駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

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竜平の優しさ

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「ナオ、いつから病院に通っている?」
「え?」

 竜平から更に病気について尋ねられ、尚は少し戸惑いを見せた。

「もう少し、詳しく知りたいと思って聞いた。嫌なら」

 尚は首を横に振ると、質問に答えた。吐き出せるものを全部吐き出すように。

「一番始めは五年生の時。小さい時って、こんなものだと思っていたんですよね。でも、五年生の時、たまたまトイレで隣に立った奴に、からかわれたんですよ。『お前のちんちん、赤ん坊並みじゃん』って。それから、体育の時の着替えのたびに『女みたい』だの『痩せっぽち』だのからかわれ出して」

「いいよ。んなこと話さなくってもよ」

 龍也がソファー越しに言った。

「いえ、聞いてほしいんです。母さんにも言えなかったこと」

 ずっとずっと、独りで抱えて来たことを、今日出逢ったばかりの相手に打ち明ける。馬鹿々々しく図々しいと、自分でも思う。けれど、たとえであっても、まるごと自分のことを受け止めて欲しいという期待を込めて、龍也の方を見た。

「ずっと仲良かった奴らは、そろそろ第二次性徴を迎えて、中には声変りし始める子もいて。なのに僕だけ、背は伸びても女の子みたいで、ううん、女っぽい子は他にもいたけど、明らかに僕だけ外性器の形が違ったんだ」
 
 ――外性器、あるいは外生殖器と医者は言う。

 五年生の終わりごろには、学校の授業で性教育らしきことを習い始め、子供たち自身もそういうことに興味を持ち始める。
 そこで初めて、人との違いに気付く患者は少なくない。
 出生時、明らかな身体的特徴が無ければ、外性器を見て男か女か判断するのが普通である。
 性分化疾患。一言で言っても、その差異は患者により様々で、原因も病名も多いのが現状だ。

「からかいは、最初はいじめでもなんでもなかった。ただのからかいだったのに……僕は自分の病気を知って、それを気にして閉じこもるようになって、そしたら、奴らはますます僕を追い詰めるみたいに馬鹿にして……気付いたら、本当のボッチになっていたんだ。六年生の一年間は、みんなの目が怖くて学校に行けなかった。部屋にカギを付けて、一日中、自分の部屋で過ごしてた」
「よくそれで、新栄学園うちに受かったな」

 竜平が感心する。

「父が、違う学校でやり直せって。誰もお前のことを知らない学校に行けばどうだって言ってくれて。それで、学校だけは行こうって頑張ったんです」

 龍也も感嘆の吐息をもらす。
「すげえじゃん」

 その言葉に反するように竜平が呟く。

「それでも友達は作れなかった」
「……うん。怖かったの、ばれてしまうのが」
「ばれたら、また馬鹿にされると?」
「うん……あ、それと新栄学園には、プールが無いでしょ。水泳の授業がない学校が良かったんだ。だって……僕、本当に男か女か、どっちになるのか決めかねてるから」

 竜平が意味を吟味するように、顎に手を当てる。

「男としての自認が無い?」
「ううん、そうじゃないんです。ただ、今はどっちにもなりたくないんです。このままずっと、このままでいたいんだ。変でしょう?」

 母は『そんなのおかしい』と言った。

「いや、変じゃない。今は病院には?」
「半年に一回くらいかな。最近は女の子の体になりつつあるから、ホルモンバランスの検査も兼ねて。でも、必要なければ治療はしないって決めたんです」

 決めたのは自分の一存だけれど。


 形成手術からルモン治療まで、その治療方法も患者のケースによって様々。
 実際、子供を授かれるよう治療する場合もあれば、治療を必要とせず症状を受け入れる人も多い。性転換する人もいれば、ホルモン治療を受けなければ健康を害するという患者もいる。
 千差万別の症状は、患者の数だけ、その受け入れ方も違うということだ。

「ナオ、君が健康でいられれば、どんな選択だって正しいと、僕は思う。そこに『変』なんて選択はないとだんげんするよ」
「リュウヘイさん」
「だが、今は体が変化する年代でもあるんだ。体調が良くなければ、必ず教えろ。僕が言いたいことは、それだけだ」

 こんな言い方しか、竜平にはできないのだろう。そっけなくて冷静で理路整然。
 それでも、尚には十分すぎるほど伝わった。

 満面の笑みを湛え、竜平の言葉に肯いた。
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