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アダム君の秘密
1.黒の意味
しおりを挟むそれはいつもと変わらぬ暗い夜、今日という1日を何の変哲もなく過ごし終え、誰と何を話すこともなく、自分が何を考えているのかも分からず、屋根裏にあるボロい一室に身をひそめた。
下の階から男の大声と女の叫び声が絶え間なく響いてきて、何度か何かが割れる音が聞こえてくる。その音が何なのか、詳細には分からない。とりあえず認識できるのは、両親がいつものごとく罵声を浴びせあっているということのみだった。
ふと全身鏡が目に入る。幼い頃から何故かこの部屋にある鏡だ。高そうな縁取りにはホコリがたまり、蜘蛛の巣がはっていた。
白く点々とこびりつく汚れの向こうに、黒髪の少年が一人こちらを見ていた。それが自分であることは承知の上だったが、現実から逃避したいと常日毎から願っているアダムにとって、それは耐え難い光景でもあった。
まるで八つ当たりでもするようにアダムは鏡にクッションを投げつける。威力が足りず鏡はピクリとも動こうとしなかったが、それでも心は少しだけ落ち着いた。
両親の喧嘩の原因は自分であった。
政略結婚ということもあり、恋人と無理に引き離された母親は、望まれなく産まれたアダムを愛そうとはしなかった。
それが元となり、日常的にアダムに暴力を振るうようになったわけだが、それまではまだマシな方で、その状況を目撃した近所住民からの証言で父親は大激怒、それから、毎晩のように両親は顔をあわせるなり叫び合うのだ。
面倒だ。
正直、殴られようと蹴られようと自分には何一つ関係ない。母親がどうであろうと、父親がどうであろうと、近所住民からの評判が悪かろうと、いつも受け身な自分にとって、世界が勝手に回って進行していってるだけで、無関係なのだ。
そんなアダムにとっては、こうして一人、誰も目の届かない屋根裏で、無口な鏡と二人、何を喋るでもなく過ごす時間が、唯一心の許せる時間でもあった。
でも、そうも言ってられない。
「はぁ…」
アダムの通う、名門校…見渡しの良い坂の上に堂々と構えたその立派な建造物で、共に勉学やら何やらを学ぶ人間達が、今朝方アダムに声をかけた。
何を言われたか忘れてしまったが、アダムにとってその言葉は縁のないものだったような…迷惑で仕方なく、腹が立ち、涙ながらに微笑んだ少女を目の前に、馬鹿だと罵った。
『私…アダム君のこと…』
きっと、どうでも良いことだろう…気にすることはない。
体を起こし、鏡の前に移動する。黒髪がよく映える白い肌は、顔色が悪く、死んだような色だ。大きな二つの瞳は、光を一筋も通さないような深い漆黒で塗りつぶされていて、その色だけは何だか気に入っていた。
黒は…闇は全てを飲み込む…
あの子はきっと…俺が欲しかったんだ…
「欲望…だ」
その日の罵声は夜遅くまで家中を震わせ、アダムは、そのサウンドを心地良いとさえ思えていた。
それから間もなく…サウンドは消えた
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