179 / 185
アダム君の秘密
1.黒の意味
しおりを挟むそれはいつもと変わらぬ暗い夜、今日という1日を何の変哲もなく過ごし終え、誰と何を話すこともなく、自分が何を考えているのかも分からず、屋根裏にあるボロい一室に身をひそめた。
下の階から男の大声と女の叫び声が絶え間なく響いてきて、何度か何かが割れる音が聞こえてくる。その音が何なのか、詳細には分からない。とりあえず認識できるのは、両親がいつものごとく罵声を浴びせあっているということのみだった。
ふと全身鏡が目に入る。幼い頃から何故かこの部屋にある鏡だ。高そうな縁取りにはホコリがたまり、蜘蛛の巣がはっていた。
白く点々とこびりつく汚れの向こうに、黒髪の少年が一人こちらを見ていた。それが自分であることは承知の上だったが、現実から逃避したいと常日毎から願っているアダムにとって、それは耐え難い光景でもあった。
まるで八つ当たりでもするようにアダムは鏡にクッションを投げつける。威力が足りず鏡はピクリとも動こうとしなかったが、それでも心は少しだけ落ち着いた。
両親の喧嘩の原因は自分であった。
政略結婚ということもあり、恋人と無理に引き離された母親は、望まれなく産まれたアダムを愛そうとはしなかった。
それが元となり、日常的にアダムに暴力を振るうようになったわけだが、それまではまだマシな方で、その状況を目撃した近所住民からの証言で父親は大激怒、それから、毎晩のように両親は顔をあわせるなり叫び合うのだ。
面倒だ。
正直、殴られようと蹴られようと自分には何一つ関係ない。母親がどうであろうと、父親がどうであろうと、近所住民からの評判が悪かろうと、いつも受け身な自分にとって、世界が勝手に回って進行していってるだけで、無関係なのだ。
そんなアダムにとっては、こうして一人、誰も目の届かない屋根裏で、無口な鏡と二人、何を喋るでもなく過ごす時間が、唯一心の許せる時間でもあった。
でも、そうも言ってられない。
「はぁ…」
アダムの通う、名門校…見渡しの良い坂の上に堂々と構えたその立派な建造物で、共に勉学やら何やらを学ぶ人間達が、今朝方アダムに声をかけた。
何を言われたか忘れてしまったが、アダムにとってその言葉は縁のないものだったような…迷惑で仕方なく、腹が立ち、涙ながらに微笑んだ少女を目の前に、馬鹿だと罵った。
『私…アダム君のこと…』
きっと、どうでも良いことだろう…気にすることはない。
体を起こし、鏡の前に移動する。黒髪がよく映える白い肌は、顔色が悪く、死んだような色だ。大きな二つの瞳は、光を一筋も通さないような深い漆黒で塗りつぶされていて、その色だけは何だか気に入っていた。
黒は…闇は全てを飲み込む…
あの子はきっと…俺が欲しかったんだ…
「欲望…だ」
その日の罵声は夜遅くまで家中を震わせ、アダムは、そのサウンドを心地良いとさえ思えていた。
それから間もなく…サウンドは消えた
0
あなたにおすすめの小説
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる