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第5話 触れられない距離
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マッキーの店――スナック「パッション」はネオン通りから一本外れた細い路地の奥にあった。
細い階段を上がった二階には、いくつかの看板が立ち並んでいた。
「うちの店、一番奥やねん」
廊下を歩いていると手前の扉が開いた。
ガチャリ
「あら、マッキー、今から?」
「うん。
さゆりママこんばんは」
「めずらしいわね。
マッキーが同伴出勤なんて。
すっごい、男前じゃないの。
ひょっとして彼氏さん?」
さゆりと呼ばれる女性が俺の方を見て、軽く会釈する。
俺もあわせて会釈した。
「何言うてんの。
単なるお客さんよ、お客さん」
マッキーは笑いながら右手を左右に振る。
「あら、そうなの?
あなた、マッキーをよろしくね。
たまにはうちの店にも来てね。
美味しい天ぷら食べさせてあげるからね。
男前は特にサービスするわよ」
「お母さん!
そんなところで油売ってないで、看板セットできたんなら、こっちの準備も手伝ってよー!
今日は予約入ってるんだからねーっ!」
店の中から若い声がした。
「うちの娘なのよ。
怒られるからそろそろ行くわね。
じゃあ」
舌をペロリと出して、さゆりママは店の中に、急いで戻っていった。
「仲いいんだね」
「ええ。
この店を始めて5年ぐらいなんだけど、丁度同時期にテナントに入ってね。
それ以来のお付き合い。
よく一緒にランチ行くんよ。
天ぷら屋さん。
娘のリサちゃんと切り盛りしてるの。
あんな調子だけど苦労人なんよ。
早くに旦那さん亡くして、ひとりでリサちゃんを育てたの」
「へえ。
お言葉に甘えて、今度お店におじゃましてみることにするよ」
「ええ、そうしてあげて。
で、こっちが私の店やねん」
ガチャリ
カラン コロン
ドアベルが心地良く鳴り響き、俺は気持ちを切り替えた。
「さあ、中入ってや」
「ここが……マッキーのお城なんだね」
店の中は決して新しいとは言えなかったが、掃除も行き届き、清潔感があり、要所要所に可愛らしさが溢れていた。
カウンター席は6つで後ろには4人がけのテーブル席が3つあった。
カウンターやテーブルには赤や黄色の小さな花が飾られ、入り口の壁には、孤島にそびえ立つお城のような建物の絵画が飾られていた。
その一枚の絵画は俺の目を釘付けにした。
「あ、その絵な……」
マッキーがカウンター奥のサーバーでビールを注ぎながら言う。
「モン・サン=ミシェルっていうの」
「お城?」
「ううん、違う……
修道院やで」
俺は黙って絵画を見つめている。
「フランス西海岸にあるサン・マロ湾上の孤島、そしてその上にそびえる修道院。
大天使ミカエルのお告げで建てられたんやって」
「へえ」
「さあ、こっちに座って」
カウンター席に座ると、目の前のマッキーがスッとコースターの上にビールを置いてくれた。
「それじゃあ、奇妙な出会いに乾杯」
マッキーはそっとグラスを傾けた。
俺も合わせてグラスを傾ける。
「「ルネッサーンス」」
「「アハハハハハッ」」
「マイケル、わかってるじゃない」
「マッキーこそ」
俺たちはお腹を抱え大笑いした。
しばし、沈黙が流れる。
壁に掛けられた赤いコートに気づいた俺は思い切って尋ねることにした。
「赤……好きなの?」
「何でそんなこと聞くの?
変?」
マッキーは薄っすらと微笑む。
「――赤は情熱の色
昔はもっと明るい性格やったのに、傷つくたびに塞ぎ込むようになってね。
それでも“赤だけは手放されへんかったんよ。
赤いコートは……
――心の防御壁かな?……
これのお陰で、ギリギリ踏ん張れてるかな……」
また少し沈黙が流れた。
「ねえ、マイケル」
「ん?」
「今日は……なんで来てくれたん?」
「会いたかったからさ」
俺はストレートに答えた。
「私はちゃんとした理由を聞いてんよ」
「会いたかったからって理由になってない?」
「優しいわね……
でも、私はちゃんとした理由が聞きたいんよ」
マッキーはジッとグラスを覗き込んだ。
「ほんと、会いたいって気持ちが胸を占領してしまったんだよ。
俺だって今までの人生で色々傷ついたこともあったさ。
でも、マッキーは今までの人とは違うって思えたんだよ」
「興味本位なら、私にかまわないで。
傷つくのには慣れているけど、だからといって心の痛みは平気ってわけじゃないの。
現実を見いや!
私はおかまなんよ。
あんたの前におるんは、デブッチョで丸坊主のおっさんなんやで!」
バーンッ
語気を強めて、マッキーはピンク色のウィッグをテーブルに投げ捨てた。
「ほら、ぶっさいくやろ!」
感情の高ぶりをみせ、マッキーは目に涙を浮かべている。
目の前にいる俺の姿は、やがてマッキーの瞳から大粒の涙となってちぎれて落ちた。
「そんなことないよ!」
それしか言えなかった。
「あんたに同情なんてしていらん!」
「同情なんかじゃないよ……
――俺は……」
続きを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「興味本位やったらやめてや!」
――興味本位?
確かにそうかも知れない。
マッキーの気持ちも考えず、ただ自分の気持ちを確認したくて、会いに来た。
そこには俺のワガママしかなかったように感じる。
「ごめん。
今日は帰るよ」
グラスのビールを一気に飲み干し、席を立つ。
「明日も来てもいいかなぁ?」
背を向けたまま、マッキーは返事しなかった。
ガチャリ
カラン コロン
俺もそれ以上、何も言わないでおく。
「マイケル……
……私、怖いんよ……
人を好きになるのが……
あんたを好きになってまうのが……」
ドアの向こうでマッキーが何かを呟いていたみたいだ。
俺は振り返ることなく店のドアを背中で閉めた。
ビルの外に出ると、まだ雪がヒラヒラと舞っていた。
そこに赤い道標はなかった……
細い階段を上がった二階には、いくつかの看板が立ち並んでいた。
「うちの店、一番奥やねん」
廊下を歩いていると手前の扉が開いた。
ガチャリ
「あら、マッキー、今から?」
「うん。
さゆりママこんばんは」
「めずらしいわね。
マッキーが同伴出勤なんて。
すっごい、男前じゃないの。
ひょっとして彼氏さん?」
さゆりと呼ばれる女性が俺の方を見て、軽く会釈する。
俺もあわせて会釈した。
「何言うてんの。
単なるお客さんよ、お客さん」
マッキーは笑いながら右手を左右に振る。
「あら、そうなの?
あなた、マッキーをよろしくね。
たまにはうちの店にも来てね。
美味しい天ぷら食べさせてあげるからね。
男前は特にサービスするわよ」
「お母さん!
そんなところで油売ってないで、看板セットできたんなら、こっちの準備も手伝ってよー!
今日は予約入ってるんだからねーっ!」
店の中から若い声がした。
「うちの娘なのよ。
怒られるからそろそろ行くわね。
じゃあ」
舌をペロリと出して、さゆりママは店の中に、急いで戻っていった。
「仲いいんだね」
「ええ。
この店を始めて5年ぐらいなんだけど、丁度同時期にテナントに入ってね。
それ以来のお付き合い。
よく一緒にランチ行くんよ。
天ぷら屋さん。
娘のリサちゃんと切り盛りしてるの。
あんな調子だけど苦労人なんよ。
早くに旦那さん亡くして、ひとりでリサちゃんを育てたの」
「へえ。
お言葉に甘えて、今度お店におじゃましてみることにするよ」
「ええ、そうしてあげて。
で、こっちが私の店やねん」
ガチャリ
カラン コロン
ドアベルが心地良く鳴り響き、俺は気持ちを切り替えた。
「さあ、中入ってや」
「ここが……マッキーのお城なんだね」
店の中は決して新しいとは言えなかったが、掃除も行き届き、清潔感があり、要所要所に可愛らしさが溢れていた。
カウンター席は6つで後ろには4人がけのテーブル席が3つあった。
カウンターやテーブルには赤や黄色の小さな花が飾られ、入り口の壁には、孤島にそびえ立つお城のような建物の絵画が飾られていた。
その一枚の絵画は俺の目を釘付けにした。
「あ、その絵な……」
マッキーがカウンター奥のサーバーでビールを注ぎながら言う。
「モン・サン=ミシェルっていうの」
「お城?」
「ううん、違う……
修道院やで」
俺は黙って絵画を見つめている。
「フランス西海岸にあるサン・マロ湾上の孤島、そしてその上にそびえる修道院。
大天使ミカエルのお告げで建てられたんやって」
「へえ」
「さあ、こっちに座って」
カウンター席に座ると、目の前のマッキーがスッとコースターの上にビールを置いてくれた。
「それじゃあ、奇妙な出会いに乾杯」
マッキーはそっとグラスを傾けた。
俺も合わせてグラスを傾ける。
「「ルネッサーンス」」
「「アハハハハハッ」」
「マイケル、わかってるじゃない」
「マッキーこそ」
俺たちはお腹を抱え大笑いした。
しばし、沈黙が流れる。
壁に掛けられた赤いコートに気づいた俺は思い切って尋ねることにした。
「赤……好きなの?」
「何でそんなこと聞くの?
変?」
マッキーは薄っすらと微笑む。
「――赤は情熱の色
昔はもっと明るい性格やったのに、傷つくたびに塞ぎ込むようになってね。
それでも“赤だけは手放されへんかったんよ。
赤いコートは……
――心の防御壁かな?……
これのお陰で、ギリギリ踏ん張れてるかな……」
また少し沈黙が流れた。
「ねえ、マイケル」
「ん?」
「今日は……なんで来てくれたん?」
「会いたかったからさ」
俺はストレートに答えた。
「私はちゃんとした理由を聞いてんよ」
「会いたかったからって理由になってない?」
「優しいわね……
でも、私はちゃんとした理由が聞きたいんよ」
マッキーはジッとグラスを覗き込んだ。
「ほんと、会いたいって気持ちが胸を占領してしまったんだよ。
俺だって今までの人生で色々傷ついたこともあったさ。
でも、マッキーは今までの人とは違うって思えたんだよ」
「興味本位なら、私にかまわないで。
傷つくのには慣れているけど、だからといって心の痛みは平気ってわけじゃないの。
現実を見いや!
私はおかまなんよ。
あんたの前におるんは、デブッチョで丸坊主のおっさんなんやで!」
バーンッ
語気を強めて、マッキーはピンク色のウィッグをテーブルに投げ捨てた。
「ほら、ぶっさいくやろ!」
感情の高ぶりをみせ、マッキーは目に涙を浮かべている。
目の前にいる俺の姿は、やがてマッキーの瞳から大粒の涙となってちぎれて落ちた。
「そんなことないよ!」
それしか言えなかった。
「あんたに同情なんてしていらん!」
「同情なんかじゃないよ……
――俺は……」
続きを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「興味本位やったらやめてや!」
――興味本位?
確かにそうかも知れない。
マッキーの気持ちも考えず、ただ自分の気持ちを確認したくて、会いに来た。
そこには俺のワガママしかなかったように感じる。
「ごめん。
今日は帰るよ」
グラスのビールを一気に飲み干し、席を立つ。
「明日も来てもいいかなぁ?」
背を向けたまま、マッキーは返事しなかった。
ガチャリ
カラン コロン
俺もそれ以上、何も言わないでおく。
「マイケル……
……私、怖いんよ……
人を好きになるのが……
あんたを好きになってまうのが……」
ドアの向こうでマッキーが何かを呟いていたみたいだ。
俺は振り返ることなく店のドアを背中で閉めた。
ビルの外に出ると、まだ雪がヒラヒラと舞っていた。
そこに赤い道標はなかった……
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