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第1章 アリダン大火災
7.恋憂鬱
しおりを挟む錆び付いた廃工場。随分と夜もふけ、あたりはいっそうに冷たさを増す。ふと記憶の底に、彼女の姿が浮かび上がる。炎に包まれた視界。指先を通り抜け、まるで自分を嘲笑うよう…
「イヴ……」
強く握りしめた拳を、廃工場の釘板に打ち付ける。錆が剥がれ落ち、静かに舞う。雨が激しさを増した。
「どうしたらいいんだよ……イヴ…」
雨なのか。それとも、目尻にこみ上げるこの感情なのか。彼には分からなかった。ただ廃工場の古びた扉が、ゆっくりと開かれることに気づく。
「アダム……帰ってたの?」
「……ミアナ、お前こそ、こんな時間に」
「夕飯。冷めちゃうと嫌だから」
「要らない」
アダムは、ミアナの肩を押しのけ、中へ入った。ソファに肩を並べて眠っている少年が、ヤドクとブームの双子だと確認し、ソファの端にジャケットを放り投げる。
「本当に要らないの?体壊しちゃうよ?」
キッチンで、洗い物をこなすミアナをよそに、アダムは胸ポケットから一枚の写真を取り出す。ミアナは、そんなアダムの後ろ姿に、どことなく込み上げてくる醜い感情を押し殺す。
写真の縁を、丁寧に撫でながら、アダムの胸には後悔が残る。あの頃に戻りたい。救いたい。会いたい。触れたい。欲求ばかりが心を満たし、本当に大切なものが消えてしまったようにも思えた。
「イヴのこと…まだ、忘れられないの?」
「……お前は、忘れたってのか?」
「そんなはずないよ、だってアタシたち…仲間だったじゃない」
「……………もう寝る」
そう言って、立ち上がったアダムに、ミアナは必死にしがみついてた。無意識であった。心臓が高鳴り、アダムの黒く澄んだ瞳が、信じられないほど近くで、何度も何度も瞬きを繰り返していた。
「……なんだよ」
「……………アタシはこれで良かったと思ってる…みたいなの」
「…は?」
「ア、アタシは!イヴが居なくなって良かったと思ってるの!」
声は震え、心臓は止まったかのようで、体は言うことを聞かなかった。この四年間ずっと固く閉ざされていた口が、まるで、力なく解き放たれて、全てを壊していくような。そんなふうに彼女は思えた。
「…なんで、そんなこと……イヴは…」
「アタシ………アダムが好きなの」
その後のことは、彼女の記憶にない。
ただ、彼の後ろ姿が、いつものように見えるだけだった。
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