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対決、大石の蟲対藤田

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 佐々木が豆千代から距離を置いたことを確認すると、すぐさま豆千代を庇って背中から抱きかかえるように自分の羽織で包みこむ。

「だいじょうぶかい」

 豆千代がわずかに首を縦に揺らす。
 佐々木は俺たちには目もくれず、じっと藤田だけを睨むように見据えていた。
 次の攻撃の機会を待つ………奴の動きを観察する。

(今だ!)

 奴の脚が畳を蹴ったと同時、豆千代を自分の背後に隠すように壁際に追いやった。
 佐々木の剣先はまっすぐ藤田へと向かうも再び藤田の剣で弾かれ、さらに藤田の返した刃が、今度は佐々木の首元を掠めた。
 剣技では藤田の方が上に思えるが、佐々木の速さは目にも止まらぬという表現がぴったりだった。

 豆千代を庇いながらも、二人の立ち合いから目が離せねえ。

 サーベルってのはは日本刀よりも余程軽いのか、鋭く空を切る音が部屋の中まで響く。しかし、サーベルの刃の長さが災いして、まだ部屋に体が残っている佐々木の方が押されていた。
 佐々木が藤田の刃を避けた勢いで残っていた障子を蹴り倒した。ついでに春木屋の屍を踏みつけ、部屋の外へと出た。

「しまった!」

 廊下には坊ちゃんが残っている!

 夜風が佐々木の乱れた髪を揺らす。広々とした舞台に満足した佐々木は、コキコキと首を鳴らし軽々サーベルを手首で回して言った。

「さあ、お楽しみはこれからだ」

 佐々木の姿勢がぐっと低くなった。
 俺は豆千代をその場に遺し、回廊へと飛び出す。同時に藤田が佐々木に向かって繰り出す姿が視界の端に映る。

(おい、坊ちゃんはどこだ?)

 焦ってあたりを見回すと、倒れた障子の陰から、死闘から逃れるように隣の部屋の中へと這って逃げる少年の後ろ姿が見えた。
 藤田の動きを封じるように、佐々木が回り込もうとしているのが見えた。

(よし!)

 坊ちゃんの居る場所へと、二人の間を抜けようとした時、佐々木がまるでさっきの動きは陽動だったかのように、体を翻し坊ちゃんが逃げようとしている部屋の側へと移動した。

「坊ちゃーんっ!!!」

 斜め下から斬り上げようとした剣先が、坊ちゃんに届くことを咄嗟に察する。絶対坊ちゃんを傷つけてなるものか! 俺は佐々木の横から足払いを仕掛け、その勢いで坊ちゃんの側まで転がった。

「三四郎!」

 声を上げた坊ちゃんを抱えたまま、隣の部屋の障子を突き破って何とか部屋の中へと逃れた。

「い、つうぅ」

 思わずくぐもった声が漏れる。
 脚が熱い。
 足払いを仕掛けた方の太腿に、佐々木の剣先が掠めたようだ。

「邪魔をするならば、貴様もぶっ刺すぞ」
 
 地を這うような声に脅される。
 足をすくわれ、よろけた佐々木はすぐに体勢を整え、その剣先を俺に向けた。だが……

「てめえの相手は俺だ。それとも二人相手にできるほど、余裕があるのか」

 すかさず繰り出された藤田の突き技に、佐々木は盛大な舌打ちを残し、踵を返して藤田の剣を受け止めた。

(助かった……)

 ホッとしたのもつかの間、繰り返される剣戟の金属音が、ますます激しくなり、慌てて坊ちゃんの方へ駆け寄る。

「だいじょうぶですか、坊ちゃん」

 しかし坊ちゃんからは怒気をはらんだ視線が返ってきただけであった。
 いったい何がそんなに気に障った? 俺が豆千代を庇ったからか。それとも坊ちゃんを置き去りにしたことか?
 何か言わねば、と口を開こうとした時だった。背後の金属音が消え、佐々木のうめき声が聞こえた。俺たちは二人同時に部屋の外を確認しようと身を乗り出した。

(野郎、ついに仕留めやがった)

 そこには、回廊の手すりにもたれた佐々木がいた。藤田の繰り出したサーベルは、佐々木の右肩を貫いている。
 どろりと滴る血に、佐々木の顔が歪む。
 ありゃあ、肩の腱が切れたな。

 大石の蟲は佐々木の体を通して痛みを感じているのだろうか。――垂れ下がる右腕を見た時、俺の頭にはそんな考えが過った。
 さっき佐々木の剣が掠めただけの太腿は、ほんの浅手だというのに熱を持ったようにずきずきと疼いていた。

「今更何をしでかそうってんだ」

 訪れた静寂の中、藤田が静かに問うた。
 やはり痛みは感じていなさそうだ。奴は不敵な嗤いを見せると体勢を整え、全てを認めたかのように打ち明けた。

「ああ、そうだな。敵討ちは済んださ。この糞みてえな勤王主義者の体には、もう用はない。ましてや薩摩野郎が天辺にいる警視庁とやらもうんざりだ」

 ――ああ、やはりこいつは〈大石〉だったのか……

 俺の中のわずかな疑念のようなものが、ストンと堕ちて消えた。
 奴は喋りながら後退し、体を捻って剣を抜いた。と同時に、傷痕からびゅっと勢いよく血が噴き出た。

「藤田さん!」

 流血などかまわず、反対の手にサーベルを持ち替えた佐々木は、前触れもなくいきなり下から斬り上げやがった!

 藤田の顔の前を剣先が両断する。それを藤田が辛くも避けた。
 しかしその隙に、奴は手すりを乗り越えると、まるで忍者のごとく中庭に跳び降りた。
 
「待て、鍬次郎!」

 藤田が靴下のまま回廊から飛び降りるのを、俺は見守ることしかできなかった。
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