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八
相良比呂人のプロフィール
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一方尚は、早々とニュー佐野ビルに到着したものの、部室に行こうかどうか思案していた。
「おはよう、ナオ君。どうしたんだい。入らないのかな?」
観葉植物の手入れをしていた佐野が、尚に気付いて声をかけた。
「おはようございます。タツヤさん、もう起きてるかな?」
「う~ん、まだ寝ているんじゃないかな。昨晩はずいぶん遅くまで帰って来なかったからね」
尚の知らない龍也の日常。
「まだ部室に行かないのなら、我が家で一緒に朝食でもどう?」
もう十時を過ぎている。朝食には遅い時間だ。
「梨花の日曜は遅いんですよ。それに君もまだでしょ?」
――クウ~。
赤面! そう、さっきから、お腹が鳴って仕方がなかったのだ。
「ちょ~、やあだー。まだスッピンなのに!」
佐野氏が尚を連れて帰って来たものだから、梨花は大慌てで髪をまとめた。
恥ずかしがるような素顔じゃないのに――と、尚は思う。――眉毛は無いけど(笑)
「あー! ナオ君、今笑ったでしょ」
尚は慌てて首を横に振った。
冗談を言いながら彼女はいつもの香り豊かなコーヒーを点てた。
「今日も母親探しですか?」
温め直したバターロールをちぎりながら、佐野が尚に尋ねた。
「だいたいは核心に迫ったと思うんです」
質問に肯定はしなかったが、一応、昨日までの出来事の順を追って説明した。
「……パズルねえ。リュウヘイ君らしい考え方だね」
「佐野先生はどう思います?」
「迂闊なことは言えないけどさ、あたしは相良って少年がナナコちゃんの父親って可能性は高い気がするわね。でないと子持ちのオンナを母親に隠れて住まわせたりしないんじゃない」
佐野ではなく、梨花が答えた。
「じゃあ、ナナコちゃんを出産するまで、ずっとあの部屋に住んでいたってことかい? それはないでしょう」
「あら、あなた、通い妻って手もあるわ。しんちゃんを育てながらどこかで住んでいたんだから」
――通い妻って……。
画像でしか知らないツグミ。情報だけの相良比呂斗――二人が同棲していたという想像はつくものの、通い妻だの出産だのという現実的な単語は似合わないと感じる。
「決め手は、二人がどこで出会ったか、でしょうね。まあ、そうなると警察の管轄ですから、深入りは禁物ですよ」
児相の音無同様、佐野氏が尚に釘を刺す。
オレンジを食べた後にコーヒーを口に含むと、ライトローストのフルーティーさがぶち壊しになった。舌の脇で酸味と苦みが喧嘩している。
――今日は独りで探偵ごっこかなあ。
漠然と思った。
*
「こいつが相良比呂斗だ」
とりあえず部室を覗くと、竜平が来ていた。暇つぶしなのだと言う。竜平がテーブルに置いたのは、新学期のクラス写真だ。
「まあ、この後すぐに不登校、退学となったがな」
中等部と高等部の制服は同じなのだが、ネクタイの色が違う。だから中学から着ていた肘のテカったジャケット姿の生徒が多い。それに真新しいネクタイが浮いて見える。
だが相良比呂斗は真新しい制服に身を包んでいた。白けた顔でカメラじゃないどこかを向いた視線。指で差されなければ、彼の存在など気付かない。後ろから二段目左から五番目、坊ちゃん刈りの目立たぬ男子生徒A。今は犯罪の疑いを持つ家出少年A。
「……あれ、この人」
「知っているのか?」
――知っているのかなあ。どこかで見かけたんだ。
もちろん、同じ学校に通っていたのだ。しかも自転車で通える範囲に住んでいる。どこかですれ違っていても不思議はない。
「そういや、模試の結果は親に見せたのか?」
「あ、塾だ!」
模試で思い出した。
「あのね、あの日受けた模試のクラスにいたんだ。この人」
「中学生の模試にか?」
竜平が訝しげに問い返す。
「うん。高一の補習組も同じ模試を受けなきゃいけなくってさ、けっこう鬼畜な仕打ちだって、みんな、ブーブー言っていましたよ」
しかし塾にも友人などいない尚には、誰が中等部で誰が高等部なのか、また誰が他校の生徒なのかすらわからない。
「あの教室の中ではちょっとお洒落な感じだった。こんな髪型じゃなくて、セットしていて。不自然な黒だったから憶えてるよ。如何にも黒に染めたって感じのマットな青黒いブラックヘアーが印象に残ったんだ」
写真の少年のどこを見ているのかわからない目。それもそのままそっくりだ。
――間違いない。
模試は先月の末。この日はまだ、家族ごっこの最中だったのだろうか。この日からわずか一週間足らずで、相良は手配され、カノジョは「探さないで」の言葉と共に子供を棄てたのだ。
「しかし、学校を辞めても塾は止めないのか。変な奴だ」
「それ、何となくわかります。相良君の気持ち」
制服姿の写真を見たせいで、尚の中の〈少年A〉は同じ学園に通っていた〈相良君〉へと変化した。
「学校って緊張します。周りの眼とか、クラスメイトの会話の内容とかに過敏に反応してしまう。でも塾ってそういうの無しで通えるから」
「そういうもんか?」
竜平は塾など通っていない。というか、彼にそんなものは必要なかった。
「だが塾に行くってことは、大学受験は諦めていないってことなんだろうな」
――あ、出た。大学受験……。
尚自身はまだ進路など考えていない。
――相良君は受験を視野に入れていたんだ。なのになんで……
「それにしても、タツの奴、遅いな」
竜平がオフィス机に向かい、パソコンの電源を入れた。
「そうですね」
尚は上の空で返事をした。そしていつもの青いポシェットを斜めがけにして立ち上がった。
「僕、ちょっと思い出したことがあるから、塾に行って来ます」
「ナオ、どこへ行く?」
尚の言葉が聞き取れず、聞き返した時にはすでにパタンとドアの閉まる音が響いた。
「おはよう、ナオ君。どうしたんだい。入らないのかな?」
観葉植物の手入れをしていた佐野が、尚に気付いて声をかけた。
「おはようございます。タツヤさん、もう起きてるかな?」
「う~ん、まだ寝ているんじゃないかな。昨晩はずいぶん遅くまで帰って来なかったからね」
尚の知らない龍也の日常。
「まだ部室に行かないのなら、我が家で一緒に朝食でもどう?」
もう十時を過ぎている。朝食には遅い時間だ。
「梨花の日曜は遅いんですよ。それに君もまだでしょ?」
――クウ~。
赤面! そう、さっきから、お腹が鳴って仕方がなかったのだ。
「ちょ~、やあだー。まだスッピンなのに!」
佐野氏が尚を連れて帰って来たものだから、梨花は大慌てで髪をまとめた。
恥ずかしがるような素顔じゃないのに――と、尚は思う。――眉毛は無いけど(笑)
「あー! ナオ君、今笑ったでしょ」
尚は慌てて首を横に振った。
冗談を言いながら彼女はいつもの香り豊かなコーヒーを点てた。
「今日も母親探しですか?」
温め直したバターロールをちぎりながら、佐野が尚に尋ねた。
「だいたいは核心に迫ったと思うんです」
質問に肯定はしなかったが、一応、昨日までの出来事の順を追って説明した。
「……パズルねえ。リュウヘイ君らしい考え方だね」
「佐野先生はどう思います?」
「迂闊なことは言えないけどさ、あたしは相良って少年がナナコちゃんの父親って可能性は高い気がするわね。でないと子持ちのオンナを母親に隠れて住まわせたりしないんじゃない」
佐野ではなく、梨花が答えた。
「じゃあ、ナナコちゃんを出産するまで、ずっとあの部屋に住んでいたってことかい? それはないでしょう」
「あら、あなた、通い妻って手もあるわ。しんちゃんを育てながらどこかで住んでいたんだから」
――通い妻って……。
画像でしか知らないツグミ。情報だけの相良比呂斗――二人が同棲していたという想像はつくものの、通い妻だの出産だのという現実的な単語は似合わないと感じる。
「決め手は、二人がどこで出会ったか、でしょうね。まあ、そうなると警察の管轄ですから、深入りは禁物ですよ」
児相の音無同様、佐野氏が尚に釘を刺す。
オレンジを食べた後にコーヒーを口に含むと、ライトローストのフルーティーさがぶち壊しになった。舌の脇で酸味と苦みが喧嘩している。
――今日は独りで探偵ごっこかなあ。
漠然と思った。
*
「こいつが相良比呂斗だ」
とりあえず部室を覗くと、竜平が来ていた。暇つぶしなのだと言う。竜平がテーブルに置いたのは、新学期のクラス写真だ。
「まあ、この後すぐに不登校、退学となったがな」
中等部と高等部の制服は同じなのだが、ネクタイの色が違う。だから中学から着ていた肘のテカったジャケット姿の生徒が多い。それに真新しいネクタイが浮いて見える。
だが相良比呂斗は真新しい制服に身を包んでいた。白けた顔でカメラじゃないどこかを向いた視線。指で差されなければ、彼の存在など気付かない。後ろから二段目左から五番目、坊ちゃん刈りの目立たぬ男子生徒A。今は犯罪の疑いを持つ家出少年A。
「……あれ、この人」
「知っているのか?」
――知っているのかなあ。どこかで見かけたんだ。
もちろん、同じ学校に通っていたのだ。しかも自転車で通える範囲に住んでいる。どこかですれ違っていても不思議はない。
「そういや、模試の結果は親に見せたのか?」
「あ、塾だ!」
模試で思い出した。
「あのね、あの日受けた模試のクラスにいたんだ。この人」
「中学生の模試にか?」
竜平が訝しげに問い返す。
「うん。高一の補習組も同じ模試を受けなきゃいけなくってさ、けっこう鬼畜な仕打ちだって、みんな、ブーブー言っていましたよ」
しかし塾にも友人などいない尚には、誰が中等部で誰が高等部なのか、また誰が他校の生徒なのかすらわからない。
「あの教室の中ではちょっとお洒落な感じだった。こんな髪型じゃなくて、セットしていて。不自然な黒だったから憶えてるよ。如何にも黒に染めたって感じのマットな青黒いブラックヘアーが印象に残ったんだ」
写真の少年のどこを見ているのかわからない目。それもそのままそっくりだ。
――間違いない。
模試は先月の末。この日はまだ、家族ごっこの最中だったのだろうか。この日からわずか一週間足らずで、相良は手配され、カノジョは「探さないで」の言葉と共に子供を棄てたのだ。
「しかし、学校を辞めても塾は止めないのか。変な奴だ」
「それ、何となくわかります。相良君の気持ち」
制服姿の写真を見たせいで、尚の中の〈少年A〉は同じ学園に通っていた〈相良君〉へと変化した。
「学校って緊張します。周りの眼とか、クラスメイトの会話の内容とかに過敏に反応してしまう。でも塾ってそういうの無しで通えるから」
「そういうもんか?」
竜平は塾など通っていない。というか、彼にそんなものは必要なかった。
「だが塾に行くってことは、大学受験は諦めていないってことなんだろうな」
――あ、出た。大学受験……。
尚自身はまだ進路など考えていない。
――相良君は受験を視野に入れていたんだ。なのになんで……
「それにしても、タツの奴、遅いな」
竜平がオフィス机に向かい、パソコンの電源を入れた。
「そうですね」
尚は上の空で返事をした。そしていつもの青いポシェットを斜めがけにして立ち上がった。
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初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
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