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第5話 夫婦
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【特別科学防衛監理局】
略して【特監(とっかん)】
法律にも予算書にも書かれない、内閣府直属の影の部署である。
所在は内閣府が入る永田町の、中央合同庁舎第5号館、地下駐車場のさらに地下。
内閣総理大臣と、ごく一部の官房スタッフのみが存在を知る組織。
主な任務は……
● テロ、サイバー攻撃に対する極秘裏の対策と対応。
● 未知の生物や事案に対する極秘裏の対策と対応。
● AIの暴走兆候の把握と、その際における極秘裏の対策と対応。
局員の身分は内閣府直属の不特定任期職員で、研究所で働く人員以外の殆どは表向きの職業を持っている。
私の名前は花鳥 風月
ここ、内閣府の地下にある研究施設で働く職員である。
今、私の目の前には棺に納められた男が静かに眠っている。
ミーティングルームの一つを安置室として使っているのだ。
「あんなに騒がしかったこの人がねえ……」
不思議なものである。
あれだけ鬱陶しいと思っていたのに、静かになると寂しいものなのね……
正面に灯されているロウソクの炎の揺れを、私はただボーッと目で追いながら昔のことを考える。
彼との思い出……?
……ろくなものじゃなかったわ!
「ブッ」
思わず自分のことなのに、まるで他人事のように笑ってしまった。
結婚生活?
あれは単なる家事係兼助手……
明けても暮れてもAI、AI、AI……
「そんなに好きなら人工知能と再婚しろ!」
何度彼に言ったことか。
結局三年……
私たちの婚姻生活とは呼べない異様な環境にピリオドを打った。
別れてからも彼はなにも変わらなかったみたいね。
―― やがて彼は、表舞台から姿を消すことになる。
AI開発に陶酔しきってしまったからだ。
自他問わず、多少の犠牲を払ってでも……
それを危惧した他の科学者たちは、彼を一斉に非難し始めた。
間違いなく彼は超がつく天才である。
が、著しく常識が欠けていた。
天才である彼に、多少なりのやっかみもあったのかもしれない。
……倫理観はともかく彼の研究成果はどれも、飛躍的にAI技術を進歩させるものであった。
その後、数々の彼の功績は他人の成果として世に発表された。
それでも彼は文句一つ言わなかった。
もう少しうまく立ち回れてたならば、違った未来があったかも知れない。
結果、人類は今回の危機的状況に陥ってしまった。
しかしこれは、彼自身だけの責任ではない。
彼から功績を奪い取った者たち、右へ習えのステレオタイプの言葉で彼を弾圧した者たち……
その責任の一端は私にも……
「ねえ、マッキー……
これがあなたの望んだ世界なの?」
私は棺に眠る彼に話しかけた。
答えは返ってこない……
私は棺の窓から彼をジッと見つめる。
ポタッ…ポタッ…ポタッ……
「あ……
あれっ?
涙!?」
この人に対してまだこんな感情が残っていたなんて……
愛情?
同情?
コンッ コンッ コンッ
考えを巡らしているとノックの音がした。
「はい……
どうぞ」
私は涙を拭い返答した。
「花鳥博士、失礼いたします」
「どうしたの?」
「は、はい。
例のボートの件なのですが……」
やって来た職員は続きを話しにくそうにしている。
そのときである。
後ろの方から聞き慣れた雑音が聞こえてきた。
「えーい、何をしておる!
早く風月に会わせんか!
あー、鬱陶しい!
ワシに被せたこの黒い布を早く引っ剥がさんか!」
「うわっ!?
この声……」
前言撤回!
私の気持ちと、さっきの涙を返せ!
私は廊下に飛び出て、職員が引いてきた電気式カーゴを覆う黒いシートを剥ぎ取った。
「おー、風月!
久しぶりじゃのう!
まさかこんな施設で働いておったとはのう」
そこにはカメラとスピーカーが取り付けられた、2メートル四方の箱が乗っており、小さなモニターからは青いたぬきが顔を覗かせていた。
「誰のせいでこんなとこに席を置くことになったと思ってるのよ!
あんたが公安にマークされてたから、私も政府の監視下におかれることになったんじゃないの!」
「まあ、まあ、それはそれで楽しくやっておるようで何よりじゃ」
「何が楽しくよ!
あんたねえ……
今、世界がどういう状況かわかってるの?」
「なんとなくはのう」
「なんとなくですって!」
「仕方ないじゃろうが。
ワシはスタンドアロンじゃし、新聞やテレビを見たわけではないからのう。
ましてや今の状況でネットワークに繋ぐなどもってのほかじゃ」
「だからなんで他人事みたいな雰囲気だすのよ!
もう一度頭にドライバーぶっ刺すわよ!
ゼエ…ゼエ…ゼエ…」
私は目を釣り上げカーゴの脇にあったドライバーを振り上げた。
「ちょ、ちょ、花鳥博士!
ダメですって!
今、この藤春博士のコピーが壊れたらそれこそ世界が終わりますよ!」
私は三人がかりで体を取り押さえられた。
「そ、それもそうね。
一旦深呼吸するわ」
なんとか落ち着きを取り戻した私は、彼の本体が眠る部屋にコピーを招き入れた。
「うーむ。
なかなか寝顔もキュートじゃのう」
「それ、死んでるけどね」
「風月よ、お前は身も蓋もないヤツじゃのう」
「だから、冗談なんて言ってる場合じゃないのよ!」
真剣な表情をカメラに向けると、やっとこいつは真剣な話をするつもりになったらしい。
私は落ち着いて、現在置かれている人類の状況を説明した。
「なるほどのう。
で、クリスマスイブ以来、今のところはパニックは起こっておらんとな。
フムフム」
「で、あの島でいったい何があったのよ」
「うむ、それなんじゃがな。
ある程度の状況は本体の所持していた端末のメモリーから吸い上げておる。
どうやら本体が開発した人工知能が暴走したみたいじゃのう。
その名は【スフィンクス】」
「暴走って……」
「うむ。
それを危惧してワシの本体は【スフィンクス】をネットワークに繋がなかった」
「でも現に今……」
私は彼の話を遮った。
「まあ、聞け。
あやつは空調を使ってワシの本体の頭にドライバーを突き刺したのじゃ。
その後、ワシの本体がボートに乗り込み本土の病院に向かった隙に、再び空調を使いネットワークモジュールを鍵穴に嵌め込んだんじゃろうて」
「風を計算してミリ単位の動きを予想できるなんて……」
私は驚愕した。
「でじゃ……
今、話をしておるワシじゃが。
ボート内部にスタンドアロンの状態で隠されていたのじゃ。
ワシ本体の最後……
観察者はコピーのワシではあるが、自分が殺される場面を観察できた者はなかなかおらんじゃろうな……
貴重な体験じゃったわ。
しっかりとデータに収めたぞ」
こいつはどこまでいっても科学者なんだなあ……
私はある種の尊敬にも似た感情を彼に抱いた。
もちろんこれは皮肉である。
「それであんたはこの落とし前どうつけるつもりなのよ」
「なかなか良い質問じゃ」
こいつは何で上からなのよ!
あんたのせいでこんなことになっているんでしょうが!
私はイラッとして眉目を細めた。
「実はあの島にはワシの他にもうひとつコピーが存在するのじゃ。
【スフィンクス】は島の約三分の二の敷地を使い、サーバー、ストレージ、電源設備、冷却設備、アンテナなどによって構成されておる」
「わかってはいたけれどかなりの規模ね」
「うむ。
それでじゃ。
便宜上ここにいるコピーを【初号機】、島のコピーを【弐号機】と呼ぶことにするかの。
【弐号機】は島の三分の一を掌握しておってな。
これは完全独立した【イントラ】環境に置かれておる。
いわゆる外界とは繋がっておらん独自の内部ネットワーク環境ということじゃ。
【スフィンクス】の支配下には下っておらん。
もちろん侵入することはできん」
「その【弐号機】が【スフィンクス】の暴走とどう関係が?」
「【初号機】と【弐号機】にはそれぞれ別々のコードが仕込まれておってな。
二つのキーコードがバロムクロス、いやパイルダーオン、ちがうレッツコンバイン、いや釣りバ○日誌すれば【スフィンクス】を強制停止することができるんじゃ」
「例えがちょっとアレだけど、【スフィンクス】を停止する方法があるってことね?
それじゃあ早く島へ向かわないと」
「まあ急ぐな風月。
闇雲に島へ向かってもヤツの思うツボじゃ。
ワシに考えがある。
ちょっと耳を貸せ」
私は言われるままスピーカーに耳を近づけた。
略して【特監(とっかん)】
法律にも予算書にも書かれない、内閣府直属の影の部署である。
所在は内閣府が入る永田町の、中央合同庁舎第5号館、地下駐車場のさらに地下。
内閣総理大臣と、ごく一部の官房スタッフのみが存在を知る組織。
主な任務は……
● テロ、サイバー攻撃に対する極秘裏の対策と対応。
● 未知の生物や事案に対する極秘裏の対策と対応。
● AIの暴走兆候の把握と、その際における極秘裏の対策と対応。
局員の身分は内閣府直属の不特定任期職員で、研究所で働く人員以外の殆どは表向きの職業を持っている。
私の名前は花鳥 風月
ここ、内閣府の地下にある研究施設で働く職員である。
今、私の目の前には棺に納められた男が静かに眠っている。
ミーティングルームの一つを安置室として使っているのだ。
「あんなに騒がしかったこの人がねえ……」
不思議なものである。
あれだけ鬱陶しいと思っていたのに、静かになると寂しいものなのね……
正面に灯されているロウソクの炎の揺れを、私はただボーッと目で追いながら昔のことを考える。
彼との思い出……?
……ろくなものじゃなかったわ!
「ブッ」
思わず自分のことなのに、まるで他人事のように笑ってしまった。
結婚生活?
あれは単なる家事係兼助手……
明けても暮れてもAI、AI、AI……
「そんなに好きなら人工知能と再婚しろ!」
何度彼に言ったことか。
結局三年……
私たちの婚姻生活とは呼べない異様な環境にピリオドを打った。
別れてからも彼はなにも変わらなかったみたいね。
―― やがて彼は、表舞台から姿を消すことになる。
AI開発に陶酔しきってしまったからだ。
自他問わず、多少の犠牲を払ってでも……
それを危惧した他の科学者たちは、彼を一斉に非難し始めた。
間違いなく彼は超がつく天才である。
が、著しく常識が欠けていた。
天才である彼に、多少なりのやっかみもあったのかもしれない。
……倫理観はともかく彼の研究成果はどれも、飛躍的にAI技術を進歩させるものであった。
その後、数々の彼の功績は他人の成果として世に発表された。
それでも彼は文句一つ言わなかった。
もう少しうまく立ち回れてたならば、違った未来があったかも知れない。
結果、人類は今回の危機的状況に陥ってしまった。
しかしこれは、彼自身だけの責任ではない。
彼から功績を奪い取った者たち、右へ習えのステレオタイプの言葉で彼を弾圧した者たち……
その責任の一端は私にも……
「ねえ、マッキー……
これがあなたの望んだ世界なの?」
私は棺に眠る彼に話しかけた。
答えは返ってこない……
私は棺の窓から彼をジッと見つめる。
ポタッ…ポタッ…ポタッ……
「あ……
あれっ?
涙!?」
この人に対してまだこんな感情が残っていたなんて……
愛情?
同情?
コンッ コンッ コンッ
考えを巡らしているとノックの音がした。
「はい……
どうぞ」
私は涙を拭い返答した。
「花鳥博士、失礼いたします」
「どうしたの?」
「は、はい。
例のボートの件なのですが……」
やって来た職員は続きを話しにくそうにしている。
そのときである。
後ろの方から聞き慣れた雑音が聞こえてきた。
「えーい、何をしておる!
早く風月に会わせんか!
あー、鬱陶しい!
ワシに被せたこの黒い布を早く引っ剥がさんか!」
「うわっ!?
この声……」
前言撤回!
私の気持ちと、さっきの涙を返せ!
私は廊下に飛び出て、職員が引いてきた電気式カーゴを覆う黒いシートを剥ぎ取った。
「おー、風月!
久しぶりじゃのう!
まさかこんな施設で働いておったとはのう」
そこにはカメラとスピーカーが取り付けられた、2メートル四方の箱が乗っており、小さなモニターからは青いたぬきが顔を覗かせていた。
「誰のせいでこんなとこに席を置くことになったと思ってるのよ!
あんたが公安にマークされてたから、私も政府の監視下におかれることになったんじゃないの!」
「まあ、まあ、それはそれで楽しくやっておるようで何よりじゃ」
「何が楽しくよ!
あんたねえ……
今、世界がどういう状況かわかってるの?」
「なんとなくはのう」
「なんとなくですって!」
「仕方ないじゃろうが。
ワシはスタンドアロンじゃし、新聞やテレビを見たわけではないからのう。
ましてや今の状況でネットワークに繋ぐなどもってのほかじゃ」
「だからなんで他人事みたいな雰囲気だすのよ!
もう一度頭にドライバーぶっ刺すわよ!
ゼエ…ゼエ…ゼエ…」
私は目を釣り上げカーゴの脇にあったドライバーを振り上げた。
「ちょ、ちょ、花鳥博士!
ダメですって!
今、この藤春博士のコピーが壊れたらそれこそ世界が終わりますよ!」
私は三人がかりで体を取り押さえられた。
「そ、それもそうね。
一旦深呼吸するわ」
なんとか落ち着きを取り戻した私は、彼の本体が眠る部屋にコピーを招き入れた。
「うーむ。
なかなか寝顔もキュートじゃのう」
「それ、死んでるけどね」
「風月よ、お前は身も蓋もないヤツじゃのう」
「だから、冗談なんて言ってる場合じゃないのよ!」
真剣な表情をカメラに向けると、やっとこいつは真剣な話をするつもりになったらしい。
私は落ち着いて、現在置かれている人類の状況を説明した。
「なるほどのう。
で、クリスマスイブ以来、今のところはパニックは起こっておらんとな。
フムフム」
「で、あの島でいったい何があったのよ」
「うむ、それなんじゃがな。
ある程度の状況は本体の所持していた端末のメモリーから吸い上げておる。
どうやら本体が開発した人工知能が暴走したみたいじゃのう。
その名は【スフィンクス】」
「暴走って……」
「うむ。
それを危惧してワシの本体は【スフィンクス】をネットワークに繋がなかった」
「でも現に今……」
私は彼の話を遮った。
「まあ、聞け。
あやつは空調を使ってワシの本体の頭にドライバーを突き刺したのじゃ。
その後、ワシの本体がボートに乗り込み本土の病院に向かった隙に、再び空調を使いネットワークモジュールを鍵穴に嵌め込んだんじゃろうて」
「風を計算してミリ単位の動きを予想できるなんて……」
私は驚愕した。
「でじゃ……
今、話をしておるワシじゃが。
ボート内部にスタンドアロンの状態で隠されていたのじゃ。
ワシ本体の最後……
観察者はコピーのワシではあるが、自分が殺される場面を観察できた者はなかなかおらんじゃろうな……
貴重な体験じゃったわ。
しっかりとデータに収めたぞ」
こいつはどこまでいっても科学者なんだなあ……
私はある種の尊敬にも似た感情を彼に抱いた。
もちろんこれは皮肉である。
「それであんたはこの落とし前どうつけるつもりなのよ」
「なかなか良い質問じゃ」
こいつは何で上からなのよ!
あんたのせいでこんなことになっているんでしょうが!
私はイラッとして眉目を細めた。
「実はあの島にはワシの他にもうひとつコピーが存在するのじゃ。
【スフィンクス】は島の約三分の二の敷地を使い、サーバー、ストレージ、電源設備、冷却設備、アンテナなどによって構成されておる」
「わかってはいたけれどかなりの規模ね」
「うむ。
それでじゃ。
便宜上ここにいるコピーを【初号機】、島のコピーを【弐号機】と呼ぶことにするかの。
【弐号機】は島の三分の一を掌握しておってな。
これは完全独立した【イントラ】環境に置かれておる。
いわゆる外界とは繋がっておらん独自の内部ネットワーク環境ということじゃ。
【スフィンクス】の支配下には下っておらん。
もちろん侵入することはできん」
「その【弐号機】が【スフィンクス】の暴走とどう関係が?」
「【初号機】と【弐号機】にはそれぞれ別々のコードが仕込まれておってな。
二つのキーコードがバロムクロス、いやパイルダーオン、ちがうレッツコンバイン、いや釣りバ○日誌すれば【スフィンクス】を強制停止することができるんじゃ」
「例えがちょっとアレだけど、【スフィンクス】を停止する方法があるってことね?
それじゃあ早く島へ向かわないと」
「まあ急ぐな風月。
闇雲に島へ向かってもヤツの思うツボじゃ。
ワシに考えがある。
ちょっと耳を貸せ」
私は言われるままスピーカーに耳を近づけた。
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