不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく

桜乃マヒロ

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旅行と祭りと壮行会と

傷心旅行の選択肢 前編

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 ……………………。
 …………………………。

「……………」
「姉さん、この資料なんだけど……」
「……うん」
「ここのページって本当に……」
「うん……うん……」
「……姉さん?」
「うん」
「えっと……どうかした?」
「うん」
「…………」
「…………」
「声に反射で『うん』って言ってるんだ……」
「うん……」
「過去一で深刻かも……多分、僕のせいなんだよね……」
「…………」
「……仕事、全然進んでないけど、大丈夫だからね。僕が代わりに全部やっておくから」



 ──…………。

「……あ」

 頭の中が真っ白になって、頭の中で状況整理しながら最悪の想定を否定し続けていると、気付いたときには窓から射す日の色が赤く染まっていた。
 時計を見れば、先ほど見た時から二時間ほど針が進んでいる。

「……しまった。仕事、何も手をつけて……あれ?」

 手元の書類が完成してる……私、勝手に?

 ……いや、この字は私じゃなくて護だ……。
 私が動かなくなったからやってくれたんだ……。
 そういえば、護は?

 なんだか怯えるような、そんな恐る恐るな気持ちで辺りに視線をやると、案外すぐにその姿は見つかった。

「…………」
「あ……」

 普通にいる……か。
 いや、普通に考えればそれはそうだよね……。

 護は自分の席で山積みの書類を一人で処理していた。
 しかし、異様に進みが早い。
 次から次へと心配になる程の集中力で無心にペンを走らせ、キーボードを打ち込んでいる。
 よく観察してみれば、すでに処理された書類の山は残っている書類の二倍ほど積み上がっている。

「……護」
「……! ああ、姉さん。おかえりなさい」

 おかえりなさい……なんか、今日はその言葉をよく言われる気がする。それも正しくない使い方で。

「…………」
「……姉さん、どうかした?」

 護は私の声に反応するけど……やはり目が合わない。
 夢を見ていた訳ではないけど、全部悪い夢であってくれたらなんて、意識を取り戻したら全部元通りで、何事もなかったかのように私の顔を見てくれたらってそう思っていたけど……。

 やはりそう現実は甘くなかった。

「……ううん。それより、仕事やってくれてたんだ」
「うん、言ったでしょ? 今日こそは本当に大丈夫だって。ほら、姉さんの分も合わせてこんなに終わったんだよ?」
「……そう、だね……」

 護はそう言って完了した仕事の山を指差し、急に自身ありげな、まるで自分の頑張りを褒めてもらおうと成果を誇示する幼子のような態度と表情を見せる。
 その顔は、いつも通りではなかったけど、到底嘘や作り物に見えなかった。

「うん、こんなに出来たんだ……すごいね、護は」
「ようやく、ほんの少し姉さんの力になれた気がするよ」

 一体、護の顔はどれが本物でどれが偽物なんだろう。

 今のこの子供みたいな笑顔は心からのものなんだろうか、最近浮かべているいつも通りの笑顔はやっぱり作り物なんだろうか、何故よりにもよって、さっき浮かべたあの引き攣った表情が一番本物に見えてしまうんだろうか。

 何を考えているか分からない、今私はこれ以上ないほどにその真実を知らなければいけないのに。
 信じたくない、信じられない。

 だから私は、今目の前にある笑顔だけを信じる事でしか、護の前で笑顔を保つことが出来なかった。



 ──…………。

「ねぇ美咲~……私、嫌われちゃったのかなぁ……」
『もう……なんでもっと面倒くさいことになっちゃうのかなぁ』

 一人っきりの自室で、若干涙ぐんだ私の声が静かに響く。
 そんな声を受け、電話からは呆れた声が帰ってきた。

『本当、柊和って護君のことになった途端にとんと不器用になっちゃうんだから……』
「だってぇ……」
『だってじゃない! ……で、絶対あり得ないと思うけど……柊和が護君に嫌われたって?』
「うん……」
『なにがあったらそんな風に思える訳? 私は、護君が柊和を嫌いになるのも、そのまた逆も、全くイメージできないんだけど……』
「あのね……」

 相談に乗ってもらう形で美咲に私の不安や護の異変を事細かに説明していく。
 誰かに否定してもらいたいという期待はあったんだけど、でも説明すればするほどに気持ちが落ち込んでいってるのも克明に自覚できてしまった。

『う~ん……全く顔を合わせてくれなくて、あったらあったで引き攣った顔を見せる……ねえ』
「うん……それに、私が何を悩んでるか心配しても言いたくないって拒絶されて……」
『そこに関しては比較的おかしいようには思えないけどね。まあ、護君は柊和を盲信してるとこあるから、そこまで頑なに秘密にするのも、不思議といえば不思議なんだけど……』

 拒絶に関しては美咲からすればそこまでの事ではないようだ。まあ、他二つの異変と比べれば、これだけ別問題な感じは私もしていた。

「美咲から見て、どう思う?」
『……その前に念のため、護君がおかしいのは柊和の気のせいってことは無いんだよね?』
「うん、間違いないよ。護のあの顔は、今でも瞼に焼き付いてるみたいで、寸分違わず鮮明に思い出せるし。それに目を合わせてくれないのも、言われてからずっと観察してたから、いつも以上に記憶もはっきりしてる」
『じゃあ間違いないんだ……。でも、そう言われてもやっぱり護君が柊和を見てっていうのは信じがたいなぁ……』

 幸い、美咲は護の異変に強く懐疑的な姿勢を崩さない。
 例え本当に護が私に対して顔を引き攣らせたり、目を合わせてくれなかったとしても、安直に嫌いになったと結論づけないで、他に何かしらの理由があるはずと考え続けてくれるのは私にとっても救いだった。

『……その火傷って確か、昔、護君のために出来た物なんだよね?』
「うん、そうだよ」

 だから、本来は私の誇りであるはずなんだけど、今だけは自信を持って誰かに胸を張ることが出来ない。
 まるで一年前の文化祭以前に戻ったような気分だ。
 そういえばあの時は護も、私の火傷をカッコいいと言ってくれたんだよなぁ……。

 私だって、何度考えようともやっぱり冷静に考えれば考えるほど、護が私の火傷に嫌悪感を示すなんてあり得ない、という結論に毎度必ず至る。
 なのに、今日見たあの表情がその答えに強く『NO』を突きつけてその度に思考をリセットしてしまう。

『やっぱり私は、絶対に護君が火傷に、まして柊和に嫌悪するなんてことはあり得ないって断言するよ』
「美咲……」
『二人をよく知る第三者として、確信する。護君が変な理由に心当たりは全然ないけど、それだけは分かるよ。……護君の気持ちは、そう簡単に変わったりしない』

 美咲の言ってることは私と全く同じだ。
 私と同じで、『理由は分からないけどあり得ない』と思っているだけで、同じ意見が二つあっても、私にはない視点や意見をくれたりして、悩みが解決したりすることがあるわけでもない。

 ……けど、それでも。
 他の誰でもない、今一番私たちを近くから見続けている美咲が、私と同じであるというのは、これ以上なく心強いことでもあった。
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