しまなみ海道で恋をして

うにたろ

文字の大きさ
14 / 20

浮舟堂にて

しおりを挟む
 浮舟堂に来ていた。ここ数日長雨が続いたのもあって、こないだ買った本を全て読み切ってしまったのである。
「やあ。須磨。そろそろ来るころだと思ってたよ」
「お前は、預言者も始めたのか」
 俺はぶっきらぼうにそう言うと、本棚に目を向ける。今度はどんな本を読もうか。天体観測用の雑誌なんかあれば良いのだが。
「お茶飲むかい」
「いいねえ。うんと冷えた奴で頼むよ」
 俺は明石を見ずにそういうと何冊か本を引き出していた。推理小説である。昔からこの手の本は好きで、あてもなく読み漁ったものだ。
「須磨。その辺の本は全部読んだんじゃないかな」
「まあな。だが読んでないのも何冊か有るみたいだ」
 俺はそれらの本を抜き取ると、レジの方に向った。明石は丁度、お盆の上に、お茶を乗せてきた所だった。
「これくれ」
「須磨は僕の扱いが雑だね。瑞穂ちゃんに対してもそんな感じだし、東京でもそんな感じだったのかな」
「余計なお世話だ。ほら会計をとっとと済ませてくれ」
「はいはい」
 明石は俺の本を手に取り袋に詰めた。
「上がらせてもらうぞ」
 俺はそういうと、返事も待たずに奥の書斎の方に足を入れていた。
 机の上には、氷の入ったお茶が2つ置いてあった。きんきんに冷えている。
 俺はそれを1つ手に取りごくごくと飲み干した。
「ぷはーっ! 生き返るわ」
「須磨。こないだも生き返ってなかったっけ」
「そうだったか。忘れた」
 俺は適当に相槌を打つと、書斎の畳にごろんと寝転がった。
「須磨。毎回お茶を入れてあげる僕も悪いけど、この書斎はリクライニングスペースじゃあないんだけどな」
「いいじゃないか。減るもんじゃないし」
「畳が擦り減ってるかも知れないじゃないか。そうやって横になる度に、畳が擦り減っていくんだ。最終的には底が見えてしまうかもしれない」
「ずいぶん文学的な表現だな」
「僕はこれでも文学者だよ」
 そういうと、俺の背中にぽんと、紙袋を乗せた。さっき買った小説だった。買ったは良いが持ってくのを忘れていたのだ。
「はい。忘れ物」
「なあ、明石。この古本屋儲かってるのか」
「急にどうしたんだい須磨。失礼な事を聴くじゃないか」
 明石は眼鏡をくいっと上げて、抗議のまなざしを向けてきた。。
「いや気になったんだよ。生活できるほど稼げてるのかなって」
「そう言う事をストレートに聴くのはどうかと思うよ」
 そういうと明石は俺にうちわを寄こした。俺はぱたぱたと仰ぎながら、首をコキコキと鳴らし、さらに明石に訪ねた。
「で? どうなんだ。実際」
 明石はふうっとため息をつくと、俺の横に腰を下ろした。
「んー。生活するには困らない程度には稼いでいるよ」
「そうか。生活厳しいのかなと思っていたよ」
「おあいにくさま、これでも上手く切り盛りしてるんだ。学校とか図書館に本を卸したりもしているんだぜ」
「へぇ。意外だな古本屋の経営には興味は無いと思っていたよ」
 俺はそういうと、半開きの窓を全開まであけた。外から、ゆるやかにだが風が入ってくる。
「おいおい。いきなり窓をあけないでくれよ。原稿が飛んでしまう」
 明石が再び抗議してきた。彼は机の上に乗っている原稿をまとめて、机の引き出しの中に入れた。
「進んでるのか? 小説」
 俺はさらに無遠慮に話を振った。もっとも俺と明石の仲だ。これくらいのことは日常会話の範疇である。
「こないだも言いったろ? まだ六割くらいしか進んでいないよ」
「つまりあれから全然進んでないってことか」
「いうなよ。須磨。僕だって焦ってはいるんだ」
 その言葉をさえぎるように、俺は胸ポケットから煙草を取り出した。それをみて明石は、灰皿を用意してくれた。
 俺は煙草に火をつけ吸いこみ、すぱーっと煙を吐いた。煙は外にむかってゆっくりと流れていく。
「お前、この店畳んで東京に出てくる気はないか?」
 俺は煙草をくゆらせながら、明石の方を向いた。明石は一瞬驚いたような顔をして俺を見つめていた。目と目が一瞬合い、そして離れた。
「東京? なんでまたそんなことを言うんだい」
 明石は疑問を口にした。もっともだ。なんでこんなことを言ったのか俺自身もあまり判ってはいなかった。ただ、明石があまりにも、のんびりとした感じだったので、世の中はそんなに甘くないんだぞってことを言いたかったのかもしれない。
「東京はいいぞ。何でも揃ってる。小説を書くのには良い環境だ」
 俺はありふれた言葉を返していた。本心では自分の言葉に戸惑っていたのだが。
 明石はうーんと考え込むと、懐からキセルを取り出した。俺はそれに火をつけた。細い煙を明石は吐き、窓の外を眺めながら呟いた。
「なるほど。魅力的な提案だね。だけど、僕にはその気はないよ。なぜなら、この町が僕は好きなんだ」
「それはやりたいことよりも勝る事なのか」
「アイデンティティーと言ったらいいのかな。つまるところ、僕の小説の原点はこの町で、この町を離れたら僕の小説はもう、僕の小説ではなくなってしまう。そんな風に感じるんだ」
 トンと、明石は灰皿に灰を落とした。俺の煙草も灰が零れそうだったので、慌ててそれにならう。
「そんなにこの町がいいかねえ。俺には物足りなく感じるけどな」
「それは、須磨がこの町以外を知っているからだよ」
 ならばなおさらこの町を出てみれば良い──。そう言おうとして言葉をつまらせた。明石の顔が何処となく寂しそうだったからだ。
「雲が出てきた。ひと雨ふりそうだ」
「なら、帰るかな。お茶ごちそうさん」
「雨宿りしていけばいいのに」
「いや。早めに帰るよ。まだ間に合いそうだし」
 俺は立ち上がって、先ほどのように首をコキコキと鳴らし、軽く伸びをした。
「小説頑張れよ」
 俺はそういうと、明石の肩をぽんと叩く。
「須磨」
 明石が帰ろうとした俺に声をかけてきた。
「君は東京に帰りたいのかい?」
 明石の真剣な声に俺は思わず、ぷっと吹き出してしまった。
「別にそんなんじゃねーよ。ただ、お前にはチャンスがあるのになと思っただけさ」
 明石がどんな顔をしているのか俺は振り向かなかった。代わりにひらひらと手を振って、浮舟堂を後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...