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悔
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気がつくと、涼介は雲の上のような所でさまよっていた。空は青く澄んでいて、足元にはうっすらと白い霧のようなものが広がっている。周りにはちらほらと人がいて、明るい方向に吸い寄せられるようにゆっくりと移動していた。涼介もみんなと同じ方向に歩きはじめた。
これが三途の川か。
遠くの方まで目をやるとたくさんの人がいる。年寄りが圧倒的に多い。たまに若い人もいた。
子供が歩いているのを見ると涼介は涙が溢れてきた。娘のリカの事が思い出されたのだ。
潮目の変わり目というか、雲目の変わり目というか、明らかに色の違う雲の近くまできた。ここから先は眩しい金色である。涼介はついにあの世に行くのかと覚悟を決めた。
しかし、金色の雲を踏みしめる直前で白い羽衣をまとったおじさんに呼び止められた。
「待ちなさい」
見た目は天使であるが金髪のおじさんである。金髪と言っても若干薄くなっている。すね毛は濃くて体はゴツゴツしている。何故こんな格好をしているのだろう。涼介は奇妙な姿のおじさんをジロジロと観察した。
「おいおい、人を見た目で判断しなさんな」
「……」
「こう見えても私はここで案内係を務める天使だ。安心したまえ」
そう言っておじさんはドヤ顔になった。涼介は思わず笑いそうになるのを堪えながら黙っていた。
「記録によると君は人に殺されたようだね」
「だと思います」
「何か俗世に思い残すことはないかね」
涼介はしばらく考えて
「家族の事が心配です」と言った。
「そうか。もし、希望するならそこの雲の隙間から俗世の事を見ることができる。これは殺された者に対する特別な処置だ。ただし、見ない方が良い場合もある」
「最後に妻と娘にお別れをしたいです」
「そうか。ただし、あまり長居すると天国へ行けなくなるので気をつけなさい」
涼介は恐る恐る雲の隙間に顔を突っ込んだ。その先は薄暗闇であった。だんだん目が慣れてくると布団の中でスヤスヤと寝ているまだ3歳の娘の姿が見えてきた。
「リカ!」そう言って涼介は近寄り、頭を撫でようとした。しかし、指先は娘の頭をすり抜けてしまい触れることは出来なかった。もう触ることもできないのかと思うと涙が溢れてきた。最後にもう一度抱きしめてやりたかった。
「ごめんな。情けない父さんでごめんな。だけど、父さんは死んでよかったよ。お前に保険金を残してやれる。借金の苦労を背負わさずにすむんだ。これからは幸せに暮らしてくれ」
涼介は死んだことを悔やんではいなかった。むしろ、苦しかった生活から解放された安堵の気持ちがあった。
次に涼介は寝室に向かった。妻の佳子にリカの事をお願いするためだ。
しかし、涼介はそこで信じられない光景を目の当たりにした。
佳子がベッドの上で、他の男に抱かれているのだ。男には全身刺青が入っていた。
呆然として頭が真っ白になった。
佳子はセックスが嫌いだったはずだ。涼介とは3年ほどセックスレスの状態が続いていた。それなのに何故亭主が死んだばかりというのに他の男に抱かれているのだ。しかも、佳子を抱く刺青男はあの借金取りのリーダー格の男だった。
「なに? 何があったんだ佳子?」
涼介は理解出来ずに頭を掻きむしった。
情事が終わったあと、佳子は笑いながら言った。
「あの男も馬鹿だったわね。騙されているとも知らずに」
「はははは。呑気なやつだったよ」
涼介はその会話から嵌められていたことを理解した。
佳子と刺青男はグルだったのだ。2人にまんまと借金漬けにされ、挙句の果てに殺されて多額の保険金までせしめられてしまった。
涼介は心の底から怒りがこみあげてきた。その怒りはどす黒い赤色となって心を覆った。まるであの男に蹴られて吐いた血へドのように粘っこくドロドロとしていた。
涼介は刺青男に掴みかかろうとした。しかし、触れることは出来ない。
涼介は悔しくて悔しくて暴れ回った。これまで生きてきて記憶に無いほど、もう死んでいるのだが、暴れまくった。ただ、何にも触れることは出来ず疲れて息が切れるだけだった。
疲れ切った涼介は死んだことを悔やんだ。死んでしまっては復讐もできない。今まで愛してきた妻が鬼か悪魔のように見えてきた。こんな奴がのうのうと生きていて良いはずがない。殺してやりたいほど憎い。
そういえばリカはどうなる。
涼介は絶望を感じた。
こんな大人に育てられたらまともに育つはずがない。
涼介の中で無念の気持ちが炎のように燃え盛った。髪の毛が焦げてプスプスと煙が立ち込めているような気がする程だった。
「きゃー!」
佳子が叫んだ。
「今、そ、そこに涼介が……」
佳子は震える手で涼介の方を指さした。一瞬だったが、佳子には涼介の姿がぼんやりと見えたのだ。
「なに怖い事言ってんだよ。びびらせんなよ」
刺青男の顔が強ばっている。
涼介はその場で2人を睨み続けた。
恨みの念で殺してしまいたいと本気で思っていた。
これが三途の川か。
遠くの方まで目をやるとたくさんの人がいる。年寄りが圧倒的に多い。たまに若い人もいた。
子供が歩いているのを見ると涼介は涙が溢れてきた。娘のリカの事が思い出されたのだ。
潮目の変わり目というか、雲目の変わり目というか、明らかに色の違う雲の近くまできた。ここから先は眩しい金色である。涼介はついにあの世に行くのかと覚悟を決めた。
しかし、金色の雲を踏みしめる直前で白い羽衣をまとったおじさんに呼び止められた。
「待ちなさい」
見た目は天使であるが金髪のおじさんである。金髪と言っても若干薄くなっている。すね毛は濃くて体はゴツゴツしている。何故こんな格好をしているのだろう。涼介は奇妙な姿のおじさんをジロジロと観察した。
「おいおい、人を見た目で判断しなさんな」
「……」
「こう見えても私はここで案内係を務める天使だ。安心したまえ」
そう言っておじさんはドヤ顔になった。涼介は思わず笑いそうになるのを堪えながら黙っていた。
「記録によると君は人に殺されたようだね」
「だと思います」
「何か俗世に思い残すことはないかね」
涼介はしばらく考えて
「家族の事が心配です」と言った。
「そうか。もし、希望するならそこの雲の隙間から俗世の事を見ることができる。これは殺された者に対する特別な処置だ。ただし、見ない方が良い場合もある」
「最後に妻と娘にお別れをしたいです」
「そうか。ただし、あまり長居すると天国へ行けなくなるので気をつけなさい」
涼介は恐る恐る雲の隙間に顔を突っ込んだ。その先は薄暗闇であった。だんだん目が慣れてくると布団の中でスヤスヤと寝ているまだ3歳の娘の姿が見えてきた。
「リカ!」そう言って涼介は近寄り、頭を撫でようとした。しかし、指先は娘の頭をすり抜けてしまい触れることは出来なかった。もう触ることもできないのかと思うと涙が溢れてきた。最後にもう一度抱きしめてやりたかった。
「ごめんな。情けない父さんでごめんな。だけど、父さんは死んでよかったよ。お前に保険金を残してやれる。借金の苦労を背負わさずにすむんだ。これからは幸せに暮らしてくれ」
涼介は死んだことを悔やんではいなかった。むしろ、苦しかった生活から解放された安堵の気持ちがあった。
次に涼介は寝室に向かった。妻の佳子にリカの事をお願いするためだ。
しかし、涼介はそこで信じられない光景を目の当たりにした。
佳子がベッドの上で、他の男に抱かれているのだ。男には全身刺青が入っていた。
呆然として頭が真っ白になった。
佳子はセックスが嫌いだったはずだ。涼介とは3年ほどセックスレスの状態が続いていた。それなのに何故亭主が死んだばかりというのに他の男に抱かれているのだ。しかも、佳子を抱く刺青男はあの借金取りのリーダー格の男だった。
「なに? 何があったんだ佳子?」
涼介は理解出来ずに頭を掻きむしった。
情事が終わったあと、佳子は笑いながら言った。
「あの男も馬鹿だったわね。騙されているとも知らずに」
「はははは。呑気なやつだったよ」
涼介はその会話から嵌められていたことを理解した。
佳子と刺青男はグルだったのだ。2人にまんまと借金漬けにされ、挙句の果てに殺されて多額の保険金までせしめられてしまった。
涼介は心の底から怒りがこみあげてきた。その怒りはどす黒い赤色となって心を覆った。まるであの男に蹴られて吐いた血へドのように粘っこくドロドロとしていた。
涼介は刺青男に掴みかかろうとした。しかし、触れることは出来ない。
涼介は悔しくて悔しくて暴れ回った。これまで生きてきて記憶に無いほど、もう死んでいるのだが、暴れまくった。ただ、何にも触れることは出来ず疲れて息が切れるだけだった。
疲れ切った涼介は死んだことを悔やんだ。死んでしまっては復讐もできない。今まで愛してきた妻が鬼か悪魔のように見えてきた。こんな奴がのうのうと生きていて良いはずがない。殺してやりたいほど憎い。
そういえばリカはどうなる。
涼介は絶望を感じた。
こんな大人に育てられたらまともに育つはずがない。
涼介の中で無念の気持ちが炎のように燃え盛った。髪の毛が焦げてプスプスと煙が立ち込めているような気がする程だった。
「きゃー!」
佳子が叫んだ。
「今、そ、そこに涼介が……」
佳子は震える手で涼介の方を指さした。一瞬だったが、佳子には涼介の姿がぼんやりと見えたのだ。
「なに怖い事言ってんだよ。びびらせんなよ」
刺青男の顔が強ばっている。
涼介はその場で2人を睨み続けた。
恨みの念で殺してしまいたいと本気で思っていた。
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