魂伝子 ~ 情けはモンスターの為にあらず~

MJ

文字の大きさ
2 / 15

しおりを挟む
気がつくと、涼介は雲の上のような所でさまよっていた。空は青く澄んでいて、足元にはうっすらと白い霧のようなものが広がっている。周りにはちらほらと人がいて、明るい方向に吸い寄せられるようにゆっくりと移動していた。涼介もみんなと同じ方向に歩きはじめた。

これが三途の川か。

遠くの方まで目をやるとたくさんの人がいる。年寄りが圧倒的に多い。たまに若い人もいた。

子供が歩いているのを見ると涼介は涙が溢れてきた。娘のリカの事が思い出されたのだ。

潮目の変わり目というか、雲目の変わり目というか、明らかに色の違う雲の近くまできた。ここから先は眩しい金色である。涼介はついにあの世に行くのかと覚悟を決めた。

しかし、金色の雲を踏みしめる直前で白い羽衣をまとったおじさんに呼び止められた。

「待ちなさい」

見た目は天使であるが金髪のおじさんである。金髪と言っても若干薄くなっている。すね毛は濃くて体はゴツゴツしている。何故こんな格好をしているのだろう。涼介は奇妙な姿のおじさんをジロジロと観察した。

「おいおい、人を見た目で判断しなさんな」

「……」

「こう見えても私はここで案内係を務める天使だ。安心したまえ」

そう言っておじさんはドヤ顔になった。涼介は思わず笑いそうになるのをこらえながら黙っていた。

「記録によると君は人に殺されたようだね」

「だと思います」

「何か俗世に思い残すことはないかね」

涼介はしばらく考えて

「家族の事が心配です」と言った。

「そうか。もし、希望するならそこの雲の隙間から俗世の事を見ることができる。これは殺された者に対する特別な処置だ。ただし、見ない方が良い場合もある」

「最後に妻と娘にお別れをしたいです」

「そうか。ただし、あまり長居すると天国へ行けなくなるので気をつけなさい」
涼介は恐る恐る雲の隙間に顔を突っ込んだ。その先は薄暗闇であった。だんだん目が慣れてくると布団の中でスヤスヤと寝ているまだ3歳の娘の姿が見えてきた。
「リカ!」そう言って涼介は近寄り、頭を撫でようとした。しかし、指先は娘の頭をすり抜けてしまい触れることは出来なかった。もう触ることもできないのかと思うと涙が溢れてきた。最後にもう一度抱きしめてやりたかった。
「ごめんな。情けない父さんでごめんな。だけど、父さんは死んでよかったよ。お前に保険金を残してやれる。借金の苦労を背負わさずにすむんだ。これからは幸せに暮らしてくれ」

涼介は死んだことを悔やんではいなかった。むしろ、苦しかった生活から解放された安堵の気持ちがあった。

次に涼介は寝室に向かった。妻の佳子にリカの事をお願いするためだ。

しかし、涼介はそこで信じられない光景を目の当たりにした。

佳子がベッドの上で、他の男に抱かれているのだ。男には全身刺青が入っていた。

呆然として頭が真っ白になった。

佳子はセックスが嫌いだったはずだ。涼介とは3年ほどセックスレスの状態が続いていた。それなのに何故亭主が死んだばかりというのに他の男に抱かれているのだ。しかも、佳子を抱く刺青男はあの借金取りのリーダー格の男だった。

「なに? 何があったんだ佳子?」
涼介は理解出来ずに頭を掻きむしった。

情事が終わったあと、佳子は笑いながら言った。
「あの男も馬鹿だったわね。騙されているとも知らずに」

「はははは。呑気なやつだったよ」

涼介はその会話から嵌められていたことを理解した。

佳子と刺青男はグルだったのだ。2人にまんまと借金漬けにされ、挙句の果てに殺されて多額の保険金までせしめられてしまった。

涼介は心の底から怒りがこみあげてきた。その怒りはどす黒い赤色となって心を覆った。まるであの男に蹴られて吐いた血へドのように粘っこくドロドロとしていた。

涼介は刺青男に掴みかかろうとした。しかし、触れることは出来ない。

涼介は悔しくて悔しくて暴れ回った。これまで生きてきて記憶に無いほど、もう死んでいるのだが、暴れまくった。ただ、何にも触れることは出来ず疲れて息が切れるだけだった。

疲れ切った涼介は死んだことを悔やんだ。死んでしまっては復讐もできない。今まで愛してきた妻が鬼か悪魔のように見えてきた。こんな奴がのうのうと生きていて良いはずがない。殺してやりたいほど憎い。

そういえばリカはどうなる。

涼介は絶望を感じた。

こんな大人に育てられたらまともに育つはずがない。

涼介の中で無念の気持ちが炎のように燃え盛った。髪の毛が焦げてプスプスと煙が立ち込めているような気がする程だった。

「きゃー!」
佳子が叫んだ。

「今、そ、そこに涼介が……」
佳子は震える手で涼介の方を指さした。一瞬だったが、佳子には涼介の姿がぼんやりと見えたのだ。

「なに怖い事言ってんだよ。びびらせんなよ」
刺青男の顔が強ばっている。

涼介はその場で2人を睨み続けた。
恨みの念で殺してしまいたいと本気で思っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...