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三
ノブの思い【ノブ視点】
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「きゃっ!」
放り込まれたハツは、埃臭い床に倒れた。うつ伏せた恰好のまま、後ろを振り返る。
重い扉が閉まる瞬間の、細い光が見えた。慌てて光を追ったが、遅かった。しばらくして、ガチャリと錠の掛けられた音が聞こえた。
無駄だと知りつつ、ドンドンと、扉を叩いてみた。
「ごめんなさい! 開けて、旦那さま。開けて下さい!」
返事は無かった。
ため息を吐く。諦めて、扉にもたれて座り込んだ。埃臭い。
「ふん、十四にもなって、土蔵を怖がるわけねえべ」
強がって開き直る。
骨董品のような武具の金具が、明り取り窓から差し込む光に反射して煌めいた。煌く光が、様々な影を生む。まるで、先の戦争で死んだ侍たちの亡霊が、彷徨っているような錯覚に陥りそうになった。
――日野は戦場にならんかったもん。
自分に言い聞かす。
暗闇に目が慣れると、古い木箱や家財道具の他に、骨董品のような兜や鎖帷子、大刀に槍、おまけに壁際には鉄砲まで積んであるのがわかった。
ハツはもちろん知らないが、ここには新選組や歳三の遺品がこれらの骨董品の地下に隠すような形で集められていた。旧幕府、つまり新政府に反発する者の象徴となるような品は、一切が没収の対象だった為である。
――『武州の男がよお、朝敵なんぞに負けてたまるかってんだ!』
家を飛び出した父の最期の声が、武具の影から聞こえたような気がした。
振り向いたが、誰も居ない。ただ蝉の声が、蔵の中にも反響するように響いているだけだ。
風もないのに、何かの書状がパサリと落ちた。背中に嫌な汗が伝う。
「いやああ! 開けて! お願い、ごめんなさい!」
扉のすぐそばで、大声を張り上げた。
ハツは運が悪かった。
この日、彦右衛門は源之助を連れ、南多摩の小野路に向いて出かけていた。
市村鉄之助が蝦夷を脱出して日野にたどり着いたことや、歳三の死が確実になったことを、彦右衛門と同じく新選組を支援していた小野路宿の名主のもとに、知らせに行ったのだった。
**
彦右衛門が出掛ける前、事の顛末を知らされ、ノブはため息をついた。
「あいつら、しばらく出すんじゃねえぞ!」
夫はそう言って玄関を出た。
鉄之助は、お勝手奥の茶の間で正座させられていた。反省しているのか、それとも反抗しているのか、覇気のない顔で静かに前を見ていた。
「ここには居たくなかったのかい?」
鉄之介に朝餉を用意しながら尋ねた。だが首を横に振っただけで、何も答えてくれなかった。
膝に乗せた両手の拳に力が入っているのが分かる。体つきに似合わぬ筋肉の張った腕を見ると、血管と筋が浮き上がっていた。
――何かに耐えているのか。それとも怒りを抑えているのか……
「すまないねえ。あたしたちきっと、トシさんの罪を少しでも、償いたいだけなんだと思うのよ」
言いながら、昨日の沢庵の残りを、彼の茶碗の横に並べた。
ノブの言葉に、鉄之助が反応した。
「副長の罪?」
「大勢の人を巻き込んでしまった。貴方みたいな子供まで」
「俺は! 私は子供じゃない……。私は自分の意志で、新選組に入隊したのです!」
子ども扱いされたことが悔しかったのか、咄嗟に「俺」と言った。
「そうね、ごめんなさい。……これね、トシさんの好物だったのよ。あの人、わざわざ小野路からの山路を、樽ごと担いで持って帰ったほどに好きだったわ」
「沢庵……それ、沖田先生も言っていました」
「ごめんなさい。きっと蝦夷から帰って来た貴方に、あたしも旦那様も、トシさんの影を見ているのよ。だから、もう少し、ここに居て欲しいの。勝手なことばかり言って悪いわね」
何度もくり返し鉄之助に謝る。
見ていても箸を付けようとはしないだろうからと、そのまま立ち上がり、お勝手に下がった。
実際のところ、今もまだ官軍が交通の要所要所で、残党刈りに目を光らせているらしい。
このまま大垣まで帰すのは危険だと思われた。それ以外にも、悪徒の蜂起や強賊の押し入りなどが多発していて、近隣村々の治安も悪化の一途だった。
――この戦が落ち着くまで、市村鉄之助を匿って欲しい――手紙に託された歳三の頼みでもあった。
だが、ノブの本意は違う。
夫が少しでも、歳三や新選組の情報を欲しがっていることを知っていた。それに何よりも、鉄之介の中に義弟歳三を見ている。
夫は鉄之助を救うことで、救えなかった歳三とその仲間に報いようとしているのだろう。
ノブは……彼女自身は、歳三と生き別れた絶望を味わい、未だにその暗い絶望の淵を彷徨う鉄之助の魂を救いたいと、思った。
――救いたい……ただそれだけだった。
「きゃっ!」
放り込まれたハツは、埃臭い床に倒れた。うつ伏せた恰好のまま、後ろを振り返る。
重い扉が閉まる瞬間の、細い光が見えた。慌てて光を追ったが、遅かった。しばらくして、ガチャリと錠の掛けられた音が聞こえた。
無駄だと知りつつ、ドンドンと、扉を叩いてみた。
「ごめんなさい! 開けて、旦那さま。開けて下さい!」
返事は無かった。
ため息を吐く。諦めて、扉にもたれて座り込んだ。埃臭い。
「ふん、十四にもなって、土蔵を怖がるわけねえべ」
強がって開き直る。
骨董品のような武具の金具が、明り取り窓から差し込む光に反射して煌めいた。煌く光が、様々な影を生む。まるで、先の戦争で死んだ侍たちの亡霊が、彷徨っているような錯覚に陥りそうになった。
――日野は戦場にならんかったもん。
自分に言い聞かす。
暗闇に目が慣れると、古い木箱や家財道具の他に、骨董品のような兜や鎖帷子、大刀に槍、おまけに壁際には鉄砲まで積んであるのがわかった。
ハツはもちろん知らないが、ここには新選組や歳三の遺品がこれらの骨董品の地下に隠すような形で集められていた。旧幕府、つまり新政府に反発する者の象徴となるような品は、一切が没収の対象だった為である。
――『武州の男がよお、朝敵なんぞに負けてたまるかってんだ!』
家を飛び出した父の最期の声が、武具の影から聞こえたような気がした。
振り向いたが、誰も居ない。ただ蝉の声が、蔵の中にも反響するように響いているだけだ。
風もないのに、何かの書状がパサリと落ちた。背中に嫌な汗が伝う。
「いやああ! 開けて! お願い、ごめんなさい!」
扉のすぐそばで、大声を張り上げた。
ハツは運が悪かった。
この日、彦右衛門は源之助を連れ、南多摩の小野路に向いて出かけていた。
市村鉄之助が蝦夷を脱出して日野にたどり着いたことや、歳三の死が確実になったことを、彦右衛門と同じく新選組を支援していた小野路宿の名主のもとに、知らせに行ったのだった。
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彦右衛門が出掛ける前、事の顛末を知らされ、ノブはため息をついた。
「あいつら、しばらく出すんじゃねえぞ!」
夫はそう言って玄関を出た。
鉄之助は、お勝手奥の茶の間で正座させられていた。反省しているのか、それとも反抗しているのか、覇気のない顔で静かに前を見ていた。
「ここには居たくなかったのかい?」
鉄之介に朝餉を用意しながら尋ねた。だが首を横に振っただけで、何も答えてくれなかった。
膝に乗せた両手の拳に力が入っているのが分かる。体つきに似合わぬ筋肉の張った腕を見ると、血管と筋が浮き上がっていた。
――何かに耐えているのか。それとも怒りを抑えているのか……
「すまないねえ。あたしたちきっと、トシさんの罪を少しでも、償いたいだけなんだと思うのよ」
言いながら、昨日の沢庵の残りを、彼の茶碗の横に並べた。
ノブの言葉に、鉄之助が反応した。
「副長の罪?」
「大勢の人を巻き込んでしまった。貴方みたいな子供まで」
「俺は! 私は子供じゃない……。私は自分の意志で、新選組に入隊したのです!」
子ども扱いされたことが悔しかったのか、咄嗟に「俺」と言った。
「そうね、ごめんなさい。……これね、トシさんの好物だったのよ。あの人、わざわざ小野路からの山路を、樽ごと担いで持って帰ったほどに好きだったわ」
「沢庵……それ、沖田先生も言っていました」
「ごめんなさい。きっと蝦夷から帰って来た貴方に、あたしも旦那様も、トシさんの影を見ているのよ。だから、もう少し、ここに居て欲しいの。勝手なことばかり言って悪いわね」
何度もくり返し鉄之助に謝る。
見ていても箸を付けようとはしないだろうからと、そのまま立ち上がり、お勝手に下がった。
実際のところ、今もまだ官軍が交通の要所要所で、残党刈りに目を光らせているらしい。
このまま大垣まで帰すのは危険だと思われた。それ以外にも、悪徒の蜂起や強賊の押し入りなどが多発していて、近隣村々の治安も悪化の一途だった。
――この戦が落ち着くまで、市村鉄之助を匿って欲しい――手紙に託された歳三の頼みでもあった。
だが、ノブの本意は違う。
夫が少しでも、歳三や新選組の情報を欲しがっていることを知っていた。それに何よりも、鉄之介の中に義弟歳三を見ている。
夫は鉄之助を救うことで、救えなかった歳三とその仲間に報いようとしているのだろう。
ノブは……彼女自身は、歳三と生き別れた絶望を味わい、未だにその暗い絶望の淵を彷徨う鉄之助の魂を救いたいと、思った。
――救いたい……ただそれだけだった。
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