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一
お友達ごっこ
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「あの、お友達ごっこって、何のことですか」
良夏たちの方を見たまま、おずおずと尋ねた。
「まんまだよ。友達のいねえ奴らがお友達になるんだ」
龍也が尚を見下ろして答えた。
驚いた。
「……良夏、友達、多いと思います」と、小さな声で言った。
小学校の頃、人気者の良夏は、学年のリーダー的存在だった。
尚のよく知らない音楽に合わせて、彼女たちは楽しそうに踊っている。
時折、未沙が振り付けだとか、手の角度だとかを教えている。
「ヨシカは、ダンスを教えてくれって、依頼なんだ。今日で四回目。今日が最後のお友達さ。明日、土曜だろ? 何かのイベントに参加するそうだぜ」
「そう……なんだ。なんで僕を誘ったんだろ。そんな、ボッチに見えたのかな」
尚の声は、益々小さくなった。小さな尚の声をかき消すように、龍也が答えた。
「それを言うなら、俺も寂しい奴だぜ。だから、金で友情を売っているのさ」
尚が思わず龍也を見上げた。
「そんな風に見えない」
格好だけで言えば、群れているタイプの男。尚にはそんな風に見えた。教室の中でも、派手にしゃべって注目を集めているグループ。
「そうか? 見えねえか……」少し自嘲気味に笑う。「俺はさ、高校になっても友達が作れなくってよ、勉強もついていけねえし、まあ何だかんだと理由付けて、結局夏休みまでに高校は辞めちまったクチだからさ」
でも、そういう人だって、似たような人同士でつるみそうなもんだ。
「おまけにこう見えても、シャイでさ」
「ぷふっ」
尚は思わず吹き出した。
「笑うなよ」
大きな体を折り曲げて、尚の目線に顔を持ってきた。
「だって、自分で『シャイ』だなんて。それにこんな風に、全然見ず知らずの僕を誘ったくせに」
意外に龍也の仕草は子供っぽくて、かわいい。
「シャイだからよ。金で売る友情なら後腐れねえって、思わねえか? 後腐れねえって思えば、気軽に声も掛けられるんだよ」
――よくわからないな。
そんな後腐れの無い友情を、あの良夏が買ったのだ。
それはさらによくわからないと思った。
曲が変わった。
耳馴染みのあるKポップのダンスナンバー。
――なんてグループだっけ?
未沙の体はしなやかで、指の先まで自由に操れているのがわかる。
「思い通りに体を動かせるなんて、羨ましいな」
「うん。あいつは天才だと思うんだ。ダンサーだとか、モデルだとかそういうの目指してんじゃなかったかな。でもさ、結構見た目にコンプレックスを持っていてさ。もひとつ、自信を持てないみたいなんだよなあ」
長い手足。型にはまった美人ではないけれど、センスのいい化粧は彼女の魅力を引き出し、とてもチャーミングに見えた。
くるりと身体を翻すと、夕陽に栗色の髪が光った。
「とても綺麗なのになあ。羨ましいです。あのサラサラした髪も」
学生かばんをぎゅっと抱えるようにして、尚は目を細めた。
「ナオだって、綺麗じゃねえか」
名前で呼ばれ、照れ臭くなった。
笑顔を作ろうとした。
なのに、次のセリフを聞いて、笑顔が崩れてしまった。
「男だとは思えないくらいに、サラサラした髪だぜ」
龍也が手を伸ばし、顔の縁に沿って切り揃えられた尚の髪に触れようとした。
笑いかけた下唇を甘噛みし、龍也に触れられないように、手を避けた。
「……どうせ」
「へ?」
触らせてくれなかったことに、若干の焦りを感じたのだろうか。
龍也の笑顔も固まった。
「どうせ、僕はできそこないの男だから」
「そんなこと……」
「ごめんなさい。僕、やっぱり帰ります」
「え? おい。俺、何か悪いこと言ったのか? だったら、」
「いえ。ここんとこ、成績が落ちているから。だから帰って勉強しなきゃいけないんです」
――「勉強についていけなくて、高校を辞めた」
さっき龍也が言った言葉を忘れたわけじゃない。なのにこんな無神経な言い訳を口にして、さっと頭を下げた。
「お邪魔しました」
振り切るように言って踵を返した。
足早に立ち去る尚の姿を見た未沙が、動きを止めた。
龍也たちに背を向けていた良夏は、急に踊るのを止めた未沙に 目いっぱい広げた腕を下ろしながら聞いた。
「どうしたの? 急に」
「ちょっと! タツ。ナオ君、どうしたの」
良夏が振り向いた時には、もう、尚の姿は無かった。
「わかんね。怒らせちまったみたいだわ」
龍也は銀に染めた髪をもしゃもしゃさせながら、頭を掻いた。
「ヨシカ、追う?」
未沙が良夏の方を振り返って尋ねた。
良夏は少し迷うように、首を傾けたが、きっぱりと言い切った。
「いい。時間がないし。それに明日は、リホたちを見返したいもん」
「そっか。じゃあ、もう一度さっきのとこ」
暮れなずむ公園で、彼女たちは再びダンスを再開した。
龍也も尚を追わなかった。
そう、未沙と龍也にとっては、所詮かりそめの〈友達〉なのだから。
良夏たちの方を見たまま、おずおずと尋ねた。
「まんまだよ。友達のいねえ奴らがお友達になるんだ」
龍也が尚を見下ろして答えた。
驚いた。
「……良夏、友達、多いと思います」と、小さな声で言った。
小学校の頃、人気者の良夏は、学年のリーダー的存在だった。
尚のよく知らない音楽に合わせて、彼女たちは楽しそうに踊っている。
時折、未沙が振り付けだとか、手の角度だとかを教えている。
「ヨシカは、ダンスを教えてくれって、依頼なんだ。今日で四回目。今日が最後のお友達さ。明日、土曜だろ? 何かのイベントに参加するそうだぜ」
「そう……なんだ。なんで僕を誘ったんだろ。そんな、ボッチに見えたのかな」
尚の声は、益々小さくなった。小さな尚の声をかき消すように、龍也が答えた。
「それを言うなら、俺も寂しい奴だぜ。だから、金で友情を売っているのさ」
尚が思わず龍也を見上げた。
「そんな風に見えない」
格好だけで言えば、群れているタイプの男。尚にはそんな風に見えた。教室の中でも、派手にしゃべって注目を集めているグループ。
「そうか? 見えねえか……」少し自嘲気味に笑う。「俺はさ、高校になっても友達が作れなくってよ、勉強もついていけねえし、まあ何だかんだと理由付けて、結局夏休みまでに高校は辞めちまったクチだからさ」
でも、そういう人だって、似たような人同士でつるみそうなもんだ。
「おまけにこう見えても、シャイでさ」
「ぷふっ」
尚は思わず吹き出した。
「笑うなよ」
大きな体を折り曲げて、尚の目線に顔を持ってきた。
「だって、自分で『シャイ』だなんて。それにこんな風に、全然見ず知らずの僕を誘ったくせに」
意外に龍也の仕草は子供っぽくて、かわいい。
「シャイだからよ。金で売る友情なら後腐れねえって、思わねえか? 後腐れねえって思えば、気軽に声も掛けられるんだよ」
――よくわからないな。
そんな後腐れの無い友情を、あの良夏が買ったのだ。
それはさらによくわからないと思った。
曲が変わった。
耳馴染みのあるKポップのダンスナンバー。
――なんてグループだっけ?
未沙の体はしなやかで、指の先まで自由に操れているのがわかる。
「思い通りに体を動かせるなんて、羨ましいな」
「うん。あいつは天才だと思うんだ。ダンサーだとか、モデルだとかそういうの目指してんじゃなかったかな。でもさ、結構見た目にコンプレックスを持っていてさ。もひとつ、自信を持てないみたいなんだよなあ」
長い手足。型にはまった美人ではないけれど、センスのいい化粧は彼女の魅力を引き出し、とてもチャーミングに見えた。
くるりと身体を翻すと、夕陽に栗色の髪が光った。
「とても綺麗なのになあ。羨ましいです。あのサラサラした髪も」
学生かばんをぎゅっと抱えるようにして、尚は目を細めた。
「ナオだって、綺麗じゃねえか」
名前で呼ばれ、照れ臭くなった。
笑顔を作ろうとした。
なのに、次のセリフを聞いて、笑顔が崩れてしまった。
「男だとは思えないくらいに、サラサラした髪だぜ」
龍也が手を伸ばし、顔の縁に沿って切り揃えられた尚の髪に触れようとした。
笑いかけた下唇を甘噛みし、龍也に触れられないように、手を避けた。
「……どうせ」
「へ?」
触らせてくれなかったことに、若干の焦りを感じたのだろうか。
龍也の笑顔も固まった。
「どうせ、僕はできそこないの男だから」
「そんなこと……」
「ごめんなさい。僕、やっぱり帰ります」
「え? おい。俺、何か悪いこと言ったのか? だったら、」
「いえ。ここんとこ、成績が落ちているから。だから帰って勉強しなきゃいけないんです」
――「勉強についていけなくて、高校を辞めた」
さっき龍也が言った言葉を忘れたわけじゃない。なのにこんな無神経な言い訳を口にして、さっと頭を下げた。
「お邪魔しました」
振り切るように言って踵を返した。
足早に立ち去る尚の姿を見た未沙が、動きを止めた。
龍也たちに背を向けていた良夏は、急に踊るのを止めた未沙に 目いっぱい広げた腕を下ろしながら聞いた。
「どうしたの? 急に」
「ちょっと! タツ。ナオ君、どうしたの」
良夏が振り向いた時には、もう、尚の姿は無かった。
「わかんね。怒らせちまったみたいだわ」
龍也は銀に染めた髪をもしゃもしゃさせながら、頭を掻いた。
「ヨシカ、追う?」
未沙が良夏の方を振り返って尋ねた。
良夏は少し迷うように、首を傾けたが、きっぱりと言い切った。
「いい。時間がないし。それに明日は、リホたちを見返したいもん」
「そっか。じゃあ、もう一度さっきのとこ」
暮れなずむ公園で、彼女たちは再びダンスを再開した。
龍也も尚を追わなかった。
そう、未沙と龍也にとっては、所詮かりそめの〈友達〉なのだから。
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初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
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