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第1章 アリダン大火災
2.彼女の声
しおりを挟む「ほら、やるよ」
素っ気なくそう言って、手にしたパン端をイヴに渡す。最初はゆっくりと。そして動きは止まる。
「要らない。それ、盗んだんでしょ?」
「当たり前だろ?ほら、食べねぇと死ぬぞ」
「死んでもいい。それは食べられない」
いつもそうだった。物心ついた時から、孤児として生きてきた俺たちは、食べ物にも飲み物にも困り、毎日、荒れた生活を送ってきた。信用できる人間も、信用する人間も、もういない。ぽっかりと浮かぶ、綺麗な空が、自分の心を覗くようで、イライラする。
「ミアナたちは?」
「買い物だって、ヤドクとブームの奴らも一緒」
「助けてあげないの?」
「助ける?大丈夫だろ」
「遅かったとしたら。どうする?」
「イヴの方が大切だ」
「見捨てるの?」
我に帰った。
気づけば、俺は表階段の中央に座り込んでいた。こうしている暇はない。イヴが…
火花が、視界に飛び込み、じりじりと体内を焼いていく。息苦しさがピークに達し、息切れと咳で目眩がする。原型をほぼ留めてない白い扉の前。俺は、再び、過去の情景を思い出す。
「イヴ…!!」
分からなかった。なんでこんなことになったのか。なんで、こんな目にあわなくてはいけなかったのか。何もかも、分からない。
扉を開けると、目に飛び込んだのは、むき出しになった家柱。燃え広がった炎が、部屋を充満し、端から端まで溶かそうとしているところだった。酸素が薄く、炎の轟音で、声も届かない。交差する木の柱たちを手でかきわける。剥がれた木くずが指に刺さり、憎たらしく血が滴る。
「イヴ!どこにいる!イヴ!」
声がした。懐かしい声が。
全身を這い回るような、電気が走る。全てがどうでも良くなって、炎の中に飛び込んだ。火柱が頬に絡みつき、火傷の跡を残そうとする。そんなことはどうでもよく、奥へ奥へと進んでいく。
太い材木を掻き分け、いりくんだ隙間に、見覚えのある少女がうずくまっていた。
黒のロングヘアが、炎の巻き起こす暴風によってなびき、彼女の細い肩が震えていた。擦り傷だらけの背中は、お気に入りの白いワンピースが破け、むき出しになっていた。
「イヴ!!」
アダムの声に、少女はゆっくりと振り返った。炎の赤色に染まったのか。或いは、この世界に怯えたのか。彼女の真っ赤なルビーレッドの瞳がアダムの姿をとらえた。何かを叫んでいる。聞こえない。
彼女の、悲しげな表情と。炎の憎い表情が絡み合う。
『アダム…愛してる』
彼女の声は、粉砕した木材の軋む音と、苦しい静寂に潰されて消えた。
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