駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

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龍也のバイク

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「雨、止んだみたいだな。送ってやるよ」

 ブラインドのすき間から外を見ていた龍也が、チャリ――と音をさせ愛車のキーを見せた。

「ここで待ってろ。姉貴のヘルメットを貸してやるから」

 そう言うと、尚を残して出て行った。

 尚は、龍也は決して楽観主義では無いと思うのだ。鈍感で人の心を読めない分、用心深い。今回の探偵の真似事だって、どちらかというと手放しで賛成しているようには見えなかった。

 ――捨て子の裏に何かある。

 自分が感じていた事件の匂いを、龍也はもっと敏感に察知しているように思った。
 頭を背もたれから動かさず、視線だけを木製の肘掛けに移した。この下に、オクルミを落としていたのだ。

「……あっ」

 尚の目がキラリと光る糸を捉えた。

「ナオ、待たせたな」

 シルバーの迷彩模様がグラフィカルなジェットヘルメットと黒地に赤い羽模様のフルフェイスを手に、龍也が戻って来た。

「ねえ! タツヤさん。ああちゃんを包んでたお布団は?」

 待ち構えていたように、尚が叫んだ。

「あ、ええっと、リュウが兄貴に持って行ってくれたから、佐野の家にあると思うけど……」

 尚の勢いに押され、しどろもどろに答える。

「これ見て」
「あん?」

 尚の人差し指の先を見る。

「ミサのじゃねえか」
「違うよ! ミサちゃんはストレートだもん。リカさんもこんなに明るくないし」

 尚がその金色の毛をつまみ上げた。

「こんな明るい金髪で巻き毛って、誰もいないよ」

 くるんと一回転した細い金髪。根元が黒い。

「これきっと、ああちゃんの母親の髪だよ」

 尚と龍也の目が合った。

「リュウは知ってるのか?」
「知らないと思うよ。明日聞いてみる」

 奥のデスクに行き、その髪をマスキングテープで卓上に貼りつけた。



 佐野ビルの裏手、ちょうどドラッグストアの裏側は車庫になっている。ガラガラとシャッターを開けると、佐野氏の車と並んで龍也の愛車があった。

 ――スズキ グラディウス400cc 

「カッコイイ……」
「中古だけどな」

 ブラックボディーに赤いフレーム。

「ねえ、まさかこれに?」
「何のためのヘルメットだよ。俺、まだ車の免許は持ってねえからさ」

 尚の頭に、シルバーのジェットヘルを被せた。

「なあ、尚は何か感じてるのか?」バイクを倉庫から出しながら、龍也が言った。
「何かって?」
「シンたちのこと。……俺はあんま、深入りしねえ方がいい気がするな」

 ヘルメットを被ると、声はくぐもって聞こえた。

「……タツヤさんの勘は当たってると思う。だから、そのままにしておけない気もするんだ」

 初めて乗るバイクの後ろは思ったより高くて、跨ぐのに苦労した。

「俺はナオを守ってやりてえ。だから俺と離れて行動するな」
「うん」
「しっかりつかまれ」

 龍也の腰に腕をまわす。

「もっとくっつかねえと落ちるぜ」

 そう言われから、ぎゅっと大きな背中にくっついた。

 ――風を切るって、こんな感じなのか。

 車と車の間をすり抜ける。太腿にはエンジンからの熱気。腕には五月の風。
 スピードを上げるほどに、龍也の背中が大きく感じて、尚の心はときめいていた。Vツイン(V型二気筒)の不規則なエンジン音は尚の心臓を鷲掴みにした。始めは流れゆく夜景とテールランプを追っていたが、そのうち目を閉じ、エンジンとマフラーの音に耳を傾けていた。

「ナオ! この交差点をどっちだ?!」
「ふえ?」

 龍也が道を尋ねた時、自分がいったいどこにいるのかわかっていなかった。

「この辺、ナオんちの最寄り駅に近いだろ? 家まで案内してくれよ」
「ええっと。ここって……」
 対向車線のコンビニとその前のバス停が目に入った。
「あ、このまま真っすぐ行って、三つ目の信号を左」
「あのなあ! 後ろで寝るなよ。危ないから!」
「寝てないよ! 気持ちよかったから、目を瞑っただけ!」
「同じだよ! 馬鹿」
「あ! そこ、その辺りで降ろして」

 静かな住宅街。奥は空き地の方が多いかもしれない。龍也がバイクのエンジンを止めると、角の向こうの幹線道路から、車の音が途切れ途切れに聞こえてきた。

「家まで送るよ」
「いいっ、いいよ。重いもん」

 尚は慌ててバイクから降りた。

「何、遠慮してんだよ。女子じゃあるまいし」

 龍也がヘルメットのシールドを上げた。

「もうちょっと遠いよ。僕んち、奥だから」

 ヘルメットを抱え、尚から歩き出した。

「静かなところだな」

 ジー、ジー――虫の声が聞こえる。

 ――もし、自分が女の子だったら、こんな風にタツヤさんの隣を歩けたかな……バイクの後ろに乗れたかな。
 そんなことを思う。
 尚の性格だったら、まず無理だろう。

「なに考えてる?」
「ううん」

 そんなこと、龍也には教えない。――龍也の隣だったら、沈黙だって平気だった。
 少しして、尚から話しかけた。家まであと少しだった。

「……今日、いろんな事があったなあって」
「そうだな。まあ、子供たちの件は、兄貴とリュウが何か考えてくれてるだろ。心配しなくていいさ」
「うん」

 龍也の言葉を信じてあげなきゃ、でないと龍也はいつまでも尚のことを気に掛けるだろう。だから即座に肯定した。

「また明日ね」
「ああ、メットは重いけど明日持って来てくれよな。バイクに積むと傷つくんだ。姉貴がうるせえからよ」
「うん。じゃあね」
「じゃあ」

 当然のように、尚が門を入るまで、龍也は見守っていた。

 ドアを閉め、すぐには「ただいま」を言わず、のろのろと靴を脱いだ。しばらくしてから少し遠くで、バイクのエンジン音が聞こえたかと思うと、遠ざかって行った。

「ナオ、帰ったの? もうご飯できてるわよ」

 キッチンから母の声。

「ただいま」

 服が違うこと、メットを持っていること、色々尋問を受けたくないから、さっさと部屋に行きルームウェアーに着替えてから食卓に着いた。

「帰りが遅いなら、そう言ってよ。伸びちゃったわ」

 いつも繰り返される母の小言。

「ごめん」今夜は素直に謝った。

 伸びて柔らかくなってしまったけれど、母の手作りミートソースが絡まったスパゲティは美味しい。

 ――しんちゃん、美味しいご飯を食べたかなあ。案外、もうママの元に帰って、僕と同じように、おうどんとかを啜っているのかも。

 たわいない想像が、現実ならいいのにと祈った。
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