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飲み会も終わり
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外はすっかり暗くなり街灯がないと先も見えない程だ。
帰り道、三人の吐く息ですっかり酒臭くなった代行の車の中、瑞穂がろれつの回らない声で言った。
「それにしても、先輩本当に仕事辞めちゃったんれすね。それで、これからどうするんれすか?」
俺は答えに窮していた。何も考えてはいなかったのだ。それを瑞穂に指摘された様な気がして、なぜか後ろめたさに襲われた。
「どうって……。まだ何も決まってない」
「瑞穂ちゃん、飲みすぎだよ。ほら、水飲んで。須磨には須磨の事情があるんだよ」
明石が瑞穂に水を渡した、それをごくごくと飲み、ぷはーっと荒い息を吐く。
「先輩はアレれすよ。いつもの行きあたりばったりなんれすよ」
「……。」
俺は答えず、流れる景色に目を映していた。
行き当たりばったり──。はたしてそうだろうか。俺は自分の意思でこの街に帰ってきたのではないか。それに、瑞穂や明石にだけは言われたくない。
水軍料理を平らげたあと──。結局舟盛りまで頼んだ俺たちはビールから日本酒に変わって飲み始めた頃だった。
「だからー。自分はなるんすよ。ひっく、有名なマジシャンにそれで世界をあっと驚かせるんす。いいっすか? 世界もびっくりするほどのマジシャンっす。」
瑞穂は宴の席でこんなことを言っていたのだ。この街で、一人で有名なマジシャンに? それがどれだけ難しい事かは俺は知っている。都会に出て師を持ち、そこからがスタートラインじゃないのか? この街で有名になるのは難しいのではないだろうか。
「明石っち! 明石っちの夢はなんれすか!?」
既にろれつの回っていなかった瑞穂は、矛先を明石に向け質問をしていた。この質問をするのは既に3度目だ。サザエのツボ焼きをマイクに見立て明石の方に向ける、
「僕の夢は小説家になることだよ。新人賞を取るのが夢なんだ」
律儀に一言一句変えずに応える明石。次の矛先はもちろん俺になる。
「先輩! 須磨先輩の夢はなんなんれすか!?」
この質問も3度目だ。俺はやれやれとため息をつき、煙草をくわえながら空っぽのサザエのつぼ焼きにむかって応える。
「夢? 夢なんて追う年じゃねーだろ。適当だよ適当。適当にサラリーマンして、家庭持ってそれで終わりだよ」
俺は3度目の質問にぶっきらぼうに返した。
「つまんないっす! 先輩の答えはつまらねーっす。自分の夢は──」
こんなやりとりをそのあともう2,3回繰り返していた。
「……。」
宴席の事を思い出している間に、どうやら代行の車は明石の家に付いたようだった。
「須磨また連絡するよ。今度は二人で飲もうか」
明石はそういうと車を降り、行きと同じようにすっと片手をあげた。
「先輩はつまらねーっす。つまんない男になったっす──。」
くぅくぅと寝息を立てながら瑞穂は寝言を言った。
つまらない男──。はたしてそうだろうか? 夢なんて持てなくなるのが、大人の、社会人って奴なんじゃないのか。仕事をして家庭を作り一生を終える。それが正しい人間の有り方なんじゃないか。少なくとも俺はそう思う。今は無職だが、また働きだしたら今度こそ、社会に戻って平凡な日々を過ごそう。これで間違ってはいないはずなんだ。
「おい、そろそろお前んちじゃねーのか」
瑞穂をゆすって起こす。あくびを一つ、目を覚ました瑞穂はふらふらしていた。
「はいっす……。ふわーっ、もうついたっすか」
瑞穂は目を擦りながら頭を左に右にカクカクと傾けながら、小さく伸びをする。
「じゃあ、先輩またっす。また飲みましょうっす。あ。これ今の連絡先っすから」
瑞穂はふらつきながら俺にメモを渡し、車を降りると、走り出す車に対してぶんぶんと手を振っていた。
車の中で俺は考え事をしていた。これからの事を考えていた。
「お客さんつきましたよ」
運転手の声に俺は目を開けた。どうやら少しの間眠ってしまっていたらしい。
代金を支払い(結局代行の代金は俺がはらう事になった)外に出た。
冷房の利いた車から出て、重くべとついた熱気に包まれる。
部屋に戻ると水を蛇口から直接飲み、布団も敷かずに寝ころんだ。
「ほんと俺は何がしたいんだろうな」
一人呟く。大人の社会人がやりたいのではなかったのか。だがその安定した仕事に付いたはずなのにやめてしまったじゃないか。限界だったんだから仕方がない。本当にそうだったのか? では何に嫌気が差したのか。社会に戻りたいのか。改めて自問してみると判然としない。そもそもあの仕事も、やりたい仕事だったかというとそれすらも判らない。
結局何も判らないのだ。どこに進むべきか。何も答えは出ていない。
ふと、携帯電話を取り出す。解約して使えなくなった電話。充電機を差して電源をつける、最後の発信は6月で止まっていた。最後の発信は6月の終わり、柏木奈津美(かしわぎ なつみ)。彼女への発信で止まっていた。彼女──。いや、もう元彼女か。
番号をメモして、家の電話へと手を伸ばす。掛けてみようか。今の時間ならまだ起きているはずだ。柏木は今、何をしているのだろうか。
いや、やめよう──。今更何を話せば良いんだ。それにもう、他の男と付き合っているかもしれない。
俺はメモを破き、電話をほおって再び横になった。
そして、目を閉じる。俺は何にかになりたいのか。答えが出ない。目を開き携帯のアドレスを見なおす。そんな事を2,3回繰り返し、俺は深い眠りに落ちていった。
帰り道、三人の吐く息ですっかり酒臭くなった代行の車の中、瑞穂がろれつの回らない声で言った。
「それにしても、先輩本当に仕事辞めちゃったんれすね。それで、これからどうするんれすか?」
俺は答えに窮していた。何も考えてはいなかったのだ。それを瑞穂に指摘された様な気がして、なぜか後ろめたさに襲われた。
「どうって……。まだ何も決まってない」
「瑞穂ちゃん、飲みすぎだよ。ほら、水飲んで。須磨には須磨の事情があるんだよ」
明石が瑞穂に水を渡した、それをごくごくと飲み、ぷはーっと荒い息を吐く。
「先輩はアレれすよ。いつもの行きあたりばったりなんれすよ」
「……。」
俺は答えず、流れる景色に目を映していた。
行き当たりばったり──。はたしてそうだろうか。俺は自分の意思でこの街に帰ってきたのではないか。それに、瑞穂や明石にだけは言われたくない。
水軍料理を平らげたあと──。結局舟盛りまで頼んだ俺たちはビールから日本酒に変わって飲み始めた頃だった。
「だからー。自分はなるんすよ。ひっく、有名なマジシャンにそれで世界をあっと驚かせるんす。いいっすか? 世界もびっくりするほどのマジシャンっす。」
瑞穂は宴の席でこんなことを言っていたのだ。この街で、一人で有名なマジシャンに? それがどれだけ難しい事かは俺は知っている。都会に出て師を持ち、そこからがスタートラインじゃないのか? この街で有名になるのは難しいのではないだろうか。
「明石っち! 明石っちの夢はなんれすか!?」
既にろれつの回っていなかった瑞穂は、矛先を明石に向け質問をしていた。この質問をするのは既に3度目だ。サザエのツボ焼きをマイクに見立て明石の方に向ける、
「僕の夢は小説家になることだよ。新人賞を取るのが夢なんだ」
律儀に一言一句変えずに応える明石。次の矛先はもちろん俺になる。
「先輩! 須磨先輩の夢はなんなんれすか!?」
この質問も3度目だ。俺はやれやれとため息をつき、煙草をくわえながら空っぽのサザエのつぼ焼きにむかって応える。
「夢? 夢なんて追う年じゃねーだろ。適当だよ適当。適当にサラリーマンして、家庭持ってそれで終わりだよ」
俺は3度目の質問にぶっきらぼうに返した。
「つまんないっす! 先輩の答えはつまらねーっす。自分の夢は──」
こんなやりとりをそのあともう2,3回繰り返していた。
「……。」
宴席の事を思い出している間に、どうやら代行の車は明石の家に付いたようだった。
「須磨また連絡するよ。今度は二人で飲もうか」
明石はそういうと車を降り、行きと同じようにすっと片手をあげた。
「先輩はつまらねーっす。つまんない男になったっす──。」
くぅくぅと寝息を立てながら瑞穂は寝言を言った。
つまらない男──。はたしてそうだろうか? 夢なんて持てなくなるのが、大人の、社会人って奴なんじゃないのか。仕事をして家庭を作り一生を終える。それが正しい人間の有り方なんじゃないか。少なくとも俺はそう思う。今は無職だが、また働きだしたら今度こそ、社会に戻って平凡な日々を過ごそう。これで間違ってはいないはずなんだ。
「おい、そろそろお前んちじゃねーのか」
瑞穂をゆすって起こす。あくびを一つ、目を覚ました瑞穂はふらふらしていた。
「はいっす……。ふわーっ、もうついたっすか」
瑞穂は目を擦りながら頭を左に右にカクカクと傾けながら、小さく伸びをする。
「じゃあ、先輩またっす。また飲みましょうっす。あ。これ今の連絡先っすから」
瑞穂はふらつきながら俺にメモを渡し、車を降りると、走り出す車に対してぶんぶんと手を振っていた。
車の中で俺は考え事をしていた。これからの事を考えていた。
「お客さんつきましたよ」
運転手の声に俺は目を開けた。どうやら少しの間眠ってしまっていたらしい。
代金を支払い(結局代行の代金は俺がはらう事になった)外に出た。
冷房の利いた車から出て、重くべとついた熱気に包まれる。
部屋に戻ると水を蛇口から直接飲み、布団も敷かずに寝ころんだ。
「ほんと俺は何がしたいんだろうな」
一人呟く。大人の社会人がやりたいのではなかったのか。だがその安定した仕事に付いたはずなのにやめてしまったじゃないか。限界だったんだから仕方がない。本当にそうだったのか? では何に嫌気が差したのか。社会に戻りたいのか。改めて自問してみると判然としない。そもそもあの仕事も、やりたい仕事だったかというとそれすらも判らない。
結局何も判らないのだ。どこに進むべきか。何も答えは出ていない。
ふと、携帯電話を取り出す。解約して使えなくなった電話。充電機を差して電源をつける、最後の発信は6月で止まっていた。最後の発信は6月の終わり、柏木奈津美(かしわぎ なつみ)。彼女への発信で止まっていた。彼女──。いや、もう元彼女か。
番号をメモして、家の電話へと手を伸ばす。掛けてみようか。今の時間ならまだ起きているはずだ。柏木は今、何をしているのだろうか。
いや、やめよう──。今更何を話せば良いんだ。それにもう、他の男と付き合っているかもしれない。
俺はメモを破き、電話をほおって再び横になった。
そして、目を閉じる。俺は何にかになりたいのか。答えが出ない。目を開き携帯のアドレスを見なおす。そんな事を2,3回繰り返し、俺は深い眠りに落ちていった。
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