満月

二見

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湖月

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 駐車場にバイクを泊め、圭一はペンションの中に入っていった。ペンションは想像より小さく、部屋数はわずか5つと非常に少ない。あまり客が来ない証拠だろう。圭一は手続きを終え、部屋に荷物を置いた。部屋の中は殺風景で、ベッドと机と椅子と冷蔵庫くらいしか、目立つものはなかった。オーナーに聞いてみたところ、ネット環境は整っているらしいので、持ってきたパソコンが無駄になることはなかった。これで何とか夜の暇は潰せるだろう。他にもガイドブックや小説なども持ってきてはいるが、現代人の圭一にとってはネットが何よりの暇つぶしになっていた。

 少し休んだ後、圭一は目的の湖に向かった。ネットの情報によると、湖はペンションから徒歩十分で着く距離らしい。思ったほど遠くはなかったので、圭一は周りの景色を楽しみながらゆっくりと歩くことにした。都会の汚れきった空気と違い、ここの空気は新鮮で美味しい。できることなら、いつまでもこの地に住んでいたいと思わせるほどだった。先に進むと、生い茂る草木が、道を狭くしていた。草木をかき分け、さらに先へ進むと、そこには辺り一面に広がる湖があった。
 湖は、空を綺麗に反射している。水が透き通っている証拠だ。湖の奥にそびえ立つ山や、その周りの木々も湖のキャンパスに描かれている。ここが日本であることを、忘れさせるような美しさだ。

「すごいな……」

 圭一の口からは、月並みな感想しか出てこなかった。圭一の語彙が乏しいこともあるが、この景色を一度目に焼き付けてしまうと、誰もが考えることを放棄してしまうだろう。今は夕焼け空だが、朝方の空や真夜中の空を反射した湖も見てみたいものだ。

「まあ、真夜中にもう一度来るつもりだったけど」

 その理由は、この湖の名前にもなっている湖月だった。この湖が湖月と呼ばれるようになった理由は、真夜中の月が反射した湖が、まるで幻想世界へと誘うかのような魅力を持っているから、という感想がネットで噂になったからだ。つまり、湖月という名前は正式名称ではなく、この湖に訪れた人々が勝手につけた名前なのである。とはいっても、近くにあるペンションのオーナーも湖月という名前を使っていることから、実質的には正式名称になってきている。

 圭一の最大の目的は、真夜中の湖に浮かんでいる月を見ることだった。その光景を見るために、湖月にきたようなものだ。今の時間に湖月へとやって来たのは、本番のための予行練習のため、といったところか。
それにしても、前もって湖月を偵察に来たのは正解だった。本命は真夜中の湖だが、夕焼け空が反射した湖も、素晴らしいものだということがわかった。それだけでもここに来た甲斐があったというものだ。

「そうだ、せっかくだから……」

 圭一は携帯電話を取り出し、カメラアプリを起動した。この景色を、写真に収めることにしたのだ。最初は目に焼き付けるだけで十分だと思っていたが、こうも綺麗な景色を見せられると、旅が終わった後も見たくなってしまう。旅の思い出として、アルバムに保存しておこう。この景色は、圭一の旅のいい思い出となった。

 数枚の写真を撮り終えたところで、圭一は一旦ペンションへと戻ることにした。もうそろそろ夕食の時間だ。丁度圭一の腹も空いてきた。
 一体どんな料理が出るのだろうか、と圭一は夕食の内容を考えながらペンションへと戻って行った。
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