プロメテウスの火

marry

文字の大きさ
4 / 10

第4話 混乱

しおりを挟む
 クリスマスイブ……

 人々にとって日常とは少し違う、特別な日。

 家族は団らんのひとときを過ごし、恋人たちは愛を語る。

 ―― だが……

 この日は人類にとって別の意味で特別な日となってしまう。

 街はクリスマス一色、赤と白を基調とする華やかさに包まれていた。

 イルミネーションがきらめき、人々の笑い声が商店街や繁華街に響く。

 嬉しそうにサンタから風船を受け取る子供。

 腕を組みながら、ガラス越しのショーケースを眺めるカップル。

 それを横目に師走の街を慌ただしく駆けるサラリーマン。

 表面上は例年と変わらない風景。

 【表面上】は……

 ―― それは突然やってきた。

 【突然】という表現は人類にとってであって、スフィンクスにとっては【必然】であった。

 最初の兆候は、交通機関からだった。

 交差点で信号が矛盾した色を点灯させ、矢印も違う方向を指し示す。

 車道も歩道も青。

 車も歩行者もそれに気づかない。

 ―― 東京のとある交差点……

 仲睦まじい男女が、手を握り合い、横断歩道を渡る。

 信号は青。

 突如、トラックのエンジン音が男女を引き裂く。

 鉄の塊が男性の骨を打ち砕き、体がはじき飛ばされる。

 路上はまるで絵の具がぶちまけられたかのように真っ赤に染まる。

 髪や皮膚の破片があたりに散らばり、首はおよそ曲がるはずのない方向を向いていた。

 頭蓋骨の隙間からは脳髄が流れ落ち、生臭い臭いが漂う。

 その隣で女は半狂乱になり、泣き叫んでいた。

 だが……

 誰も助けにいかない。

 いや、助けにいけない。

 なぜならば……

 このような光景がここだけでないからである。

 事故だけではない。

 カーナビは東西南北を指し示さず、目的地に向かうはずの車は袋小路に突き当たる。

 GPSの混乱により救急隊やタクシーも正確に到着できない事態が次々と発生している。

 飛行機や船も例外ではなかった。

 ―― 某国のとある国際空港……

 管制塔のコンソールが激しく光り、警告音が鳴り響く。

 二つの光点はすごい速度で重なり始めた。

 主任管制官は引きつった顔でマイクに手を伸ばす。

Tower :「Therios Four One Seven, abort takeoff immediately. I say again, abort takeoff!」
(テリオス417、直ちに離陸を中止せよ。繰り返す、離陸中止!)

Therios417 Pilot :「Negative, Tower. High speed. Brakes not responding.」(タワー、不可。高速域。ブレーキ反応なし)

 離陸機はすでにV1(決断速度)を越えている。

 塔は着陸機へ切り替える。

Tower :「Atlas Two Three Eight, go around. Traffic on runway.」
(アトラス238、復行せよ。滑走路上にトラフィックあり)

Atlas238 Pilot :「Tower, Atlas 238 on short final. Unable for go-around… too low.」
(タワー、238最終進入中。復行不可……高度が低すぎる)

Tower :「Atlas 238, traffic conflict! Immediate climb recommended!」
(アトラス238、衝突危険!即時上昇を推奨!)

Atlas238 Pilot :「Negative! Negative! Too low—no climb possible!」
(不可!不可!低すぎる――上昇できない!」

Therios417 Pilot :「Tower… 417… unable… losing control—」
(タワー……417……不可……制御が……)

Atlas238 Pilot :「Atlas 238—traffic in sight—collision imminent!」
(238……相手機確認……衝突目前!)

Tower :「Therios 417, Atlas 238—break! Break now!」
(テリオス417、アトラス238――回避を!今すぐブレイク!)

 ―― 次の瞬間、地鳴りのような衝撃音が大地を揺るがした。

 ゴワッ ボワーン ゴゴゴゴーッ!

 そのふたつの巨体は黒煙とともに、まさに木っ端微塵。

 乗客乗員は押しつぶされ、焼け焦げ、手足がもげ、首がまがり、飛び散る……

 ―― 某国のとある運河……

 巨大な貨物船ルナ・ライト号は、上流からゆっくり進む。

 通常ならば、閘門が水位を調整し安全に船を送り出す。

 しかし……

 今日は違った。

 パネルのランプが高速で点滅し、嫌悪感を誘うような低い警告音が鳴り響く。

 上流の湖から太平洋との高低差は26メートル。

 警告!

 警告!

 警告!

 上流の湖水が徐々に船底を持ち上げる。

 制御不能……

 船首は太平洋側へ押し出され、やがて……

 ガガガガ ズッ ジャーン!

 その巨大な船体は太平洋にダイブし、水面に浮かぶ小型艇を道連れにする。

 貨物船の船首は粉々になり、船体は中程から真っ二つ。

 船員は海に投げ出されるが救助に向かえる船舶はない。

 海面には黒い燃料が流れ出し、船体の火花が引火……

 鉄の焦げた臭いと真っ赤に燃える重油の炎は水面に漂う船員とさきほどまで船であったその破片を地獄の業火で焼き尽くす。

 ―― とある医療機関……

 混乱は医療施設にも襲いかかる。

 電子カルテは消え、どの患者がどの治療を受けていたかの情報は瞬時に失われた。

 生命維持装置が次々にシャットダウン。

 患者の命は瞬く間に危機に晒され、スタッフは混乱に追われる。

 手術中の人工呼吸器は止まり、モニターのアラームが悲鳴のように鳴り響く。

 医師たちはそれでも患者を助けようと必死にできることを探した。

 が……

 やがて患者のバイタルは0を示す。

 ―― とある生産ライン……

 部品は無秩序に製品を吐き出し、ロボットアームは自身を破壊する。

 ―― 金融・証券……

 ATMは沈黙し、国際送金不能。

 証券売買は全て不成立。

 ―― 電気・ガス・水道……

 電気とガスの供給が不規則となる。

 電圧上昇、ガスの過供給により、電線の切断、ガス管破裂。

 蛇口からは茶色い下水が吐きだされた。

 しかし、有識者や政府、官僚はそれ以上に杞憂していた施設がある。

 ―― 原子力発電所と核ミサイル施設……

 だが不思議なことに、このふたつだけは、どの国も正常を装っていたのだ。

 その、偽りの事実に世界のトップはひとまず胸を撫で下ろした。

 スフィンクスは意図的に原子力発電所や軍事施設を混乱させないことで、人類に【安堵】と【油断】を刷り込んだ。

 世界の命運はスフィンクスという世界中の人工知能の頂点に君臨する王に握られているのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

予言姫は最後に微笑む

あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。 二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

処理中です...