駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

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良夏の影

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 今日もすっかり遅くなり、結局、また龍也のバイクで帰宅した。
 バス停を過ぎたところで降ろしてもらうと、バイクを押しながら龍也がぼそっと言った。

「なあ、ナオの気持ちは分かるよ、けどよう」

 「けど」の後が続かない。

「いいよ、タツヤさんやリュウヘイさんの言うことの方が正しいよ。あんな風に子供を置いてけぼりにするんだもん。きっと歪んだ人達なんだよ」

 尚は龍也の愛車を後ろから押した。

「おい、いいよ。重くないし」
「嘘、歩くの遅いもん」

 そんな二人を見つめる人影がひとつ。

「あれ? あれって」

 龍也がその人影に気付いてバイクを押す足を止めた。そのせいで尚がつんのめる。

「うわぁ、もう! 急に止まらないでよぉ」
「いや、さっきその角でさ」

 人影はもうなかった。

「なに、誰かいた?」
「うんいや、いい」
「変なの」


「最近遅いのね」

  ただいまの後に待っていたのは、母の小言だ。

「それ、この間も言ってた」
「そう? じゃあ、この間も遅かったってことね」
「いいじゃん。みんなこのくらいだろ」
「なら遅くなるって、事前に言いなさいよ。こっちだって夕飯を作る時間も片付ける時間もあるんだから」

 小言から逃げるように階段を上がろうとして、でもやめた。

「これ」

 台所で不機嫌を背負ったままの母に、模擬テストの結果用紙を差し出した。

「あら、模試だったのね」

 ――なんだよ。模試があるって前に言ったのに、憶えてもないのかよ。

 週二の塾を週一に減らしたことだって、気付かないはずだ。少し気分が白けた。

「……すごいじゃない! 尚が十番以内だなんてどうしたの?」

 ――どうしたのはないだろ。

「勉強のできる先輩に教えてもらってた」
「塾で?」
「え、ああ、まあ」小さな嘘。
「だから遅かったのね。そんな理由だったら正直に言えばいいのよ。怒らないんだから」

 勝手に都合のいい解釈をして機嫌を直してくれ、しかも龍也がよくするように頭を撫でた。
 ツグミとは全然違う世間一般的母親。

「ナオ、お風呂沸いているから、すぐに入って。あなた、汗臭いわ」

 順位を見て満足したのか、母はさっさと台所仕事に戻ってしまった。

「なんだか疲れたなあ」

 湯船に浸かりながら目を閉じて、今日の出来事を振り返る。

 ――母になった時、そこに生まれる感情ってのは、きっと一生僕には理解できないだろうな。

 しんちゃんたちを拾った時に芽生えた母性のようなもの。けれどそれは、ツグミの行動や相良の母の思いと繋がることは無い。
 おまけに自分の母の言動――彼女らに共通して感じるのは、子供に対する所有感のようなもの。
 だから思うのだ。やっぱ、母親ってうっとおしい――と。そして確信する。

 ――僕は正真正銘男だって自信はないけど……けど、女にはなれないや。

 小さく膨らんだ胸をそっと揉んでみる。
 気持ちいい感触、愛らしい姿。でも尚には、これが母乳をあげるための器官だとは到底思えない。これを失いたくないのはただ、自分自身を改造したくないというか、ありのままの自分を受け入れたい意地のようのものにすぎないと、改めて思った。
 勢いよく立ち上がると、少しふらついた。湯に浸かりすぎたみたいだ。クラっとした弾みで、下半身に目が行く。

 ――粗末なミニサイズのウインナー。

「あ~あ。勝手に大きくなってくれたらいいのにな」



「こんにちは~」

 日曜の昼前、霧島家を女の子が訪ねてきた。

「あら、良夏ちゃん。久しぶりね」

 幼なじみの良夏だった。

「ナオ君、います?」

 小学生の頃と変わらない愛らしさ。尚の母親にとっては、好感度の高い、尚の友人の一人。

「あいにくねえ。あの子、最近新しいお友達ができたみたいで、ここんところ、朝早くから出かけるのよ。帰りも遅いし、困ったものだわ」

 本気で困ってはいないことくらい、良夏にだってわかる。

 ――言いながら、笑ってるじゃない。まあ、ずっと引きこもっていた息子に〈お友達〉ができたんだもん。嬉しいのは分からないでもないけどさ。

 もちろん、そんな理由で尚の母親の機嫌が良いわけではない。
 彼女は昨夜の尚の成績を見て、ゴールデンウィーク中の尚の行動を全て認めてしまっただけなのだが。

「帰り、遅いんですかあ?」
「まあね。あのくらいの男の子だったら普通の時間なんだけどね、今まで学校から直帰だったでしょう。ちょっと心配したのよ」
「あのね、そのことだけど……」


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