駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

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お友達ごっこ

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「あの、お友達ごっこって、何のことですか」

 良夏たちの方を見たまま、おずおずと尋ねた。

「まんまだよ。友達のいねえ奴らがお友達になるんだ」

 龍也が尚を見下ろして答えた。

 驚いた。

「……良夏、友達、多いと思います」と、小さな声で言った。

 小学校の頃、人気者の良夏は、学年のリーダー的存在だった。
 
 尚のよく知らない音楽に合わせて、彼女たちは楽しそうに踊っている。
 時折、未沙が振り付けだとか、手の角度だとかを教えている。

「ヨシカは、ダンスを教えてくれって、依頼なんだ。今日で四回目。今日が最後のお友達さ。明日、土曜だろ? 何かのイベントに参加するそうだぜ」
「そう……なんだ。なんで僕を誘ったんだろ。そんな、ボッチに見えたのかな」

 尚の声は、益々小さくなった。小さな尚の声をかき消すように、龍也が答えた。

「それを言うなら、俺も寂しい奴だぜ。だから、金で友情を売っているのさ」

 尚が思わず龍也を見上げた。

「そんな風に見えない」

 格好だけで言えば、群れているタイプの男。尚にはそんな風に見えた。教室の中でも、派手にしゃべって注目を集めているグループ。

「そうか? 見えねえか……」少し自嘲気味に笑う。「俺はさ、高校になっても友達が作れなくってよ、勉強もついていけねえし、まあ何だかんだと理由付けて、結局夏休みまでに高校は辞めちまったクチだからさ」

 でも、そういう人だって、似たような人同士でつるみそうなもんだ。

「おまけにこう見えても、シャイでさ」
「ぷふっ」

 尚は思わず吹き出した。

「笑うなよ」

 大きな体を折り曲げて、尚の目線に顔を持ってきた。

「だって、自分で『シャイ』だなんて。それにこんな風に、全然見ず知らずの僕を誘ったくせに」

 意外に龍也の仕草は子供っぽくて、かわいい。

「シャイだからよ。金で売る友情なら後腐れねえって、思わねえか? 後腐れねえって思えば、気軽に声も掛けられるんだよ」

 ――よくわからないな。

 そんな後腐れの無い友情を、あの良夏が買ったのだ。
 それはさらによくわからないと思った。

 曲が変わった。
 耳馴染みのあるKポップのダンスナンバー。

 ――なんてグループだっけ?

 未沙の体はしなやかで、指の先まで自由に操れているのがわかる。

「思い通りに体を動かせるなんて、羨ましいな」
「うん。あいつは天才だと思うんだ。ダンサーだとか、モデルだとかそういうの目指してんじゃなかったかな。でもさ、結構見た目にコンプレックスを持っていてさ。もひとつ、自信を持てないみたいなんだよなあ」

 長い手足。型にはまった美人ではないけれど、センスのいい化粧は彼女の魅力を引き出し、とてもチャーミングに見えた。
 くるりと身体を翻すと、夕陽に栗色の髪が光った。

「とても綺麗なのになあ。羨ましいです。あのサラサラした髪も」

 学生かばんをぎゅっと抱えるようにして、尚は目を細めた。

「ナオだって、綺麗じゃねえか」

 名前で呼ばれ、照れ臭くなった。
 笑顔を作ろうとした。
 なのに、次のセリフを聞いて、笑顔が崩れてしまった。

「男だとは思えないくらいに、サラサラした髪だぜ」

 龍也が手を伸ばし、顔の縁に沿って切り揃えられた尚の髪に触れようとした。
 笑いかけた下唇を甘噛みし、龍也に触れられないように、手を避けた。

「……どうせ」
「へ?」

 触らせてくれなかったことに、若干の焦りを感じたのだろうか。
 龍也の笑顔も固まった。

「どうせ、僕はできそこないの男だから」
「そんなこと……」
「ごめんなさい。僕、やっぱり帰ります」
「え? おい。俺、何か悪いこと言ったのか? だったら、」
「いえ。ここんとこ、成績が落ちているから。だから帰って勉強しなきゃいけないんです」

 ――「勉強についていけなくて、高校を辞めた」

 さっき龍也が言った言葉を忘れたわけじゃない。なのにこんな無神経な言い訳を口にして、さっと頭を下げた。
 
「お邪魔しました」

 振り切るように言って踵を返した。


 足早に立ち去る尚の姿を見た未沙が、動きを止めた。
 龍也たちに背を向けていた良夏は、急に踊るのを止めた未沙に 目いっぱい広げた腕を下ろしながら聞いた。

「どうしたの? 急に」
「ちょっと! タツ。ナオ君、どうしたの」

 良夏が振り向いた時には、もう、尚の姿は無かった。

「わかんね。怒らせちまったみたいだわ」

 龍也は銀に染めた髪をもしゃもしゃさせながら、頭を掻いた。

「ヨシカ、追う?」

 未沙が良夏の方を振り返って尋ねた。
 良夏は少し迷うように、首を傾けたが、きっぱりと言い切った。
「いい。時間がないし。それに明日は、リホたちを見返したいもん」

「そっか。じゃあ、もう一度さっきのとこ」

 暮れなずむ公園で、彼女たちは再びダンスを再開した。
 龍也も尚を追わなかった。

 そう、未沙と龍也にとっては、所詮かりそめの〈友達〉なのだから。

 

 
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