私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

文字の大きさ
20 / 82
本編

セントラル-1

しおりを挟む
 そうして暫くの間、奏澄は船の雑用をこなしながら、メイズから文字を教わった。
 船旅は比較的順調だった。マリーの部下たちは海に慣れていたし、ライアーの航海術も確かなものだった。海が荒れてもてきぱきと動き、船室に篭って何もできない奏澄が申し訳ないくらいだった。ゆくゆくは役に立てるようになりたいが、一気に何もかもできるようにはならない。焦らない、焦らない、と自分に言い聞かせた。
 赤の海域を越え、白の海域へ入り、そして。

「セントラルが見えてきたぞー!」

 ついに目的の国が見えてきた。世界随一の大国。期待に胸が高鳴り、奏澄は船から身を乗り出した。心なしか眩しく見え、目を細める。
 出入りの多い国なのだろう、港まではまだ距離があるが、既に周辺に他の船が見えている。流れに沿って、他の船と同じように港につけると思っていたが、奏澄の船は別の方へと向かっていた。

「ライアー、この船ってどこから入るの?」
「あー、大丈夫だとは思うんだけど、念のためね。正面口じゃなくて、目立たない所に泊めるよ」

 メイズがいるからだ。ぴんときて、奏澄は気を引き締める。
 ライアーは言わなかったが、おそらくそういうことだろう。この船は海賊から奪ったものだが、海賊旗は外してあるし、外装も多少変えている。海賊だと思われることはまずないだろう。乗っているのも商人がほとんど。それでも、指名手配されているメイズがいる。何が起こるかわからない。そのつもりで、いなければ。

 人気ひとけの無い入り江近くに船を隠し、大陸へ上陸する奏澄たち。いざセントラルへ入国すると、奏澄はその光景に目を奪われた。

「白……っ!」

 白、白、白。建物も、舗装された道路も、そのほとんどが白い。船上から見た時、眩しい、と感じたのは気のせいではなかったのだ。

「初めて来るとそうなるよなー。ちなみに、汚すと罰金取られるから気をつけて」
「えっ」
「故意に落書きしたり、ゴミ散らかしたりしなきゃ大丈夫だよ。脅かすんじゃないよ、まったく」
「痛てッ」

 奏澄をからかうライアーに、マリーが鉄拳を下した。わざと汚すようなことはしないから、多分大丈夫だろうと思いながらも、罰金と言われると慎重になってしまうのが人の心理だろう。この白さには、そういった意味もあるのかもしれない。

「んじゃ打合せ通りに動きますか。あたしら商会チームは、商人たちに情報収集、ついでに良さげなものがあれば仕入れ」
「オレは海図の売却と入手」
「私とメイズは大図書館で資料探し……だよね」

 言いながら、奏澄はちらりとメイズを見た。顔を布で隠してはいるが、一番の要注意人物が一番危険な公的施設に赴くのは本当に良いのだろうか。
 打合せの時にも意見したが、適材適所を考えるとマリーとライアーを奏澄に付き添わせるわけにはいかず、奏澄が一人で行動するのはメイズが渋った。結果、入口のセキュリティで引っかかる可能性があるから、近辺で待機している分には良いのでは、ということになった。
 民間人を無下にする所ではない、と言ったのはメイズだ。なら、奏澄が一人で行動することに危険は無いはずだ。それでも一人にしないようにしているのは、信用が無いのか、それとも。
 好意的に解釈するなら、なるべく傍にいるようにしてくれているのかもしれない。
 奏澄としては、それはあくまで離れ離れになるようなことは許さないということであって、少しの間別行動するくらいなら別に構わないのだが。アルメイシャ島で勝手に離れて心配をかけた身としては、あまり強くは言えない。この島も、決して安全とは言い切れないのだから。

「万が一やばい状況になったら、発煙筒を使うこと。何も無くても、夕刻までには一度船に戻る。OK?」
「うん。それじゃあみんな、よろしくお願いします!」

 仕切りはてきぱきとマリーが行ったが、最後は奏澄の一言で、全員散った。
 奏澄とメイズも、大図書館へと向かう。

 中心街を歩きながら、奏澄は美しい街並みに心を躍らせていた。あちこちに目移りしてしまう。

「気に入ったのか」
「えっ。えと、うん。綺麗な所だな、と思って」

 最初こそその白さに驚いたが、海の青さとのコントラストが際立っており、至る所に鮮やかな花も飾られている。建物のデザインも洗練されており、華美さは無いが優雅に見える。非常に景観に気を配っている街だと思われる。
 だが、メイズの手前、手放しで褒めることが少々ためらわれた。別に因縁があるわけではなさそうだが、追う者と追われる者だと思うと、どうしても気をつかってしまう。

「メイズは、こういう街並みは苦手?」
「そうだな。どうにも、潔癖に思えて」
「そ、っか」

 育った環境が違うのだから、好みが違うのは当たり前だ。けれど、綺麗だと感じたものを、綺麗だと感じてくれたら、嬉しい。それもまた、当たり前の感情だった。
 しゅんとした奏澄を見兼ねたのか、メイズが言葉を選ぶようにして口を開いた。

「俺は、こことは正反対の場所にいたんだ。だから、綺麗なものってのに馴染みが無くてな」

 正反対の場所。セントラルと正反対の場所。――白の海域の、正反対?

「別に嫌いなわけじゃない。だから、お前は好きなものを好きなように見て回ればいい」
「そんなの……私だけが、楽しくたって」

 一緒だから、楽しい。共有できると、嬉しい。この感覚も、メイズには無いものなのだろうか。

「なら、お前が教えてくれ」
「え?」
「どんなものが好きで、どんなものを綺麗だと感じるのか。カスミの目を通すと、世界がどう見えるのか。お前が教えてくれるなら、俺にもいつかわかるかもしれない」

 優しい目をしたメイズに、奏澄は胸が締めつけられた。自分だって、世界を肯定的に見られているわけじゃない。汚い部分ばかり目についたりもする。都合のいい部分だけを切り取って、好きだと言うこともある。
 だけど、そんな風に言われたら。美しいものだけを、たくさん、たくさん、与えたくなる。
 この人の目に、悲しいものが映らないように。

「わかった。なら、メイズも教えてね」
「俺が?」
「メイズが好きなもの、嫌いなもの。そういうのも、私知りたいから」

 同じじゃなくていい。違う分だけ、与え合うことができる。そうして、同じが増えたら、もっと嬉しい。
 奏澄とメイズは、まだ出会ったばかりだ。この先、もっと時間を共有して、お互いのことを知っていくだろう。
 例え知りたくないことがあったとしても。それまでにたくさん知っておけば、きっと怖くない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

捕まり癒やされし異世界

波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。 飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。 異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。 「これ、売れる」と。 自分の中では砂糖多めなお話です。

処理中です...