駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

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消えた〈ななこ〉のアカウント

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 買い出しから帰って来た龍也が、オフィス机の上にハンバーガーを袋から出して並べ始めた。

「タツ、ダブルバーガーは買ったか?」
「あるだろ、よく見ろよ。リュウちゃんのお決まりメニューだもんねぇ。買ってやったよ。あとは、ストロベリーシェイクでしゅねぇ、オトメンちゃん」
「ナオちゃんはアイスコーヒー? それともコーラ?」

 未沙がにっこりと笑った。

「僕は、コーヒーで。ミルクある?」
「もちろん! 二つもらったよん。じゃあコーラは次郎長」

 はい、と寝転んだ次郎長の前に、Lサイズのコーラを置いた。
 次郎長は小さな声で、何かを言った。きっと、『ありがと』だろう。

「ねえ、お利口さんなお三方で、何か結論は出たの」

 やや皮肉を帯びた言い方で未沙が切り出した。

「ああ、でもナオの意見は聞いていないよな」

 尚はオフィスチェアーに腰かけて、ダブルチーズバーガーを頬張っていた。それをミルクたっぷりのアイスコーヒーで流し込む。

「んー、僕の偽善で、ななこさんを救うのが遅くなったのかな」

 誰とも目を合わさないように答えた。

「あのなあ、話飛び過ぎ。おまけにそんな風に自分を責めてどうなる? ナオは子供を保護した。僕たちは勝手に探偵ごっこをした。それだけだ。不自然だと感じたのは僕の主観だ。それに、仮に、昨日直接子供を交番や児相に連れて行っていたところで、結果は変わっていないだろ」
「だな。な、ナオは何でも悪く考えすぎだ」

 ――うう、そんなこと言ったって……
 竜平と次郎長に責められて、尚は口を尖らせた。

「じゃあ言うよ。〈ななこ〉は親元を離れて子供を産んだ。最近この町に越してきて、一人で暮らしている。子供に虐待はしていなかったかもしれないけど、ななこは病んでて自傷マニア。睡眠薬を常用」
「睡眠薬?」次郎長が聞き返した。
「うん。ななこがしんちゃんたちを置いて、たった四分で駐輪場を出て来たでしょう?ああちゃんがその時、ぐずっていなかったからできたんだよね。だからミルクとかに混ぜたのかなって思った」

 勝手な想像にすぎない。

「相良とは恋人で、金のために相良がヤバい仕事に手を出したのか、あるいは……とにかく彼女は巻き込まれたくなかったから、瀉血パーティーを利用して逃げたんだ。子供は足手まといだから放置した」
「じゃあ、母親は相良から逃げるために、子どもを棄てたって言うの?」

 未沙の質問に三人は黙っていた。その沈黙は肯定の沈黙。
 
 ――今日はこどもの日だよね。

 こんな日に捨て子が確定した二人を思うと、尚はやるせなかった。
 でも現実だ。二十四時間経っても親は名乗り出ず、それどころか捨てたことを認めるような置手紙まで見つかった。

「次郎長さんも言っていたけど」尚は言いにくそうに続けた。
「相良の捜査って、実はもっと前に始まっていて、僕とタツヤさんがあの置手紙を届けたことで、ようやく警察は二つの事件を結びつけたと思うんだ。だから、松林さんが捜査に当たった。……どう? 僕の推理」

 ――ずずずず……ズーッ。

 緊張感のない音が尚の問いかけに答えた。龍也だ。バニラのシェイクに、カップが凹むくらい吸い付いている。

 バコンッ!

「いて」
「ここはシリアスな場面だ。空気を読まないのもいい加減にしろ」

 竜平が龍也の後頭部を平手で叩いた。だが、その緊張感のない龍也の態度が、尚の心をほぐした。

「ねえ、タツヤさんなら警察のこと、良く知ってるんじゃない?」
「どーゆー意味だよ」

 少々憤慨して、尚を睨む。

「だってさ、タツヤさんは〈ハエさん〉とも顔見知りでしょ」
「顔見知りってわけじゃねえよ!」

 龍也が三つ目のバーガーにかぶりつく。

「なあ、ナオはどうしたらいいと思ってる?」

 ソファーで自分のモバイルパソコンを弄っていた次郎長が、首をまわして尋ねた。

「う~ん、余計なことをして捜査が混乱して、それでななこに危険が及ぶのは嫌だし、けどこのまま黙ってみているのも嫌だ」

 しなびたポテトに手を伸ばし、龍也の口に、それをねじ込んだ。

「あむ」

 さっきまでバーガーを租借していたのに、尚がねじ込んだポテトはそのまま口の中に収まった。そしてさらに、自らもう三本つまんで口に放り込んだ。

「僕はナオの推理に一票投じよう」
「お、俺もだが」

 竜平に引き続き、次郎長も賛同した。

「でも、その証拠っぽいの、警察に届けなくって大丈夫? 証拠隠滅とかに問われないの」

 未沙が不安気に尋ねた。

「うんにゃもん、どこにも証拠などねえし」
「タツヤさん! 食べながら喋らないでよ」

 尚は少し背伸びして、龍也の口のケチャップを指で拭う。

「証拠、ないって言える? 状況証拠ってヤツ」

 置手紙、防犯カメラの画像、金髪の髪、SNSの写真と彼女が消えた時間、瀉血パーティーの開催時刻、カラオケボックスに置き去りのママチャリ――それらの付箋をテーブルからピ、ピ、と竜平が外していった。

「このうち僕らが握っているのは、SNSでのななこと瀉血パーティーのつながり。カラオケボックスで見つけたママチャリとヒロトの名前だ。それ以外は警察にちゃんと手渡している」
「ママチャリなんてのは、もう回収されてるかもな」

 龍也が言った。

「多分ね。要はさ、僕らの掴んだものなんて、あいつらの調査の箸にも棒にも掛からぬってやつさ。……あれをただの捨て子として処理するつもりなら、一役買ってやろうなんて思っていたけどね、事件として調査に乗り出しているのなら、向こうから要請が無い限り余計なことは言わないほうがいい」
「リュウ……じゃあ、私たちの探偵ごっこもここまでってこと?」

 未沙が竜平につまらなさそうな目を向けた。

「あ、あのね、〈ななこ〉が消えたよ」

 次郎長が彼らの会話に割って入った。

「え」
「どういうこと?」
「……」
「やはりな」

 四人がそれぞれの反応をして、次郎長の周りに集まった。

「ななこをフォローして、あの、は、話しかけようとしたんだけどさ」
「アカウントが消えたか?」
「いや、アカウントはそのままだけど、名前が変わった」

 覗き込んでみた画面には、〈TUGUMI定期bot〉。ヘッダー画像は人気アニメの少女が剣を構えている。プロフ画像は少女の大きなバスト。
 それは、さっき見た〈ななこmama〉のツイッターではなかった。

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