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407、スピリットエレメンタル

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「ついて来るがよい、お前たちが探しているものはこの先にある」

 ファルトラース子爵はそう言うと、右肩にとまっている白いフクロウを宙に放った。
 先程キーラの蜘蛛は力なく青い水の中に沈んでいったが、老人が放ったフクロウは雄々しく羽ばたいてゆく。

 その先には、光の柱のような物が見える。

 不思議なのは、僅か数百メートル先にあるはずのそれが無限の彼方にあるようにさえ思えることだ。
 まるで道案内をするかのように周囲を照らしながら飛ぶ白いフクロウがいなければ、実際に夜の海で迷うかのように方向感覚を失うであろう。

「あれは一体?」

 キーラの問いに子爵は答えた。

「そなたたちも知っておるだろう? かつて、精霊呪縛術式と呼ばれる巨大な魔方陣がこの地に描かれた。あれはその中心点じゃ」

「精霊呪縛術式……女王ララリシアが発動させた、人の中にある精霊の力を封印したという術のことね」

 キーラの言葉に ファルトラースは頷くと。

「そうだ。天空王さえ封じ込めたその強大な魔力が、この地に時空の歪みを生じさせた。この地に存在しながら、別の次元にある封印の地、それがこの青の海じゃ。はぐれるでないぞ、羅針盤代わりのワシのフクロウがおらねば決してあの光の柱には辿り着けぬ。迷えば死ぬまでここを彷徨い続けることになる」

 その言葉にキーラは思わずごくりとつばを飲んだ。
 黄金の蜘蛛を操る彼女が迷うなど通常ではあり得ないが、目の前の老人の言葉が真実である事を肌で感じた。

(平衡感覚を保つのがやっとだわ。真っすぐに歩いているのか、そうじゃないのかも確信が持てない)

 子爵はフクロウを見つめながら歩を進めると。

「いにしえの昔、この地上にかけられた封印はまだその力を失ってはおらぬ。あの光がその証じゃ」

 ラエサルはファルトラースに尋ねた。

「子爵、貴方は知っているのか? かつて地上が一度滅びかけたという戦い、それは一体どれぐらい昔の話なんだ?」

「そうじゃのう。ワシが知る限り少なくとも三万年前、いやそれ以上かもしれんの」

 キーラはそれを聞いて目を丸くした。

「さ、三万年前ですって!? 嘘でしょ? そんな昔にかけられた術が、今も効力を発揮しているんてとても信じられないわ」

「ワシも最初はとても信じられんかった。想像もつかん力じゃ、時空さえ歪ませこれ程長きにわたって地上を覆う魔力を放っておるなどとな」

 ファルトラースはそう言った後、フクロウが飛ぶ先にある光の柱を眺めながら。

「伝承が本当であれば、女王ララリシアと共に天空王に立ち向かった多くの高位精霊たちが、彼らの魂の力を礎にして作り上げた封印術式じゃからな。我らになど想像もつかぬ技じゃ」

「女王ララリシアと高位精霊たちの力……」

 呆然と光の柱を見つめるキーラ。
 だがラエサルは訝し気な顔をすると。

「伝承だと? 一体どんな伝承なんだ、そんな話は聞いたことも無い」

「当然じゃな。知っているのは陛下とワシ、それ以外にはごく限られた者だけじゃ。あの五冊の本、伝承の書と呼ばれる書物に描かれた真実の文字が浮かび上がったのは、レオンリート陛下がアストラルトランスの奥義とも呼べるスピリットエレメンタルを召喚出来るようになってからじゃからの」

「スピリットエレメンタル? 何なのそれは」

 思わずそう問いかけるキーラ。
 ファルトラースは微笑むと、自らが生み出した白いフクロウを指さした。

「あれじゃよ。霊的な自分の分身とでも呼べばよいのだろうかの。レオンリート陛下ならば雄々しき赤い獅子じゃ、それを発現させた陛下の姿はそれは立派なものよ」

「赤い獅子……」

 ラエサルは思わず唸る。

(そう言えば、かつて俺はレオンのあの横顔に雄々しい獅子の姿を見た)

 迷宮の中で死にかけた幼い日、自分を助けた剣士が纏う獅子のごときオーラをラエサルは確かに見たような気がしたのだ。
 完全なものではなかったにしろ、レオンが当時からそれを為すほどのレベルに達していた証拠であろう。
 内なる魂が形を変え具現化した姿。
 
「……つまりエリスのアストラルトランスは、まだその技の入り口に過ぎないってこと?」

「そういう事じゃ。極めれれば己の魂に眠る精霊の力を具現化し、共に戦うことが出来る。それがどのような形を取るのかは、あくまでも本人次第じゃがの」

 キーラにはにわかには信じられない話だったが、目の前の老人は確かにあの白いフクロウを呼び出している。
 そしてそれは、キーラの黄金の蜘蛛よりも遥かに強い力を秘めている。
 ラエサルは拳を握りしめる。

「子爵、その技は俺にも可能なのか? ……俺は、あの女に敗れた。あの女や公爵が天空王が求めたことを同じものを目指しているとするならば、この命に代えてもそれを阻止しなくてはならない。俺はロランに約束したのだ、もう一つの薔薇を、王女であるエリスを守り抜くと!」

 静かにラエサルの訴え聞いたファルトラースは、ふぅとため息をついた。

「お主ならばそう言うと思っていた。だからこそ、陛下はお主が白王の薔薇を探すと言い出した時に、その報告を聞かれて少し安心をなされたのだ。お主が勇み足で公爵の命を狙うなどと言い出せば、あの女と正面から対決することになる。これ以上、この件にお主が深く足を踏みいれることを陛下は望んではおられなかったからのう」

「レオンが?」

「そうじゃ。陛下の病を知ればお主は必ず何らかの行動に出る、ましてやエリス殿下の存在を知れば殿下の為に公爵を自ら倒そうとさえしかねぬと思われたのじゃろう。そうなれば、必ずアンリーゼと正面切って戦うことになる。殺せずの聖女と呼ばれるあの女とな」

「殺せずの聖女……アンリーゼ・リア・エルゼスト」
 
 ラエサルは再び拳を握りしめた。
 子爵は暫く黙り込むと、そして再び話始めた。

「じゃが、結局お主はあの女と正面から激突した。お主らしくもない、もっとやり方はあったはずじゃ」

「それは……」

 黙り込むラエサルにファルトラースは尋ねた。
 目の前の男から聞かされた、ある少年の話を思い出しながら。

「それ程の男なのか? そのエイジと言う少年は。お主が命を賭けてもよいと思えるほどの」

「……分からない。だが、俺はあの時エイジを放ってはおけなかった。それに、確かにエイジは強い。じきに俺の想像を超えるような戦士になるだろう」

 鍛冶場で自分に向かってきた少年の中にかつて亡くした弟、エフィンの姿を見出したからなのか。
 それともエイジまで失って、ロイやフィアーナが悲嘆にくれる姿を見たくなかったからなのか。
 その答えはラエサルにも分からない。

「ほう、お主の想像を超えるほどの戦士にじゃと? エリス殿下の傍にいるその少年、ワシも一度会ってみたいものだな」

 ファルトラースは、そんなラエサルの言葉を聞きながら言った。

「ラエサル、あの光の柱に行けばお前にも答えが見つかるかもしれん。お前たちが『封印』と呼ぶものがあそこにはある」

「子爵、それは精霊王の剣の一部をなす鞘のことか?」

 ラエサルの問いにファルトラースは頷いた。

「そうだ。じゃがあれはそんな単純なものではない、直ぐにそなたらにも分かるであろう」
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