駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

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家族の形

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 しんちゃんと別れた後、無言だった龍也がバイクの前で口を開いた。

「どうする?」
「何が?」
「ここまで絞れたんだ。もう、俺たちにできることは無いんじゃないか」

 ――ヴォン! ヴォ、ヴォ、ヴォ、ヴォ

「僕は最後まで見届けるよ」

 低いエンジン音は尚の声を掻き消した。
 後部シートに跨り、きゅっと腰に手をまわしヘルメットを背中に押し付ける。

 ――これ以上みんなを巻き込んじゃいけないのかな……。

 犯罪の匂い。子を捨てた若い母親。誰にも認知されなさそうな子どもたち……。関りを持ったことに対し、後悔にも似た気持ちが燻る。その上、龍也の過去に触れてしまった事がなによりも心苦しい。

「タツヤさん。ごめん」

 背中越しに呟く。聞こえていないと知りながら。


 尚にとって家族とは、当たり前すぎる存在である。思春期特有の思考ゆえ、両親の一言や両親との関りが面倒だとか、うっとおしいだとか感じたとしても、その存在に不安を覚えたことはなかった。
 確かに、疾患を宣告された時、「何で僕が」と己の境遇を僻んだ日もあったが、そのことで両親を恨むには至らなかった。両親は両親なりに悩み、そして引きこもってしまった尚を受け止めてくれたからだ。こっぱずかしくて言葉や態度には示せないが、両親の愛情をちゃんと理解していた。

「ねえ、タツヤさん。家族って何だと思う?」

 部室に向かうエレベーターの中で問いかけた。
 龍也は尚を見下ろし、再び前を見た。

「わかんねえな。俺に普通の家族はいなかったからよ」

 ――悪いことを聞いちゃった。

 二人は沈黙を抱え、三階のロビーに到着した。

「お、リュウ。来てたのかよ」

 自販機の前で、ミルクティーを選んでいる竜平と鉢合わせた。

「どうした。お揃いで」

 竜平が質問で返した。学校帰りなのか、制服のままで眼鏡をかけている。

「しんちゃんに会いに行ったんです」
「会えたか?」
「はい。友愛の家って保護施設で預かられていました」

 竜平が紙コップから顔を上げ、龍也の方を見た。

「いつまであそこにいるかわからねえけどさ、また会いに行こうと思う」
「……そっか」

 リュウヘイさんはタツヤさんの過去を知っているんだ。――竜平の表情から、そんなことを推測する。

 部室に入るなり龍也がさっき尚から投げられた質問を竜平に投げた。

「なあ、リュウは家族って何だと思う?」

 竜平は人差し指の背で眼鏡を少しだけ上げ、ちらりと龍也を二度見した。だが、答えはすぐに返ってきた。

「僕にとっては絵画だな。それもスーラが描くような点描画だ。始めからすき間も違う色もある。だが、大きく見れは家族という絵になっているのさ」

 竜平の答えは抽象的である。

「じゃあ、しんちゃんちは?」尚が尋ねた。
「だが、ツグミが作ろうとした家族は違う。彼女の家族は彼女の頭の中で出来上がった〈パズル〉だったのさ」
「リュウらしい言い方だな。俺にはよく分からねえ」

 龍也はソファーの肘掛けに脚を投げ出し、寝転んだ。

「家族なんて、夫婦が子を持ったからって自然とできるわけじゃない。考えてもみろよ。親だってさ、その時それが子育ての初体験なわけだ。点を置きながら、いびつな家族絵を描いていくのさ。だがあの女……ツグミは、きっと子供を手にすればファミリーになれると思っていたにちがいない。彼女の描く家族像はパズルで、一度バラバラにばらしちまうと、似た一片が違う部分に来たって元には戻らない」
「じゃあ、誰がそのパズルを壊したの?」

 元の絵が分からなければ、パズルは組み合わせられない。

「壊したのは、案外本人なのかもな。簡単に修復できると思っているのかもしれん。ほとぼりが冷めたころ、意外に自分からしんちゃんたちを迎えに行く気なのかもってのが、僕の考えだ」
「そんなっ!」
「赤子を自転車置き場に置いていく女だ。賢いとは考えられんだろ」

 竜平が冷たく言い放った。

「そりゃそうだ」

 寝転んで目を瞑ったままの龍也が同意する。
 何も言い返せなくて、尚は口を閉ざした。

「そういや、児相のおばさんがよ、相良はシンたちの父親じゃないだろうって、言っていたな。相良の親が子供との関係を認めなかったそうだぜ」
「ああ、やはりな」
「それ、どういう意味だ? リュウ、お前、何か知っているのかよ」

 全てを把握したような竜平の態度がムカついたらしい。龍也がわざわざ体を起こし座り直した。龍也の大きな体に、古いコルクスプリングがギシギシと悲鳴に近い音を響かせた。

「僕は生徒会長だ」――君たちがぐずぐずしている間にも、僕は働いていたのだよ。

 尚には竜平の言葉の裏がわかった。だが龍也は余計にイラっとした。

「それがどうした」
「生徒のことを調べるのならば、警察よりも学園の生徒の方が詳しいってことさ」

 制服の胸ポケットから出したスケジュール帳に、びっしりと細かい文字で書き込んだ見開き2ページを指し示す。それを龍也が奪い取った。

「相良比呂斗……高等部1年B組」

 かろうじて読めた。あとは細かすぎて読む気になれたかったのか、読めない漢字が出てきたのか、龍也は竜平の胸にそのポケット手帳を押し返した。

「いいから説明しろよ」

 竜平が淡々と説明を始めた。

「彼の父親は、中学に入る前に海外出張で単身赴任中だ」
「中ってことは今も……」尚がその言葉尻を捉えた。
「ああ、今も父親はいない。やつは母親と二人きりの生活を送っている。実は比呂斗には雅斗という名の双子の兄がいたのだが、小さい頃交通事故で失っている。父親は今回の海外出張を機に、比呂斗を留学させたかったみたいだが、母親が反対したそうだ。『雅斗の元を離れたくない。そして自分の子供を手元から離したくない』とね」

 皮肉なものだ。龍也が口汚く、他人の母親を罵った。

「手元に置いておきたかった息子は結局、母親の元を離れて一人暮らしってか? バッカじゃねえの。そのババア。なんであんなバカ息子にマンションなんか貸し与えるかな」
「タツヤさん!」

 『馬鹿』を連発する龍也の唇を、尚がひねりあげた。

「なにふるんひゃひょ」
「バカバカ言わないでよ」
「だってよ、正直、バカじゃんか! 鬼馬鹿親子だぜ」

 龍也がムキになって言い返す。

「まあ待て。だが、タツの言うことはもっともだ」
「そんな、リュウヘイさんまで」

 立ち上がろうとした尚を、掌で制した。

「とっくに死んじまった兄と『いつまでも一緒にいたい』なんと言う母親につき合わされてみろ。しかもそんな母親と二人きりの毎日だ。息が詰まって然るべき環境じゃないか」

 然るべきなんて硬い言葉で説明されると、なぜか否定できなくなる。

「とどのつまり、相良は病んだ母親から逃げたのさ」
「で、オンナに引っかかった」
「ついでに危ない遊びにも興味を持った」

 龍也と竜平の会話は容赦ない。だがこれまでの経緯から見て、一番妥当だと思えるプロファイリングだ。

「悔しいけど、そうなのかな」

 尚もいやいやながら賛同する。

「どうして悔しい? なんでナオが相良なんぞの肩を持つのか、僕には分からんな」
「なんでって」

 言われてみれば、竜平の言う通りだ。なぜ自分は相良を庇うのか。

「きっと……」

 自転車置き場で見つけた時はあんなに無邪気だったしんちゃんが、今日は不安気に尋ねた。

 ――「お留守番、まあだ?」

 どれほどの心細さなのか、尚には想像もできない。でも、その不安を埋めてあげられるのは、幸せな家族に他ならないのだと思う。

「しんちゃんたちに係わる全ての人が善人であって欲しいのかな」

 どこまでもお人好しな尚の頭を、龍也がいつものようにクシャリと撫でた。その様子に竜平が目を細める。

「ところでナオ、塾の模試は良かったのだろう」

 ――忘れてなかったんだ!

 昨日、褒めてほしくて仕方がなかったことを思い出す。

「これ見てくださいっ」

 すぐにロッカーの中から無造作に畳まれたテストの結果を取り出して竜平に差し出した。

「僕、こんないい順位取ったの、初めてです」

 いつもトップの竜平にすれば、まだまだの成績だ。けれど竜平は目を細めて褒めてくれた。

「ナオが頑張ったからさ。勉強に関して言うならば、努力は裏切らないんだよ」
「はい!」

 ――これで母さんにも堂々と自慢できる。

 テスト結果と順位の記されたその紙を、今度は丁寧に畳み、学生鞄の内ポケットに仕舞った。
 最近よく出歩くせいで、母親からの「勉強は?」コールが絶えなかったのだ。
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