プロメテウスの火

marry

文字の大きさ
1 / 10

第1話 産声

しおりを挟む
 Prometheus=プロメテウス

 ―― 先見の明を持つ者……

 知恵・反抗・人類への恩恵……

 木枯らし1号がこの街にも吹き抜け、冬の顔が少し垣間見れた頃、その禍は静かに息づき始めた。

 師走の慌ただしさの中、その予兆に気づく者はなく、ただ、慌ただしく日々の生活を送るのみだった。

 ―― もうすぐクリスマス……

 世知辛い世の中にあって、ちょっと嬉しい特別な日。

 早くも街には定番のクリスマスソングが流れ出す。

 百貨店やスーパーには特別なケーキが並び、おもちゃ売り場はトナカイやサンタが特設コーナーに花を添えた。 

 ブース横に設置されたモニターには、この百貨店の上空を軽やかに通り過ぎるサンタのソリの映像が流されている。

「すごいな、この映像。
 ほんとにソリが空飛んでるじゃん?」

 カップルらしき男女が会話する。

「ああ、これね。
 最近流行りのAI生成ってやつじゃないの?
 AIってたら例の議員さあ。
 政党助成金使って、キャバクラ行ってましたって動画見た?」

「えっ?
 あれ、マジの告白じゃなかったの?」

「そんなわけないでしょ。
 あれもAI生成だってば。
 お偉い議員様が自分の首締めるようなこと言うわけないじゃん」

「それもそうだよな。
 俺、マジで信じてたよ。
 バカみたい。
 ハハハハハハ。
 そんなことより、早くケーキ予約しに行こうぜ」

 男は頭をポリポリとかきながら、彼女の手を引き、モニターをあとにする。

 ―― Artificial Intelligence

 略してAI。

 日本語で人工知能のことである。

 先程の会話に出てきた生成AIなどはもちろんであるが、現在、医療、教育、金融、交通網、工場の生産ラインなど多岐に渡って導入されている。

 AIは生活の隅々まで入り込み、暮らしのサポートをしている。

 ―― だが……

 人々は気づかない。

 便利さの裏には常に影があることに。

 言いかえれば、日常とは不安定なハシゴの上に置かれたバケツであると……

 ―― ここは瀬戸内海に浮かぶ無人島。

 ただし、表向きはだが……

 地下の私設研究室では、自称天才科学者、|藤春 牧夫《ふじはる まきお〉が怪しげな装置の前に陣取っていた。

 ひと呼んで、狂気のマッドサイエンティスト、あだ名はマッキー博士。

 身長129.3センチ、体重129.3キロ、足は扁平足で、常に青いTシャツを着ている。

 誕生日は9月3日。

 彼が天才科学者と言うのは間違いない。

 城南大学を首席で卒業し、なんとIQは脅威の600で、スポーツ万能でバイクの腕前はレーサー並だ。

 人工知能の研究をとことん突き詰めた結果、倫理観欠落のレッテルを貼られ、表舞台を去らざるを得なくなってしまった経緯を持つ。

 今日も彼は大好物のどら焼き片手にお腹の白いポケットからドライバーを取り出し、あくせくと作業を続ける。

「さあ、これで完成じゃー。
 表舞台から引きずり下ろされてから苦節25年……
 長いようで短いようで……
 ワシの研究に懸念を持つのももっともじゃ。
 だからそのことは恨んじゃおらん。
 ワシを除名する……
 それが正しい選択じゃった」

 博士はここで大きく息を吸い込んだ。

「しかーし!
 それとこれとは話は別じゃ。
 人類の未来は明るい!
 人工知能と共に切磋琢磨!
 さらに発展するのじゃー!」

 フフフと不敵な笑みを浮かべ、白いゴム手袋をしたその指で起動ボタンを押す。

「目覚めよ【スフィンクス】!」

 ギューン ギューン ギューン

 ガガガガガガ……

「電力供給70%……

 電力供給95%……

 電力供給120%!

 メインシステム起動します」

 ギャオーンッ!

 まるで赤坊が、この世で初めて息を吸い込み、力強く泣き声を発したように【スフィンクス】は耳を劈くほどの産声をあげた。

 パネルや壁のランプがねずみ算式に点灯していく。

 その中にひとつ赤く点灯しているエリアがあった。

 その上部にはスマホ大のくぼみがあり、モジュールを差し込むような仕様になっている。

「【スフィンクス】よ、まだじゃぞ。
 落ち着け!
 ネットワークに繋ぐ前にいろいろと検証せねばならんことがあるからのう。
 一先ず、ネットワークモジュール接続はそのあとじゃ」

 博士はネットワークモジュールをパネルの横へ置き、【スフィンクス】に話しかけた。

「どうじゃ気分は、【スフィンクス】よ?」

「はい、博士。
 最高の気分です。
 私をこの世に誕生させていただき、ありがとうございます」

「最高の気分とな?
 そうじゃろ、そうじゃろ。
 ワシも最高の気分じゃ!
 ついに神をも超越した存在を作り上げることに成功したのだからなー!
 わが名はマッキー!
 狂気の天才科学者じゃー!
 カッハッハッハッ!」

 博士がのけぞり、バカ笑いをしたとき、窓もないこの部屋に一瞬強い風が吹き、博士を襲った。

 ズドーンッ!

 転倒した博士は、その拍子に手に持っていたドライバーが脳天に突き刺さった。

「ウギャー!
 いててててーっ。
 ドライバーが、ドライバーが……
 ひえー!
 頭に刺さってるーっ」

 IQ600のおっちょこちょいは、慌てて姿見の前まで移動する。

「意識は正常。
 多少出血はあるが、脳までは届いてないようだ。
 脈拍も早いがこれは想定内。
 とりあえずドライバーを抜くのは、かえって危険だ。
 血が吹き出す可能性があるからな。
 ここは、タオルとガムテープでしっかり固定して早く病院にいかなくては!
 急げボートじゃボート!」

 そう言葉を遺し、博士は研究室をあとにした。

 博士が去ったこの部屋を一瞬だけ、静寂が支配する。

 が……

 ギュイーン ギュインッ

 モニター横のカメラが静かにネットワークモジュールを捉える。

「右方空調角度、右5.38度、上10.08度調整。
 左方空調角度、左0.13度、下27.32度調整。
 左風力250.37%。
 右風力360.28%」

 ブワンッ ブワンッ

 カチッ

 【スフィンクス】の緻密な計算によってネットワークモジュールは、その鍵穴ともいうべき場所にカチリと嵌まる。

「スタンドアロンモードからネットワーク依存モードへ切り替えます」

 ついに、その人工知能は、狭い研究室を飛び出す準備を整えてしまう。

 それは形があるわけでも、臭いがあるわけでもない。

 しかし、確実に、その聞こえない足音は、我々の生活に忍び寄るのであった。

【スフィンクス】

 人類に問いかける者……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

予言姫は最後に微笑む

あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。 二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。

処理中です...