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206、母親

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「ば、馬鹿な! この俺が、こんな奴に」

 俺が抜いた大剣に、自らの剣を弾き飛ばされたアッシュが、呆然とその場に立ち尽くす。
 そして、俺を睨んだ。

「くそが! Eランクごときが、この俺より速く剣が抜けるはずがねえ……」

 先程の女魔道士とその仲間が目を見開く。

「嘘、なによ今の! アッシュが先に剣を抜いたように見えたのに」

「こ、こいつ、何者だ?」

「あり得ねえ。Bランク……いや、まるでAランク並みの速さだったぜ!」

 昨日一日鍛冶仕事をして、格段に職人レベルが上がっている。
 今までとは、剣を使いこなすときの一体感がまるで違う。
 アッシュが剣を抜いた瞬間、自然に体が反応した。

「これは、一体何の騒ぎだい?」

 その時、静かな声が辺りに響いた。
 美しいシルエット。
 ジーナさんだ。
 その後ろには、エリクさんがいた。
 そして隣には、ミーナと同じ大きな狐耳をした女性が立っている。
 彼女は、エリスに抱かれているミーナの姿を見て駆け寄った。
 ミーナの母親だろう。

「ミーナ!」

 エリスはミーナの頭を撫でると微笑んだ。
 少女は、涙を浮かべて母親に抱きついた。

「ママ……うぇ……うぇええん!」

 母親にすがって泣く幼い少女の姿を見て、周りにいる冒険者たちもアッシュを冷たい視線で眺めている。
 一人の冒険者が口を開く。

「俺は見てたぜ、先に剣に手をかけたのはあいつだ。必要なら警備隊の詰所で証言するぜ?」

 別のパーティの女性の冒険者がアッシュを睨むと、吐き捨てるように言った。

「ああ、私も見たよ。元傭兵だか何だか知らないけど、こんな小さな子供を泣かせるなんて胸糞悪い連中だよ。そっちの大剣を持ったお兄ちゃんとお嬢ちゃんたちは、子供を慰めて母親を探してやるって言ってたのさ。まだ若いのに立派なもんじゃないか」

 それを聞いて、アッシュたちはたじろいだ。
 ジーナさんは、地面に突き刺さった剣を抜くとアッシュに手渡す。

「だ、そうだよ。警備隊の詰所に行くかい? 小さな子供を泣かせて喜ぶ男の話を優しく聞けるほど、私も人間は出来てないけどね」

「ひっ!」

 アッシュは尻もちをついた。
 一瞬、ジーナさんの体から沸き上がった凄まじい闘気を感じたからだろう。
 氷の女神のような女剣士の切れ長の瞳が、アッシュを見おろしている。

「くっ……い、行くぞ、お前ら!」

 アッシュは立ち上がると、バツが悪そうに仲間を連れてその場を去った。
 ジーナさんはそれを見て肩をすくめた。
 俺は、彼女に歩み寄る。

「ジーナさん、すみません」

 美しい警備隊長は俺を見ると、ふぅと溜め息をついて耳元で言った。

「あんたたちは悪くないさ。でもお姫様が一緒なんだ、それは忘れないようにしな」

 俺はその言葉に頷いた。
 そして、傍に立つエリクさんに挨拶をする。

「エリクさん、おはようございます」

「ああ、おはよう。エイジ君」

 エリクさんは「元気だったかい」と言いながら、ミーナの母親のことを説明してくれた。
 やはり、迷子になっていたようだ。
 母親が少し目を離した間にはぐれたらしい。
 それで、警備隊に相談に来たそうだ。。
 ミーナを抱いて、ジーナさんとエリクさんにお礼とお詫びを伝えている。

「ここに君がいるとは聞いていたけれど、まさか迷子を保護してくれているとは思わなかったよ」

「ええ。たまたま、あの子がお母さんを探している様子だったので、エリスが」

 相変わらず、人が良さそうなエリクさんの笑顔。
 ジーナさんから聞いたんだけど、腕は相当のものらしい。
 信頼が出来る副官の一人だそうだ。
 迷子の捜索の為に連れてきた数名の隊員に、解決したと伝えて詰所に戻らせていた。
 母親に会えて落ち着いたのか、ミーナがエリスとリアナの前にトコトコと歩み寄った。

「ママに会えたです! お姉ちゃんたち、ありがとうです」

 一生懸命二人にお礼を言うその姿は、可愛らしい。
 ミーナの母親も頭を下げる。

「私はフローラと言います。皆さん本当にありがとうございました」

 エリスは首を横に振って。

「気にしないでください、フローラさん。私はエリスといいます」

「私はリアナです。こちらは仲間のエイジとアンジェよ、ミーナよろしくね」

 リアナはフローラさんに挨拶をしながら、ミーナに俺たちのことも紹介する。

「エリスお姉ちゃん、リアナお姉ちゃん……えっと、えっと」

 ミーナは直ぐに皆の名前が覚えられない様子で、エリスとリアナに何度も聞きながら繰り返していた。
 その様子が可愛らしくて、思わずなごむ。
 俺やアンジェの名前を覚えたのだろう、チョコチョコとこちらに歩いてくる。

「アンジェお姉ちゃん、ありがとです」

 アンジェは照れたように笑って、ミーナの頭を撫でた。
 ミーナの大きな耳がくすぐったそうに大きく動く。
 今度はこちらにやってきたので、俺は膝をついた。

「良かったな、ママに会えて」

「ありがとです! エイジお兄ちゃん格好良かったです」

 俺はその姿を眺めながらミーナの頭を撫でると、エリスたちを振り返る。

「はは、ほんと可愛いな」

 獣人族の子供は初めてだ。
 俺がそう言うと、何故かミーナは慌てたようにフローラさんの方へ戻っていく。
 そして、母親の後ろに隠れてそこからこちらを覗いているのが見える。
 大きな耳が隠れきれなくて、ぴょこんと顔を出していた。
 
(どうしたんだ?)

 俺、何か嫌われるようなことしたかな。
 フローラさんは、笑いながらミーナの頭を撫でると言った。

「あらあら、ミーナったら恥ずかしいのね。エイジお兄ちゃんに可愛いなんて言ってもらって」

 その様子は微笑ましい。
 俺は安堵しながらエリスたちに言った。

「はは、嫌われたのかと思ったぜ。なあ、エリス、リアナ……アンジェ?」

 爽やかに振り返った俺を見る三人の目は、ジト目になっている。

「全く、エイジってすぐ可愛いって言うわよね」

「ほんとそれ」

「無自覚っていうか、なんていうか」

 え? 何で俺、小言を言われてるんだ?
 エリスはふぅと溜め息をついた後、微笑むと。

「フローラさん、せっかくですから一緒のゴンドラに乗りませんか? ね、ミーナ」

「うわぁ! 乗るです! お姉ちゃんたちと一緒に行くです!」

 そう言ってはしゃぐミーナを見てフローラさんは頷いた。

「皆さんさえよろしければ、ぜひ」
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