私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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本編

緑の海域-3

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 清潔な白い外壁の四角い建物。その前で、奏澄とライアーは足を止めた。
 ギルドの外観は、島によって異なる。しかしそれとわかるように、入口には必ずセントラルの紋章を掲げている。女神をモチーフにしたそれを一瞥して、二人は中に入った。
 建物内はそれなりに混んでいた。手続き待ちの人が手持無沙汰に壁の掲示を眺めている。

「中に入るの初めて」
「用がないなら来ない方がいいよ」
「受付に?」
「いや、こっち」

 ライアーに促されるままついていくと、手配書の束が置かれていた。

「手配書は閲覧自由なんだ。持ち出しには許可がいるけど」
「手配書って、メ……あ、えっと」

 手配書があるのだから、ここには商人だけでなく賞金稼ぎもいるかもしれない。ギルドの職員もいる。名前を聞かれたらまずいかもしれないと、奏澄は口ごもった。ライアーはすぐにそれを察したようだった。

「いや、今回は新しく追加されたものをね」
「……それって」
「多分想像通り」

 つまり、セントラルの一件で奏澄が手配書に追加されていないかどうか、確認に来たのだ。

「私が来ない方が良かったんじゃないの?」
「まぁ安全だけ取るなら、あの一件後に加入した人の方が良かったんだろうけど……目立つからなぁ」

 確かに。口には出さなかったが、奏澄もそれには同意だった。アントーニオは体が大きすぎるし、ラコットたちは声が大きい。

「女の子は見た目の印象変えやすいし、他で目立ったことしてないから、手配書が出てたとしても見た人の印象にはあまり残らないだろ。そうなる前に、船長も一回くらいギルドを見ておいた方がいいかと思って」
「それもそっか」

 奏澄もギルドには興味があったし、手配書がどういうものかも見ておきたかった。この先どうなるかわからないが、顔を出せなくなってから来たかったと思っても遅い。

「えーっと」

 ぱらぱらと手配書を捲るライアーの手がぴたりと止まったので、奏澄は横から覗き込んだ。

「あちゃー……悪い方に予想当たっちゃったなぁ」
「わ……本当に載ってる」

 そこには、奏澄の手配書があった。似顔絵はそれなりに特徴を捉えており、よく見比べれば奏澄だとわかる。図書館に入館する時にサインしたからか、名前も載っていた。さすがに団名はあの後決めたからか載っていない。

「金額っていくら?」

 手配書に載っているということは、懸賞金がかかっているはずだ。興味本位で数えようと金額のところに指を滑らせると、ライアーが急に息を呑んだ。

「あー、金額は大したことないな、良かったじゃん。他の乗組員は載ってないかな」
「ライアー?」

 何かを隠すように、ライアーは奏澄の手配書を捲ってしまった。
 その様子は気になったが、奏澄は追及しなかった。必要なことなら、後で話してくれるだろう。

「げっ」
「あ」

 捲った先にあったのは、ライアーの手配書だった。

「逃げた時一緒にいたからか……」
「それで載っちゃうものなんだ」
「う~~ん、普通はそれだけじゃ……いやでも、色々異例だからなぁ」

 全く予想していなかったわけではないのだろう、それほど驚いているようには見えない。
 しかし、ライアーは奏澄と違ってろくな変装をしていない。大丈夫なのだろうか、と思っていたところに、後ろから人が来た。

「あーあんたら、すまねぇな。熱心に見てるとこ悪いが、長くなるなら先にちょっと貸してもらっても」

 言いながら、商人とは思えない風貌の男は、ライアーの手元に目をやった。

「! あんた……」

 やばい、と小声で零して、ライアーは奏澄の手を引いた。

「あはは、占領してすみません、どうぞー」

 人の間を縫って足早にギルドを出るライアーに、奏澄は足をもつれさせそうになりながらついていった。

「ねぇ、さっきの人」
「あの格好で商人はないな、賞金稼ぎかも。オレなんて大した額じゃないけど、小金稼ぐタイプなら追ってくるかな」

 ちょうどライアーの手配書を開いている時だったのがまずかった。出たばかりの手配書だから、ほとんど認知されていないだろうが、逆に言えば今なら競争相手がいないということだ。ライアーは強そうには見えないし、すぐ手の届く所にいるのなら捕まえておきたくなるのが心理だろう。

「――!」
「うわ、やっぱ来た」

 後方から聞こえた叫び声に、ライアーは顔を顰めた。

「あれカスミの方には気づいてないっぽいな……。二手に分かれよう。オレはアイツ撒いてから船に戻るから、カスミはできれば誰かと合流して船に戻って」
「うん、わかった。気をつけて」

 留守番の面子以外は島に降りているはずだ。中心街はそこまで広くもないし、探せば誰かには会えるだろう。そう考え、奏澄はライアーの提案に頷いた。
 ライアーは奏澄の手を離し、あっという間に駆けて行った。追手は奏澄には目もくれず、ライアーを追った。

「さて」

 仲間を探そう、と奏澄は歩き出した。



「……迷った……」

 奏澄は途方に暮れていた。まさかの誰とも会えていない。どころか、下手に歩き回ったせいでコバルト号への帰り道もよくわからなくなってしまった。
 一人での行動なんて、セントラル以来だ。あの時だって、すぐ近くにメイズが待機している安心感があった。
 いつも、誰かが傍にいた。たいていの場合、メイズが。
 急に心細くなって、涙が浮かんできた。久しぶりに履いたパンプスが靴擦れして、足が痛い。

「うー……」

 道の端に寄って、しゃがみこんだ。少しだけ。少しだけ落ち込んだら、気を取り直してコバルト号を探そう。

「お姉さん、どうしたの?」

 急に上から声をかけられ、奏澄はびっくりして顔を上げた。顔を上げた途端、頭の中がパニックになった。いつの間にか、厳つい四人組の男に囲まれていた。一気に血の気が下がり、先ほどまでとは違う涙が浮かんでくる。今こそ逃げ足を発揮すべき時だろうが、この足でどこまで走れるだろうか。そもそもこの四人組の壁をどうやって突破したらいいのだろうか。
 震えながら涙を零した奏澄に、男の一人が慌てたように腰を屈めて目線を下げた。

「ああごめん、怖がらせたかな」
「だから気をつけろって言ったろ、お前顔怖いんだから」
「でもほっとけないだろ」

 どう見ても堅気の人たちではなさそうだが、会話の内容からすると、単純に奏澄を心配して声をかけてきたようだ。驚きでぱちりと瞬きすると、また涙が零れ落ちた。

「あれ、メイクで大人っぽく見えるけど、まだ子ども?」
「おい失礼だろ、あんま覗き込むなよ」
「ごめんね。えぇと、君一人かな。誰か――」

「うちの船長に……ッ何してんだーーーーッ!!」

 突然飛んできた拳に、奏澄に話しかけていた一人が吹っ飛ぶ。
 その拳の持ち主を認めて、奏澄は声を上げた。

「え……あ……ラ、ラコットさん!?」
「おう! カスミ、無事……か……」

 奏澄の顔を見て、ラコットの動きが止まる。そのまま手近な男を掴み上げた。

「てめぇら……うちの船長泣かすたぁ、いい度胸してんじゃねぇか……」
「えっ」
「くっそ! 何すんだいきなり! てめぇらどこのモンだ!」
「俺たちゃ『たんぽぽ海賊団』のモンだ!」
「えっ!?」

 ラコットと共に来ていた舎弟たちも戦闘の構えを見せ、四人組と一触即発の空気になった。
 奏澄は混乱した。ラコットたちが来てくれてほっとしたものの、勘違いからどんどん展開が進んでいく。この原因は明らかに奏澄なのだが、普通に声をかけたところで聞いてくれそうにない。何故こうも血の気が多いのか。とにかく止めなければ、と頭と目をぐるぐるさせたまま、大きく息を吸った。

「ストーーーーップ!!」

 精一杯の大声を出し、肩で息をする奏澄に、双方が視線を向けた。

「せ、」
「船長……?」

 おそるおそる声をかけてくる仲間に、カスミは強い視線を向けた。

「何勘違いしてるんですか! この人たちは、私のことを心配して声をかけてくれたんです!」
「そ、そーなんすか……?」

 勢いが削がれ、引く姿勢を見せる仲間たちだったが、ラコットはうろたえたまま言い募った。

「で、でもよ、お前泣いて」
「それは……っ」

 一人が心細かった、なんて言えない。口を噤んでしまう奏澄。けれど何も言わなければ誤解は解けないままだ。息を吸って、なんとか説明しようとする。

「ちょっと、道に、迷って」
「あれ? そういやライアーと一緒だったんじゃ?」
「あいつどうしたんです?」
「あ、はぐれちゃったんです?」
「だから泣いてたんです?」

 矢継ぎ早に指摘されて、奏澄の目にどんどん涙が溜まっていく。恥ずかしくて泣いているのか、ほっとしたから泣いているのか、もう奏澄本人にもよくわからなかった。

「わああ船長!」
「泣かないで船長!」
「すいませんでした船長!」

 えぐえぐと涙ぐむ少女を強面の男たちが必死で宥めるという異様な光景に、四人組は毒気を抜かれたようにぽかんとしていた。実際は少女というほどの年齢ではないが、四人組には知る由もない。

「わ、私じゃなくて、その人たちに謝るのが先、でしょう」
「でも船長」
「でもじゃないの! ちゃんとごめんなさいしなさい!」

 ――ごめんなさいって。

 仲間たちの心が一つになる。しかしそのつっこみは音になることはなかった。
 正常な判断ができないのか、言動が子ども返りしている。しかし奏澄の様子が常ではないこと、おそらくそれが自分たちのせいであることくらいは無骨な男たちにもわかったのだろう、黙って従った。

「ラコットさん! ちゃんと謝って!」
「お、おう」

 奏澄の勢いに押され、ラコットは渋々四人組に向き直った。

「あー……殴って、悪かったな」
「いや、その……こっちも、誤解されるような体勢だった」

 ラコットたちが頭を下げることで、なんとかその場は収まった。
 未だぐずる奏澄をあやすたんぽぽ団の乗組員を横目に、四人組がラコットに話しかける。

「あんたたち、海賊なのか?」
「おう、一応な」
「珍しいな。あんな女の子が船長なんて」
「まぁ、色々あんだよ」
「そうか。なら気をつけろよ。この辺りは目が厳しい」
「目ぇ?」

 ラコットが片眉を上げると、相手が周囲を見回した。途端、慌てたように走り去る人影がある。挙動から、兵の類には見えなかった。ただの一般人だと思われるが、何故逃げ去ったのか。答えはすぐに返ってきた。

「相互監視の意識が高いんだ。住民と役人の関係も密で、何かあれば報告がいきやすい。だから治安もいいんだが、余所者にはあまり居心地がいいもんじゃないな。大した奴もいないから、腕に自信の無い賞金稼ぎが、小金目当てでたまに来る弱いのを狙ってる」
「ほぉ……。だっせぇ奴もいるもんだな。ま、気をつけるわ。あんがとよ」
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