セカンドアース

三角 帝

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第1章 アリダン大火災

6.守るもの

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  空のタンクが不快な音を立てて、道端に転がった。スーツ姿の男が地面を這い、革製の鞄に手を伸ばす。ゴミ収集の滞った、ゴミで溢れかえる箱の上から、黒い影が男を襲う。

「や、やめてくれ!うちには家族がいるんだ!娘と妻がいるんだ!だから、お願いだ!」

  黒髪の少年は、怯える表情の男に、足を食い込ませる。男の肩にめり込む自身の足を、感情無くぼっと見つめ、男の顔を一瞥する。仕事の疲れで溜まったのか、はたまた、こんなことに自分が遭遇してしまったことへの拒絶か、男の顔は酷く歪んでいた。

「悪いけど、俺もこいつが必要なんだよな」

  そう言って、指先でつまみあげた革製の古びた財布を、男の目の前で振る。右へ左へとゆらゆら揺れる財布を、男はじっと見つめる。希望を捨てない、その精神。嫌いじゃないな。
  これが占めだとばかりに、男の体を後方に蹴り上げ、アダムは重心を右に傾け、起き上がった。長めの前髪が目にかかり、視野を狭べる。髪をかきあげ、四角を曲がる。黒のすすけたジャケットを見下ろし、何故かため息が溢れた。雨だ。

「お願いだ!妻と娘が待ってるんだ!」

  後ろでは、通常気を失っているはずの男が、諦めもせずに、アダムの背中に叫びかけていた。
  馬鹿みたいに金に飢え、馬鹿みたいに何かを守ろうとする。それは俺も同じだ。でも…

「荷物になるし、やっぱ要らねぇ」

  男に財布を投げつけ、逃げるようにその場を去る。

「ありがとう、ありがとう」

  感謝なんか、テメェの家族にしろっての。お前は、まだ。誰かを守れるんだから。

  暗闇の続く路地の奥。古びた廃工場が見えた。
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