聖女なんかじゃありません保育士です

盛平

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脱獄です

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 私はしばらく目をつぶってセネカたちの寝息を聞いていたが、グズッグズという音でふたたび目を開けた。私は静かにベッドから起き上がり、鉄格子の前のパーテーションまでやってきた。私はパーテーションの一枚を消す。そこには鉄格子に寄りかかり、しゃがみこんでグズッグズいっている兵士の姿があった。私は近寄って小さく声をかけた。

「泣いてるの?」
「バカ言え、目から鼻水が出てるだけだ」

 私は、やっぱり泣いてるんじゃんと思ったがそれ以上は何も言わず、鉄格子から手を出し、オボンの上にコーンスープの入ったマグカップと、焼きたてのパンを取り出した。そして兵士に言葉をかける。

「食べて、お腹すいてるでしょ?」

 兵士は手でパンを掴むと、一口かじった。

「美味い、白いパンは久しぶりに食った」
「私はもみじ、あなたは?」
「・・・、ダグ」
「ダグ、さっきあなた、俺たち人間を助けろってどういう意味?」
「・・・、俺はガキの頃捕虜としてトーランド国に来た。捕虜のガキなんてトーランド国の人間にとっちゃ厄介者だ。学もねぇ、金もねぇ。生きるためには盗賊になるか兵士になるしかなかった。トーランド国の兵士と捕虜の兵士には明確な身分の差がある。俺みたいな敵国の兵士には人権なんかはねぇんだ」
「・・・、ダグのご両親は?」
「トーランドの兵士に殺された」
「!」
「もみじがガキどもに寝る前にお話を聞かせていたら、昔のお袋の事を思い出しちまった。ガキども、怖がらせて悪かった」

 このダグという兵士は根は悪い人じゃない。きっと優しい青年なのだろう。

「ねぇ、ダグ。みんなは私の事を聖女だというけれど、私は自分に何ができるかなんてわからない。だけど、セネカとヒミカのお母さんを探したらきっとここに戻ってくるわ」
「ガキどものお袋は生きているのか?」
「私はそう信じてる」
「そっか、ガキども、お袋に会えるといいな。もみじ、もう少しだけここで待ってろ。じきにリュート様がお前たちを出してくれる」

 リュート。彼の名前に、私はハッとした。私たちをお城に連れて来た人。

「ねぇダグ、リュートって何者なの?王さまが信頼しているようだったけれど」
「リュート様はトーランド国の騎士団長だ。とても立派な方で、俺たち半端もんの希望なんだ。いずれ俺たちみたいな半端もんたちも安心して暮らせる国にしてくれるって言ってくださったんだ」

 ダグは顔をほころばせてリュートの事を語った。でも、と私は考える。ダグのような敵国の捕虜たちが暮らしやすくなるのはいい事だけど、あのトーランド国の王さまがハイそうですかなんて実行してくれるわけないだろう。もしリュートが捕虜たちも安心して暮らせる国にしたら、それってクーデターって事にならないかしら。私が考えても仕方がない事を考えていると、鉄格子の前に二人の男が現れた。一人は先ほどの話にも出ていた騎士団長のリュート。その隣には十五、六歳くらいだろうか、金髪で青い瞳の美少年が立っていた。リュートは私を見て、というか牢屋の中を見て驚いたようだ。リュートが慌てて話しかける。

「遅れて申し訳ありません、聖女さま。ですが何ですかこの牢屋の中は、ここで暮らすつもりですか!?」
「はぁ、そんなつもりはなかったんですけど、何もなかったもので」

 どうやらリュートは早く私たちを逃がそうとしてくれているようで、セネカたちを起こしてくれとせっつかれた。せっかく寝たのに。可哀想だけど私はセネカたちをゆり起こす。セネカもヒミカも寝ぼけまなこだ。私は起きた二人のパジャマをズボンとワンピースに変え、私自身も登山ルックに変える。そして出現させたベッド、テーブル、いす、お風呂も消してしまう。すべて元どおりの牢屋にした。リュートはセネカとヒミカの姿を見てひどく驚いたようだ。

「聖女さま、獣人の子供たちの拘束魔法具の首輪はどうされたのですか?」

 私が邪魔なので外しましたと言うと、さらに驚いているようだっだ。リュートはセネカに声をかけた。

「獣人の少年、この鉄格子を壊す事できるかい?」

 セネカはうなずいて、鉄格子に手をかけた。すると、まるで粘土のように鉄格子がグニャリと曲がり、私たちが通り抜けられるくらいの出口ができた。私たちは牢屋から出る事が出来た。リュートはしきりに私の事を聖女さまと呼ぶので、私はいたたまれなくなり自分から自己紹介をした。

「助けてくれてありがとう。貴方はリュートというんでしょ?私はもみじ。そう呼んでください。そしてこっちがセネカとヒミカです」

 リュートは目を丸くして私たちを見た。そして私たちに笑顔で言った。

「はい、もみじさま。セネカ、ヒミカ」

 私は少し笑ってリュートの横に立つ美少年を見た。美少年は、私の視線に気づくと笑顔で話した出した。

「申し遅れましたもみじさま。私はトーランド国第二王子ユーリと申します」

 えっ、トーランド国の第二王子って、あの失礼な王さまの子供って事?!あの太っちょの王子さまの弟って事?!全然似てない、本当に血がつながっているのかしら。そう思いながら、私はある事に気がついた。ユーリは首輪をしているのだ。セネカたちがしていた魔力を抑える首輪を。私の不躾な視線に気づいたリュートが補足の言葉を続ける。

「ユーリさまは第二王子ですが、お母さまはお妃さまではありません。市井の方でした、そしてユーリさまのお母さまは獣人だったのです。国王陛下はユーリさまのお母さまが獣人である事を知ると、たいそうお怒りになり、お母さまを処刑しました」

 私はヒュッと息を飲んだ。なんてひどい事を、ユーリのお母さんは、獣人だったというだけで殺されてしまうなんて。リュートはさらに続ける。

「ですが国王陛下も御身の血が流れているユーリさまを殺めるのは気がとがめたのでしょう。半獣人のユーリさまが逃げないように拘束魔法具の首輪をつけてこの歳まで監禁していたのです。もみじさま、ユーリさまの首輪も外していただけませんか?この首輪は鍵かないと外す事ができないのです。もみじさまの能力ちからなら外す事ができるはずです」

 私はうなずいてユーリの首輪に手をかけた。ユーリは小さい頃からずっと首輪をしていたなんて、なんて可哀想なのだろう。私はカチャカチャと音をさせて首輪を外す。ユーリは自身の首をさすりとても嬉しいそうだ。私にありがとうと言ってくれた。だがリュートは私にもう一度お願いをした。

「ありがとうございます、もみじさま。ですが、ユーリさまの首輪をもう一度作ってもらえますか?今度は魔力の無い見せかけだけの首輪を」

 私は理解した。ユーリが首輪を外すと、周りの人間が恐れるのだ、半獣人の力で攻撃されないかと。私はうなずいて目をつぶった。すると私の手には先ほど外した首輪と似たような首輪が現れた。でも似ているのは見た目だけで素材はプラスチックだ。今までの首輪よりとても軽い。リュートはその首輪をユーリにつけた。ユーリは今までのより軽くて苦しくないと言って、私にまた礼を言った。私はユーリからリュートに向き直って言う。

「次はあなたの番よ。リュート、あなたも拘束具しているわね?」

 リュートはハッとしてからためらいがちに右手を差し出した。リュートの右手首には鉄の腕輪がされていた。私はリュートの腕輪も外す。そしてその腕輪にそっくりなプラスチックの腕輪をリュートの右手にはめる。リュートは、ユーリの首輪とリュートの腕輪を右手で掴むと、あっと言う間に粉々にしてしまった。リュートは私の顔を見ると厳しい表情で言った。

「ありがとうございます、もみじさま。あまり時間がありません、この場から離れましょう。ダグ!」
「はい!」

 リュートの言葉にダグが答える。ダグはセネカとヒミカの側にしゃがみこむと二人に声をかけた。

「お前ら、八つ当たりして悪かった。お袋さん見つかるといいな」

 ダグの言葉にセネカとヒミカは笑ってうなずいた。それからダグはリュートの側まで行くと、リュートに背中を向けた。私は訳が分からずそのまま見ていると、リュートがいきなりダグの後頭部を殴ったのだ。私はキャアッと悲鳴をあげた。

「ダグ!リュート!何するの!?」
「ダグに嫌疑をかからなくするためです。あくまでももみじさまとセネカとヒミカは自力で逃げたと思わせなければいけません」

 そうか、ダグが何の怪我もなく牢屋の前にいれば私たちの脱走を手助けした事になってしまうのか。私は納得はしたものの、どうしたって可哀想と思ってしまう。私は手の中に空の香水瓶を取り出し、わさびのチューブを取り出した。チューブからわさびをひねり出し匂いをかぐ。ツーンとした匂いで私の目から涙がポロポロ出てきた。私がヒミカに香水瓶を渡すと、ヒミカは心得たように私の涙を香水瓶の中に入れる。私はヒミカから香水瓶を受け取り、しっかりと栓をすると、リュートに渡した。

「私の涙は怪我を治す事ができるみたいなの。ダグが起きたらかけてあげて」

 リュートは驚いた顔をした後笑ってうなずいた。そして隣のユーリに声をかける。

「ユーリさま、いけますか?」
「はい、何とかいけそうです」

 ユーリはギュッと目をきつくつぶった。すると突然ユーリの頭から狼の耳がとび出した。そしてお尻からは尻尾が出ている。それを見たリュートも目をつぶる。リュートの頭からは角が二本生えていた。そしてリュートはツカツカと私の前まで来ると、おもむろにに私を抱き上げた。私はびっくりしすぎてキャッと声を出した。ユーリはセネカとヒミカを両脇に抱えた。

 すると二人は目にも留まらぬ速さで地下から駆け上がり、城内を抜け、城壁の前まで来た。ユーリは止まらずにセネカとヒミカを抱えながら見上げるほどの城壁を駆け登った。そんなユーリを私は呆然と見上げていると、リュートは私の耳元で、しっかり掴まっていてと言った。私は訳がわからずリュートを見ると、リュートの背中からコウモリのような翼がとび出した。リュートは翼をはばたかせると上空に飛び上がった。リュートは城壁を難なく飛び越え、先を走っているユーリにすぐさま追いついた。私今空飛んでる、私は顔に当たる風の強さを実感した。リュートが私にささやく。

「このまま山まで行きましょう」

 リュートとユーリはセネカたちが暮らしていた山まで私たちを送ってくれた。別れ際リュートが私に小さな手鏡を手渡した。私が手鏡を見つめると、リュートが説明した。

「これは通信用の魔法具です。何か困った事があったら私に連絡できます」

 そう言ってリュートはユーリを脇に抱えて飛んで帰ってしまった。辺りは明るくなり、もう夜は明けていた。






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