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三
叱られた二人
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「バッカヤロウ!」
朝っぱらから脱走した鉄之助とハツを前に立たせ、彦右衛門が二人の頭を順に、拳骨で殴った。
「いってえ」
ハツが情けない声を上げた。
「鉄う! おめえは、なに考えてやがる。トシ君が、おめえを俺に預けたんだ。俺の決めることも命令も、みいんな土方歳三の下知だと思いやがれ!」
鉄之助は思わず彦右衛門を見上げた。
「な、なんだ。文句あっか?」
違う。文句じゃない。思わぬ拳骨に、歳三を思い出したのだ。
幼かった鉄之助は、正規の隊士ではなく小姓という形の仮隊士だった。そんな鉄之助にとって、歳三は上司でもあり、大垣に残した父のようでもあった。
――そうだ、よくこんな風に殴られたっけ。
その懐かしい思い出に蓋をした。
「すみませんでした。考えの浅い行動に出てしまいました」
冷めた答えを返す鉄之助に、彦右衛門は寂しげな眼差しを向けた。
「俺じゃあ、トシ君の代わりにゃなれねえがよ、それでもそのつもりで、ここに居ってもらいたいんじゃ」
「かたじけない御言葉でございます。私のような小者にそのようなお心遣い、勿体無いことで御座います」
鉄之助の言葉は、益々堅苦しくなる。だがそうしないと、歳三への恋慕に溺れそうだったからだ。
「よいか、トシもそれを望んで、おめえをここへ寄こしたんじゃ」
彦右衛門の口調はすでに、子供を言い聞かす父親のそれだ。そして鉄之助にとっては、歳三の声でもあった。
――わかっている。本当は足手まといなんかに思われてたんやない。俺を助けたい一心で、あの箱館から船に乗せてくれたんだ。迷いながらでも、俺ならここにたどり着くと、信じてくれていたんっすよね、副長……
けど、俺は…………
きゅっと口の中を甘噛みする。
それを認めてしまうことは歳三の死を認めてしまうこと。未だ、その現実を直視する覚悟なんてない。だから自分から卑屈になることで、襲い来る寂しさから目を背けることしかできない。
己の弱さが情けなくて、鉄之助はさらにぎゅっと唇を噛む。
その時、いきなりハツが鉄之助の脛を蹴った。
「あいてっ」
思わぬ攻撃に、目を丸くして隣に立つハツを見た。
「ハツう!」
彦右衛門の怒鳴り声に、びくっと肩が震えた。
――やべえ、いくらなんでも、佐藤様の前で、これはまずいやろ。
鉄之助が案じるよりも早く、彦右衛門の怒りは沸点に達していた。行儀が悪い……いやそれ以前に無礼なハツを、彦右衛門は許さなかった。
「おめえはこっちゃ、来い!」
ハツの細い両の手を、ぎゅっと握って、引きずった。
「痛いよう、旦那さま、痛いって」
ハツがどんなに情けない声を出そうが、彦右衛門も甘くはない。無言で台所から引きずり出すと、土蔵の前まで連れて行った。
そして、ガ―――と土蔵の扉を開け、その中にハツを放り込んだ。
「その行儀の悪さをちったあ、反省しろい!」
そのまま重い扉を閉めた。
朝っぱらから脱走した鉄之助とハツを前に立たせ、彦右衛門が二人の頭を順に、拳骨で殴った。
「いってえ」
ハツが情けない声を上げた。
「鉄う! おめえは、なに考えてやがる。トシ君が、おめえを俺に預けたんだ。俺の決めることも命令も、みいんな土方歳三の下知だと思いやがれ!」
鉄之助は思わず彦右衛門を見上げた。
「な、なんだ。文句あっか?」
違う。文句じゃない。思わぬ拳骨に、歳三を思い出したのだ。
幼かった鉄之助は、正規の隊士ではなく小姓という形の仮隊士だった。そんな鉄之助にとって、歳三は上司でもあり、大垣に残した父のようでもあった。
――そうだ、よくこんな風に殴られたっけ。
その懐かしい思い出に蓋をした。
「すみませんでした。考えの浅い行動に出てしまいました」
冷めた答えを返す鉄之助に、彦右衛門は寂しげな眼差しを向けた。
「俺じゃあ、トシ君の代わりにゃなれねえがよ、それでもそのつもりで、ここに居ってもらいたいんじゃ」
「かたじけない御言葉でございます。私のような小者にそのようなお心遣い、勿体無いことで御座います」
鉄之助の言葉は、益々堅苦しくなる。だがそうしないと、歳三への恋慕に溺れそうだったからだ。
「よいか、トシもそれを望んで、おめえをここへ寄こしたんじゃ」
彦右衛門の口調はすでに、子供を言い聞かす父親のそれだ。そして鉄之助にとっては、歳三の声でもあった。
――わかっている。本当は足手まといなんかに思われてたんやない。俺を助けたい一心で、あの箱館から船に乗せてくれたんだ。迷いながらでも、俺ならここにたどり着くと、信じてくれていたんっすよね、副長……
けど、俺は…………
きゅっと口の中を甘噛みする。
それを認めてしまうことは歳三の死を認めてしまうこと。未だ、その現実を直視する覚悟なんてない。だから自分から卑屈になることで、襲い来る寂しさから目を背けることしかできない。
己の弱さが情けなくて、鉄之助はさらにぎゅっと唇を噛む。
その時、いきなりハツが鉄之助の脛を蹴った。
「あいてっ」
思わぬ攻撃に、目を丸くして隣に立つハツを見た。
「ハツう!」
彦右衛門の怒鳴り声に、びくっと肩が震えた。
――やべえ、いくらなんでも、佐藤様の前で、これはまずいやろ。
鉄之助が案じるよりも早く、彦右衛門の怒りは沸点に達していた。行儀が悪い……いやそれ以前に無礼なハツを、彦右衛門は許さなかった。
「おめえはこっちゃ、来い!」
ハツの細い両の手を、ぎゅっと握って、引きずった。
「痛いよう、旦那さま、痛いって」
ハツがどんなに情けない声を出そうが、彦右衛門も甘くはない。無言で台所から引きずり出すと、土蔵の前まで連れて行った。
そして、ガ―――と土蔵の扉を開け、その中にハツを放り込んだ。
「その行儀の悪さをちったあ、反省しろい!」
そのまま重い扉を閉めた。
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