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ブーム君とヤドク君の秘密
1.双子の逃亡
しおりを挟む薄汚れたボロい二階建てのアパート。造りはシンプルで、白の塗料は剥がれ、黒い屋根には鳥の糞が点々とこびりついている。辺りは人っ子ひとりおらずしんと静まり返っていた。
そんなアパートの一階にひときわ暗い扉がある。サイズの余った緑のパーカーから小さく覗いた指先ですすけたズボンのポケットを探る。
冷たい無機質な鍵が人差し指に引っかかり、そのまま引き上げ慣れた手つきで扉をこじ開けた。
昼間の空気を一切感じさせない室内は、狭くて暗くて、タバコ臭い。テーブルの上には缶ビールの飲みかけが転がり、そんな我が家で最も騒がしいのは、カーテンから差し込むわずかな光に照らされ、未だガヤガヤと鳴るテレビだけ。
悔しいが、それ以外はいたって静かだ。
そんなテレビの隅っこで、丸くなった背中が見えた。色違いの青のパーカーは、二人の友情や家族の証…
「ま~た泣いてんのかヤドク?」
「…う、うぅ……だって…母さんが……」
「母さん?」
慌てて風呂場の扉を開ける。
すっからかんとしたシャワールームは静かで人気はない。備え付けられた小さな鏡の前に高そうな化粧品たちがバラバラと散乱しているだけだ。
「……母さん…帰ってたんだ……」
テーブルの上の缶ビールに再び目を移す。飲み口に赤い口紅がべっとりと付いているのが一つと、何もついていないのがもう二つ……
「…………あいつも来てたの?」
「…うん……来てた」
そう言ってひときわ大きくしゃくりあげたヤドクにどうしようもなくなり、軽い助走をつけ飛びかかる。
ヤドクの柔らかい髪をわしゃわしゃと撫でてやると、ぎゅっと強く、優しく抱きしめてやった。
「……今度は何された?」
「…う、ヒッうぅ……グスン…うう」
「おいヤドク、言わないと分かんないだろ?」
「……た、た、タバコ…グスン、ヒック…うぅ…熱い……」
「タバコ?タバコがどうした?」
ヤドクはブームを体から離すと青パーカーのチャックをゆっくりと下げ、その背中を見せた。黒い燃えかすと赤い傷が数カ所浮き出て、ミミズ割れのようにして腫れ上がっていた。
「…あいつッ……」
「…で、でも…大丈夫だよ……ヒック、もうだいぶ……う…よくなった…グスッ…から」
「そんなに泣きべそかきやがって何が大丈夫だよ、あいつ…オレがいないとすぐヤドクに…」
「ボ、ボクが弱いから……ヒック…」
「……あの男…最近頻繁に来るようになったな…」
「…………結婚…する……のか…ヒッ…な?」
「あんな奴が親父になるなんてオレは絶対認めない!っつーわけでヤドク!逃げるぞ!こんな所とっとと逃げようぜ!」
「で、でも…」
「だーいじょうぶ!オレに任せろ!」
そうと決まれば話は早い。
随分前から使わなくなった大きめなリュックをカビの生えた戸棚から取り出し、中にどんどん衣類を詰めていく。
冷蔵庫の中にある物を全て詰め込むとそれをヤドクにもかるわせる。
「え、ほ、本当に行くの?」
「あぁ!早くしねぇと夜になるだろ?そしたらあいつら戻ってくるかもしれないしさ!出発は早いが勝ち!」
「…ボク、不安だなぁ」
「ビビるなよヤドク!お前にはオレがいる!」
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