妖しの彼女

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綾篠と僕

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「浅木君キスして」


そう言って彼女は足を差し出した。




――僕の彼女は歪んでいる。



  ――・――


「甘い物が食べたいわ」


彼女のきまぐれな一言で僕達は今、駅前の喫茶店に居る。

店内は若いカップルや家族連れの客など様々でほぼ満席だ。おそらく駅前という好立地が客を多様化させているのだろうけれど、それに比べ従業員はパッと見3人しかおらずカウンターや厨房に出たり入ったりしてせわしなく動いている。相当に忙しいのだろう。

やがて綾篠さんの目の前に運ばれてきたタワーパフェ(4500円)を見上げ息を呑んだ。メニューには『皆様でどうぞ!  3~4名』と書かれてあるが綾篠さんは躊躇する事なくその高くそびえ立つパフェにスプーンを突き刺しては口に運ぶ。それにしても綾篠さんが甘い物が好きだったなんて知らなかったけれど、そんな無表情で食べてるのを見たら、本当に好きなのか分からないな。僕なんて見るだけで胸焼けを起こしそうだ。

「はい、浅木君。あ――ん」

綾篠さんは綺麗に並べられたキウイフルーツを器用に僕の口へと運ぶ。これは僕に気を遣ってなどではない。案に綾篠さんはキウイが嫌いなのだ。聞かなくとも彼女のこういった行動原理は承知している。しかし、何も言わずにそれを僕に処理させるとは……。

綾篠さんは僕の湿った視線に気が付くとタワーパフェの後ろから顔を覗かせる。

「私、キウイが嫌いなの」

「そうだろうとは思ったけど……」

「何?  何か不満でもあるのかしら?」

「そ、そういうわけじゃないけど……」

僕の言葉を遮るように綾篠さんは言葉を続ける。

「恋愛音痴の浅木君には難しいかもしれないけれど、彼氏というのは常に彼女を満たし続けなければならないものなの。私が機嫌悪い時はなだめなくてはいけないし、悲しい時は慰めなくてはいけない。私を世界一、大事に扱わないといけない。そういうものなのよ」

スプーンで僕を指差す綾篠さんの目はいたって本気だ。間違ってはいないと思うが若干腑に落ちないのはなぜだろう……。

「そういう私も実は男性と付き合うのは浅木君が最初の人――……」

その割には大層な乙女理論をお持ちのようで……。僕はできるだけ不機嫌そうな顔で窓の外を眺めた。

「そして最後の人であって欲しいと思ってるの」


……。


綾篠さんの言葉にふと視線を戻すと、綾篠さんが僕のコーヒーカップの中に今まさにキウイフルーツを入れて入るではないか。そして僕の視線に気付くと僕と目を合わせた。が、その手は決して止まる事なくそれはぽちゃりと音を立ててコーヒーの中に沈んで行った。そして浮かんで来た。

「綾篠さん……」

「こんな私だけれど、よろしくね」

そう言ってにこりと微笑んだ。


  ――・――


僕は新しいコーヒーを、綾篠さんは二杯目のタワーパフェを注文した。

「大体、浅木君は私に優しくしてるの?」

綾篠さんは少し不機嫌そうに生クリームの乗ったスプーンを口に運ぶ。

「もちろん、できるだけ優しくしてるつもりだよ」

これは当然の回答だし、本音でもある。僕は綾篠さんにできるだけ優しく接しているつもりだ。むしろ今までの経緯を考えると、こんな質問してくる綾篠さんが不自然に思える程だ。思い返してみると綾篠さんに悪口どころか口ごたえの1つすらした事がない。

「私が言ってるのは、私だけに優しくしているのか? という事よ。浅木君は誰に対しても優しいでしょ?」

なるほど、そう言われてみれば僕が綾篠さんに対する対応は、とりわけ彼女だから。というものには見えないかもしれない。でもそれは、とりたてて言う事程の事かは、僕には疑問だ。

「確かに……そうかもしれない……けど、じゃあどうすればいいんだ?」

「もっと私を大事にしなさい」

「これ以上、言う事を聞いてたら奴隷になっちゃうよ」

「奴隷じゃまだ足りないわ」

「足りない!?  何になれと言うんですか!?」

「家畜」


綾篠さんがニヤリと微笑んだ。



「それが彼氏に対する台詞か?

「彼氏だからこそ言うのよ」

「人を家畜にしてどうするつもりだ」

「一生、飼い慣らすつもりなのだけれど?」


ゾクリ、とした。

きっと彼女は本気でそれを言っている。


「ぼ、僕の事、死ぬ程すきなんだね」

「いいえ、殺したい程好きなのよ」

「それって、あんまり好きじゃないでしょ!?」



僕の彼女は少し変わってる。


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