物を食べてる時も、同じベッドの中で見つめ合った時も……初めて体を重ねた時も……ずっと……そう思ってたの?」
その言葉に美波は肯定も否定もしない。
しかし、大雅にとってそれ以上の答えはいらなかった。
「…………そっか。そうだったんだね」
大雅が小さく寂しそうな表情で呟く。
「ごめんね。今まで無理させて」
大雅が顔を俯かせている美波に言う。
そして、訊く。
「それと、美波は自分の後悔が何か本当は知ってるよね?」
その言葉に美波が目を見開く。
一度唾液を飲み込み、目を逸らす。
言葉を聞かなくてもその反応だけで十分だった。
「そっか……やっぱり、そうなんだね」
『…………』
「それを教えてもらうことは……」
『…………ごめん。今は言えない』
美波が顔を俯かせたまま言う。
「……そうだよね。うん。分かった」
そう言って、大雅が静かにその場を去る。
残された美波が下唇を噛む。
人に合わせるのがストレスだったことは確かだし、それで自分の気持ちを出せないことにもどかしさを感じていることも事実だった。
――……ああ、こんなことを言うつもりじゃなかったのに……。本当はそんなことよりも伝えたいことがあるのに……。どうして、あんなことを言ってしまったんだ……。
それでも美波はあの状況で歯止めが利かなかった自分に後悔していた。
『あっ、二人ともどこに行ってたの? 喫茶店にいないから探したよ』
大雅と春豊の頭上に明るい声が降ってくる。
その声にぱっと顔を上げると、いつも以上に清々しい表情をした美波がいた。
大雅と春豊の心配など露とも知らないその表情にほっとする反面、沸々と怒りがこみ上げる。
「……どこに行ってたの?」
大雅は一度大きく息を吐き、抑揚のない声で訊く。
『どこって、水族館の中だよ』
美波が悪びれる様子もなく答える。
「……何をしてたの?」
『うーん。それは秘密。いくら大雅でも答えられないよ』
大雅の様子を読むこともなく美波が笑顔で答える。
「……どうしてこんなに遅いの?」
『えっ、遅いかな。これでも早く済ませた方だと思うけど……』
「どうして! ……どうしてそんな笑ってられるのさ!」
大雅が声を張り上げ美波に訴える。
「凄く心配したんだよ! また僕の前から突然いなくなっちゃうんじゃないか、って、思ったら……そうなったら僕は……苦しくて苦しくて……」
目の奥から止めどなく溢れ出てくる涙と鼻水が口の中で混じる。
周りの人の視線が大雅に集まるが、そんなのは関係なかった。
「……美波ちゃん。何をしていたかは分からないけど、さすがに今回は美波ちゃんの言葉不足だわ。大雅君の気持ちも考えてあげなくちゃ」
春豊が声を荒げた大雅の言葉を継ぐ。
その言葉に美波の中で何かが切れる音がした。
『…………人の気持ちを考えて、その場の空気を読んで……それって、そんなに大事なことですか?』
美波が顔を俯かせながら、淡々と言葉を投げる。
『人の嫌なことをしない。場違いなことを言わない。それは確かに正しいのかもしれません……でも、じゃあ、それを優先させた結果、私の気持ちはどうなるんですか?』
「美波ちゃん、そういう意味で言ったんじゃ」
『私の気持ちを奥底に押し込めて、言いたいことも言わないようにして……』
春豊が言おうとした言葉を遮り、美波が続ける。
『もううんざりなんですよ! 誰かの機嫌を取りながら動くのは! 周りの反応に怯えて何かをするのは!』
美波が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
感情の昂りが存在を濃くしており、今では宙に浮く美波の姿を常人でもはっきりと視認できるほどになっていた。
その証拠に歩く人がこちらをちらちらと見る。中には眉間に皺を寄せてじっと見ては驚きのあまり開いた口が塞がらない人、きゃーと大声を上げる人、露骨に指を差す人。
皆が美波を見て驚き恐怖していた。
「と、とりあえず、ここはまずいから、場所を変えましょう! ほら、大雅君も美波ちゃんもこっち、こっち」
春豊が固まる大雅と美波を人目のつかない建物の物陰に促す。
大雅はすぐに動くことが出来なかったが、春豊の言葉に押され小走りで物陰に行く。
それに従って美波も渋々といった表情で動く。
三人が物陰に移り、水族館前の混乱を解消することは出来たが、三人の空気は重かった。
細く柔い一本の糸がぴんと張っており、その糸だけで成り立っているような空気。
それに触れ衝撃を与えてしまうと容易く切れてしまうような糸で三人は繋がれていた。
「……美波は、ずっとそう思ってたの?」
その糸に最初に触れたのは大雅だった。
「いろんな場所に行ってた時も、美味しい物を食べてる時も、同じベッドの中で見つめ合った時も……初めて体を重ねた時も……ずっと……そう思ってたの?」
その言葉に美波は肯定も否定もしない。
しかし、大雅にとってそれ以上の答えはいらなかった。
「…………そっか。そうだったんだね」
大雅が小さく寂しそうな表情で呟く。
「ごめんね。今まで無理させて」
大雅が顔を俯かせている美波に言う。
そして、訊く。
「それと、美波は自分の後悔が何か本当は知ってるよね?」
その言葉に美波が目を見開く。
一度唾液を飲み込み、目を逸らす。
言葉を聞かなくてもその反応だけで十分だった。
「そっか……やっぱり、そうなんだね」
『…………』
「それを教えてもらうことは……」
『…………ごめん。今は言えない』
美波が顔を俯かせたまま言う。
「……そうだよね。うん。分かった」
そう言って、大雅が静かにその場を去る。
残された美波が下唇を噛む。
人に合わせるのがストレスだったことは確かだし、それで自分の気持ちを出せないことにもどかしさを感じていることも事実だった。
――……ああ、こんなことを言うつもりじゃなかったのに……。本当はそんなことよりも伝えたいことがあるのに……。どうして、あんなことを言ってしまったんだ……。
それでも美波はあの状況で歯止めが利かなかった自分に後悔していた。
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