駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

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未沙と良夏

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「あの防犯カメラ、見れたらいいのにな」

 尚は軒下に設けられた無機質な眼を見上げた。

「無理だよ。一般の人は」未沙がその眼に向かって、べえっと舌を出した。
「ねえ、ミサちゃんとヨシカって、僕が来る前から駅前にいたの?」

 街灯が灯り始めていた。まだ雨はやみそうもない。

「そうね。ナオちゃんの下りた電車の一本前。昼前の待ち合わせだったの」
「その時さ、子連れの自転車とか見なかった?」
「お喋りに夢中だったから。んー、でも子供の声は聞いてないよ」
「……ヨシカと何の話をしてたの?」

 話の流れで、聞かなくてもいいことを聞いていた。

「ナオちゃんのことを聞かれたわ。この間、ココシティーで見たってね。で、お友達倶楽部を利用してるのかって。あとは、ヨシカのダンス仲間のことを話したの」

 未沙があまり話したくなさそうに話し出した。
 佐野ビルまでほんのニ、三分の距離。けれど沈黙を続けるには長い距離だった。

「ダンスイベントは上手くいったんだって、ヨシカちゃんなりに。でさ、無料配布の地方誌ってあるじゃん。それのイベント紹介の欄に、ヨシカちゃん達のチームが載ったの」
「すごいね」

 チーン――尚が感心したと同時に、エレベーターのドアが開いた。

「ヨシカちゃんが言うにはさ、それのメインの写真がヨシカちゃんだったんだって。……でさ、そのせいでリーダー格の子から無視され始めたって」

 未沙がエレベーターの壁にもたれた。青白い光が未沙の横顔を照らす。

「ダンスなんか上手くならなきゃ良かったって、別れ際に言われちゃった」

 未沙の顔は泣きそうに見えた。

「なんでそんなこと」――良夏からダンスを習いたいって言ったくせに。
 尚には、小学校でリーダー格だった良夏が無視されているという事実も驚きだったが、何よりも、それを言うために、わざわざ〈お友達〉を買ったことの方が信じられなかった。

「わけわかんない」
「友達を見返すためのダンスはさ、結果、友達の嫉妬を買っちゃったってわけ」

 未沙が短い溜息を吐いた。

「……まあいいの。私は彼女が望む〈お友達〉を演じてあげただけだから。ちゃんと料金も貰ったしね。ナオちゃんは気にしないで」

 未沙が寂しそうに笑った。
 尚は、尋ねなきゃいけないことがまだあるような気がしていた。けれどそれを思いつくよりも早くエレベーターは三階に到着し、静かにドアが開いた。

「わ、タツヤさん!」

 出てすぐ、自動販売機の横で、龍也が腕組みをして立っていたのだ。

「遅かったからさ」

 尚の方を向かず、視線を逸らしたまま言い訳のように言った。

「何か見逃していないかなって思って探してたんだよ」

 過保護じゃん――と、未沙の呆れた表情を、鈍感な龍也が気付くはずもなく、「今日はさ、もう遅いだろ。送ってやるよ」とまで、言い出した。
「え、まだ早いよ。塾の時は八時回ることだってあるし」
「遠慮すんなよ」

 尚が反発するも、龍也の決意は変わらなさそうだ。

「いいなあ。私に『送ってやる』なんて、タツ、言ってくれたことあったっけ?」
 未沙が茶化す。
「うるせえな。ナオはまだ中坊なんだぜ」

 龍也の反応の早さが可笑しかった。

「お帰り。何か見つかったかい?」

 部室では、竜平が自販機のミルクティーを飲みながら待っていた。

 未沙が「リュウもナオちゃんの帰りを待ちわびてたの?」とからかった。
「まさか。タツじゃあるまいし」

 それでも二人して迎えに出たのだろう。過保護だろうが、心配してくれる友人がいるってことは羨ましいと思うのだ。
 今日、良夏に売ったのは、〈友達〉なんかじゃなかったと、密かに未沙は後悔していた。

 尚が竜平の向かいに座った。

「この帽子、僕がお昼に落としたみたい。そのまま残っていた」
「……そうか」

 それが何を意味するのか、頭のいい竜平はすぐに察した。

「なあ次郎長、メモやオクルミを警察に届けるのは、明日の方が良くないか。もう定時を過ぎている」

 竜平がスマホ越しに次郎長の考えを問うた。

「昼間落とした帽子がそのままだったってことは、警察は自転車置き場に立ち寄っていないってことじゃないか」
「うーん。もしかしたら、駐輪場を管理している……例えば商工会とかで、直接、監視カメラの録画をチェックしたのかもしれないよ。けどまあ、確かに朝からの方が、ケーサツも頑張って仕事してくれそうだけどね。俺は少し気になるカキコを見つけたから、もうちょい調べるわ。明日、そっちに行く」
「珍しいな。何時だ?」
「ミサも来るかな?」

 竜平の問いに質問で返って来た。少しばかり引っかかるものを感じつつも、未沙に質問を振った。

「ミサ、明日はバイトを休むんだっけ?」
「うん! みんなは何時に集合?」

 いつもなら休日はお昼、だいたい十一時から十二時過ぎくらいに集まっていた。

「警察にこの品物を届けるんだろ。だったら九時には」龍也が言った。
 それに対して、「君が起きられるとは思えんがな」竜平が呆れた口調で返した。
「こんな時ぐらい、早寝早起きだ」
「ぼ、僕も頑張ります!」

 慌てて尚も九時集合に賛成した。

「だとさ。ミサもそれでいいかな?」
「オッケーよん」
「ってことで、明日は全員九時集合だ。まあ、タツとナオにはすぐに〈手がかり〉を持って、警察に出頭してもらうがな」
「出頭って……クククク……お前らしい言い方だな。わかった、じゃあ、明日ってことで」

 次郎長との会話がプツリと切れた。

「さてと、僕も帰ろう。ミサも遅くならないうちに帰った方がいいぞ。で、ナオはタツが送ってくれよな」

 竜平は立ち上がり、黒のメッセンジャーバッグにラララの最新号を放り込んで斜めがけにした。

「ミサ、次郎長はミサに用があるみたいだ」
「え?」

 去り際、未沙にそっと耳打ちをした。そのまま竜平は「じゃ」と短い別れの挨拶と共に出て行った。
 ゲームをしない未沙と次郎長にはほとんど接点が無い。
 未沙の表情が陰った。

「どうしたの?ミサちゃん」

 尚は未沙のことが心配だった。どう考えても良夏の件は、未沙に影を落としていた。

「ううん。私も帰るわ。タツ、ナオちゃんをよろしくねぇ」

 いつも以上に明るく、大げさに細い手を振った。
 バンッ――「あいた! てへへ」
 ぶんぶん振り回したせいで、腕をドアにぶつけている。わざとらしい照れ笑いをしながら、未沙が帰って行った。

 龍也が呆れて苦笑いをした。

 ――ヨシカの件、タツヤさんに言ったらミサちゃん嫌がるかな……。

 尚はソファーの背もたれに頭を預けた。
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