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夕陽の誓い

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「綺麗ねぇ」

 プリシラは思わず呟いた。夕陽は海の水面を淡く照らし、キラキラと輝いている。タップはプリシラの腕の中で、大あくびをしながら答えた。

『人間ってのは変わってるなぁ。日がのぼって沈むなんて当たり前だろう。何で見たがるんだ?』
「そうねぇ。当たり前な事を見る事ができる幸せをかみしめているんだと思う」
『当たり前が幸せ?』
「そうよ。人間の幸せは、ちょっとした事ですぐ壊れてしまう。その時に初めて、普通がいかに幸せだったかって気づくのよ。だから公爵さまと奥さまは、今とても幸せなのよ」

 タップは興味なさげに、ふうんと答えた。プリシラは浜辺にたたずむ老夫婦ごしに、自然の芸術を堪能した。

 やがて日が沈み、辺りは夕闇に包まれた。これ以上浜辺にいては、パルヴィス公爵夫妻の身体が冷えてしまう。プリシラは夫妻に声をかけた。

「公爵さま、奥さま。そろそろ戻りましょう。海風はお身体にさわります」

 パルヴィス公爵夫妻は、おだやかな笑顔で戻って来た。パルヴィス公爵は妻をしっかり抱きしめたまま、言った。

「プリシラ、タップ。わしらのために、本当にありがとう。プリシラ、もう一つ願いを聞いてくれないだろうか?」
「はい、私にできる事でしたら何なりと」

 パルヴィス公爵は、妻と微笑みあったから口を開いた。

「プリシラ。そなたをわしら夫婦の養女にしたいのだ。どうか受け入れてくれないだろうか?」

 笑顔だったプリシラの顔が、ピシリと固まった。プリシラがパルヴィス公爵の養女になる。その言葉を耳で聞いても、頭で情報を処理する事が追いつかなかった。

「こ、公爵さま!いけません。私は平民です。公爵家の養女など恐れ多いです」
「プリシラ。申し訳ないと思ったが、そなたの出自を調べたのだ。そなたはベルニ子爵家の次女だ。貴族の教育を受けているそなたならば、パルヴィス公爵家の令嬢になっても、なんら困る事はないだろう」

 プリシラがなおも渋っていると、公爵夫人がプリシラの手を取って言った。

「お願いよ、プリシラ。わたくしたちには子供がいないわ。貴女が娘になってくれたら、わたくしたちの残り少ない人生がどれほど楽しくなるでしょう。それにね、プリシラはトビーのお姉さんでしょ?わたくしたちがトビーの助けになりたくても、トビーが困った時に、もうわたくしたちはこの世にいないかもしれない。だけど姉であるプリシラが公爵令嬢ならば、トビーを助けてあげられるでしょ?」

 プリシラはパルヴィス公爵夫妻に、トビーと姉弟になったと話した事がある。公爵夫妻はそれを覚えていたのだ。

 自分がパルヴィス公爵家の養女になり、公爵令嬢になるなど、恐れおおくてとてもなれるとは思えなかった。だがもしパルヴィス公爵夫妻が公爵という身分ではなく、平民の老夫婦だったら、プリシラは養女になりたいと思った。優しくて穏やかな老夫婦の養女に。プリシラはしばらく考えてから口を開いた。

「公爵さま、奥さま。私は両親には捨てられましたが、実の姉は私の事を大事にしてくれました。姉に相談してもよろしいですか?」

 プリシラの提案を、パルヴィス公爵夫妻は快諾した。善は急げと公爵夫妻にせきたてられ、プリシラは通信魔法具のペンダントに語りかけた。

「お姉ちゃん、今大丈夫?」
「どうしたの?プリシラ」

 姉はすぐに浜辺にやって来た。


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